始まりは1ヶ月ほど前です。
バイトから10時前に自分のアパートの部屋へ帰ったとき、
ドアノブを握ると指にザラッとした感触があったんですよ。
ああ、はい詳しく言います。アパートは外の鉄の階段を上がって、
やはり外のコンクリの廊下にドアが4つ並んだ形の2階です。
下4つ、2階が4つの計8部屋ってことですね。
バイトは・・・それも関係あるんですか? コンビニです。
その日のシフトは9時まででした。
でね、普通の鉄のドアノブなんだけど、握った感触が変だったんで、
よく見たら、根元のところに髪の毛が一本巻きついてたんですよ。
長い毛で、3重くらいに巻いてました。

でもね、そんときは別に気にすることもなかったんです。
風で飛んできたやつがたまたま絡まったんだろうって。
誰でもそう思うんじゃないですか。これでも神経質なほうなんで、
鍵の先でこじったら、とれてどっかに飛んでいっちゃいましたよ。
・・・今から考えると、これが始まりだったんだろうと思います。
その日から、髪の毛が部屋に侵入してくるようになったんです。
どれも長い、20cmをこえる黒い毛でした。
自分はほら、ごらんのような短い茶髪でしょ。間違えようがないです。
怖い話ですか? うーん、あんまり読まないですけど、嫌いではないですよ。

部屋に髪の毛が落ちてる話はよくあるって? ええ、自分も似たの読んだことが

あります。でもね、あれっていつの間にか気がついたら落ちてるって話でしょ。


自分の場合はちょっと様子が違ってて、外から侵入してくるんです。
気がついたらある、ってのとは違います。
どういうことかというと、まずね、玄関のたたきで見つけるようになったんです。
ドアの下の隙間から入ってくるとしか考えられません。
2日後、10本くらいを見つけたんです。からんで束にはなってなくて、
一本、一本、長く伸びた状態で同じように内部の方を向いてたんです。
これ見つけたときはさすがに気味悪かったです。
誰かが俺の留守の間に、一本ずつ差し込んだって考えると。
まあでも、まだそんな深刻なわけでもなくて。もしかしたらアパートの住人が、
自分で散髪した髪を廊下から外に捨てたのかもしれない。
それが風に押し戻され、たまたま俺の部屋に・・・とか。

その毛はホウキとチリトリでゴミ袋に捨てましたよ。
ところがね、髪の毛は毎日たたきで見つかったんです。しかも量が増えてた。
2日目20本、3日目30本って感じ。
30本あるとね、散らばってても一目でわかりますよ。
これはさすがに嫌がらせを考えました。でも、心あたりがないんです。
俺は女っ気とかまったくなくて、モテるほうじゃないんです。
髪の長い女の知り合いもいませんでしたから。とにかく見つけたら

捨ててました。ゴミ袋に捨てるのが気味悪くなったんで、
そのまま下まで持ってって、外の地面に。でね、その後、

攻撃っていえばいいか、玄関一方向からじゃなくなったんです。
玄関とは反対側の窓にも髪の毛がいっぱいついてたんですよ。

俺はコインランドリーを利用してるけど、
1週間に一度、下着類は自分で洗うんです。
そんときね、天気がいいんで早く乾くように窓開けたら、
風とともに髪の毛が部屋に入ってきて、うわ、と思って外に顔を出したら、
そこはすりガラスなんですけど、クモの巣が張った上に髪の毛が何本も何本も・・・
でもねえ、2階の窓ですよ。サッシの下の部分まで地面から3m近いですし、
俺の部屋を目がけて髪の毛を投げつけるなんて不可能です。
長い棒とか使って工夫したらできなくもないでしょうけど、そこまでしてねえ。
それだけじゃなく、部屋につくりつけのエアコンの室外機、
あれにもたくさんの髪の毛がこびりついてまして。
ためしにエアコン動かしてみたら、異音がしたんですよ。

すりガラスについてるのは払い落としましたけど、エアコンまで

手が届かなかったんです。だから窓から乗り出しホウキを使って、
掃えるところは掃いましたけど、内部にだいぶ入り込んでるみたいで・・・
大家さんに事情を話してエアコンの清掃の人に来てもらうことになったんですが、
髪の毛が詰まってるって言うと、「なんで?」って訳を聞かれて

困りましたよ。だって俺のせいじゃないんですから。
でね、玄関だけじゃなく、そっちの窓も毎日掃除するようになりました。
でも、いくら掃除しても部屋のあちこちで見つかるようになったんですよ。
霊能者ですか? うーん、でも知り合いとかいないし、
必ずしも例の仕業とも言えないじゃないですか。
髪の毛は消えてなくなるわけじゃなくて、現実にあるんですから。

ただね、霊能者っていうか、そういう能力がある人が近くにいたんですよ。
同じアパートの2階の端に住んでる女の人。
いや、その人も髪は長いですけど染めてるし・・・水商売の人だと思います。
遅く帰ってきて昼間はずっと寝てるんで、あんまり顔を合わせないんですが、
あいさつくらいはします。その日はたまたま、

夜8時ころ俺が玄関の髪の毛を捨てに行ったとき、部屋から出てくるのと

会ったんです。「あんた、何やってんの?」って聞かれたので、

簡単に事情を説明したら、少し考え込むような顔をしてましたが、
「それちょっとヤバイかも、髪の毛の攻撃は水平方向だけじゃないから」
続けて「でもね、こういうことはよくあるし、あたしでも祓えるかも」
こう言ったんです。「夜中3時過ぎに帰ってくるから、

 

そんときまで起きてて」って。でね、ネットしながら待ってたんです。

3時を20分くらいまわって、来ないのかと思ってたら、ドアがノックされて、
開けたらそのネーサンが、手に円筒形の筒を持てったんです。
お酒の臭いがしました。部屋は片付けてたんで中に入ってもらって。
そしたらコートも脱がず部屋の真ん中に座って、筒を開けたんです。
中には・・・マネキンの頭っていうか、カツラの台って言えばいいでしょうか。
目も鼻もない卵形の発泡スチロールの人の頭があったんです。

「めんどくさいから、パッパやるよ」ネーサンはそう言って、頭をテーブルの上に

置き、紙袋から榊の枝を取り出したんです。でね、立ち上がって、

何か唱えながら枝を振り始めました。「かしこみ、かしこみ」

という部分はわかったんで、神社の呪文だと思いました。

そしたらです、髪の毛が天井の隙間から降ってきたんです。
それだけじゃなく、フローリングの床の目地の間からも・・・
髪の毛は部屋の中央の例の頭のところにどんどん集まっていって、
ツルハゲだった頭に生えるようにくっついていきました。
天井裏と床下に、人ひとり分くらいも溜まってたんですね。
ネーサンは鋭い声で短く「正体を出しなさい」って叫びました。
そしたらです、のっぺらぼうだった頭の顔がでこぼこしはじめて・・・
目を閉じた女の人の顔になったんですよ。
「この顔、見覚えある?」って聞かれたので、「ないです」って答えました。
そしたらネーサンは「じゃ、浮遊霊だろ」そう言って、
紙袋から釘抜きつきのハンマーを取り出しました。

で、「帰るところへ帰れ!」って叫びながら、釘抜きのほうを頭に

振りおろしました。「ブギャ」って音がしましたが、発泡スチロールが

割れる音じゃなく、人の声のように聞こえたんです。
まとまっていた髪の毛は床にこぼれて散らばりました。
「この髪の毛、全部集めて□□駅から行く○○神社に持っていき、
事情を話して供養してもらいなさい。あと、厄除けのお札を6枚いただいてきて、
部屋の四方と天井、床に貼っとくこと。ま、1か月過ぎればだいじょうぶだから」
俺が礼を言うと「神社で育ったからこんなのは軽いけど、
お礼したいんなら▽▽ってシャンパンでも買ってきて。それにしても、
あんたみたいな人に憑く霊ってのも、物好きだね」って言って出ていきました。
・・・シャンパンは買いましたけど、目の玉が飛び出るほど高かったですよ。