今回は科学ニュースでいきます。自分の興味を引いたのはこの話題。
「1545年、メキシコのアステカ帝国で伝染病が大流行し、目や口、
鼻からの出血を伴う高熱と頭痛で人々が次々と倒れ、
3~4日のうちに多くが命を落とした。

現地語で「ココリツトリ(cocoliztli)」と呼ばれるこの疫病により、
1550年までの5年間で全人口の約80%に当たる1500万人が死亡したと
考えられているが、その原因をめぐっては500年近く謎のままだった。
ココリツトリは古代アステカのナワトル語で「悪性の伝染病」を意味する。

しかし、15日に発表された研究結果によると、
このアステカ帝国の大惨事を引き起こした疫病は、天然痘、麻疹(はしか)、
おたふく風邪、インフルエンザなどではなく、
腸チフスに似た「腸熱」だった可能性が高いという。
研究チームは当時の犠牲者の歯から見つけたDNAの証拠を調べた。」(AFP)


ふむふむ、これ、ずっと長い間論争になってた話ですよね。
自分は世界史はあんまり詳しくないんですが、これくらいは知ってます。
アステカは現在の中央メキシコに15世紀頃にあった文明で、


太陽の消滅をふせぐため、人身御供の神事で、
生きたままの人間の心臓を取り出し、神に捧げていたことで有名です。
オカルト界でも、いっとき、写真に不思議な壺のような形の赤い影が写る
「アステカの祭壇」現象が話題を集めました。

アステカの生贄の儀式


それが、エルナン・コルテスらのスペイン人によって征服されたんですが、
アステカ人の「一の葦の年(1519年)、追放された白い肌の翼ある蛇の神
ケツアルコアトルが戻ってくる」という伝説とピタリと重なっていたという、
世界史の中でもドラマチックな出来事でした。

スペイン人征服者たちは、アステカ人が見たことがなかった馬や銃を用いて
暴虐のかぎりを尽くし、金銀財宝を略奪して徹底的に国を破壊しましたが、
本当の悲劇はその後にやってきました。

疫病の最初の流行が1545年、人口2000万人近かったとされる

当時のアステカで、1500万人が死亡。さらに1576年の2度めの

流行で200万人が死亡。1520年代には

天然痘の大流行もあって、ほぼ8割の現地人が死に、
ヨーロッパ人にとってかわられることになりました。こんな短期間で、
ある地域の人種が入れ替わってしまうのは他に類例がありません。

っっkj

で、天然痘はヨーロッパから持ち込まれたものですが、「ココリツトリ」

についてはその正体がわからず、ヨーロッパ由来か、

それとも、もともと現地にあったものなのか、
病理学者の間で100年以上にもわたる議論が続いていたんです。
それがどうやら「腸熱」という感染症だったということのようです。

もしこれが正しいなら、病原菌はヨーロッパから持ち込まれたという

結論になります。現地人は当然ながら、新しい病原菌に対する免疫を

持っておらず、そのために感染が広がってバタバタと倒れていったんですね。
ドイツ・テュービンゲン大学の研究チームは、

ココリツトリ犠牲者の共同墓地に埋葬されていた遺骨29体から

DNAを抽出・分析した結果、サルモネラ属菌(サルモネラ・エンテリカ)の

亜種であるパラチフスC菌(Paratyphi C)の痕跡を発見したと

報告しています。これ以外の、遺伝子情報がわかっている病原菌やウイルスは、
いっさい発見されていないとのことです。

うーん、「腸熱」ですか。腸チフスは日本でも戦前から戦後にかけて、
かなりの数が発生していましたが、現在では発症は年間100例程度で、
そのほとんどは東南アジアなどの海外から持ち込まれるもののようです。


40度前後の高熱、鼻血や血便もあり、上記引用に書かれた症状と
よく似ていますね。現在でも、O-157などの感染性腸炎がありますが、
それのひどいものと考えればいいのでしょうか。

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っっっk

さて、こういう別の地域からやってきた感染症というのは怖ろしいもので、
14世紀にヨーロッパで大流行したペストは、シルクロード経由でアジアから
持ち込まれ、当時のヨーロッパ人口のおよそ3分の2にあたる、
2000万から3000万人が死亡したと推定されています。

また、アメリカ大陸に上陸したコロンブスの一行が現地女性と交わって
梅毒に感染し、その後世界的に大流行したという話もありますが、
この説の真偽については、現在も論争が続いています。
最近でもエボラ出血熱やSARS(サーズ)の騒ぎがあり、
けっして昔の話というわけではないのです。

さて、このような話は日本にもあります。それもかなり深刻な事態でした。
「コロリ」という言葉を聞かれたことがあると思いますが、

これはコレラのことです。「コロリと死ぬ」ということと

言葉が掛け合わせられているんでしょう。
1822年(文政5年)の流行は世界的な大流行が日本におよんだもので、
感染ルートは朝鮮半島あるいは琉球からと考えられています。

明治初期の『コレラ絵』


2回目は1858年(安政5年)、これはあいつぐ異国船来航と関係し、
コレラは異国人がもたらした悪病であると信じられました。
江戸だけで10万人以上が死亡したという話もあります。
1862年(文久2年)には、残留していたコレラ菌により3回目の
大流行が発生、56万人の患者が出たと文献に残っています。

オカルト関係では、このコレラの大流行を件(くだん)が予言したとか、
○○の絵を戸口に貼りつければコレラが防げるとか、いろいろな迷信が広がり、
ニホンオオカミの頭蓋骨がコレラ除けに効くなどという話もあって、
乱獲によりニホンオオカミの絶滅につながったなどとも言われます。
オカルトと疫病って、じつは深い関連があるんです。

さてさて、このようなパンデミック(世界流行・汎発流行)はホラーの一つの
分野として、さまざまな映画や小説、ゲームで取り上げられています。
映画だと『アウトブレイク』 『28日後』 『アイ・アム・レジェンド』
『バイオハザード』のシリーズなどと、多数があげられます。
ゾンビや吸血鬼なんかも、一つの感染症として考えることができるんですね。
では、今回はこのへんで。

映画『アウトブレイク』