山根ともうします。よろしくお願いします。何から話せばいいのかな。
私、高校を卒業してから、就職しないでずっとアルバイトをしてるんです。
勤め先は出版社で、でもバイトだから、編集とかじゃなく配本の仕事です。
あとは資料の整理とか、簡単なイラストを描いたりもしてるんです。
はい、実家に住んでますから、そんなに生活にお金はかからないんです。
それで、半年くらい前ですね。カレシと別れちゃったんです。
それもちょっと傷つくっていうか、嫌な別れ方で。
そういうとき、今までは旅行とかしてたんですけど、バイトのほうが忙しくて、
まとまった休みがとれなかったんです。むしゃくしゃした気分が治まらなくて、
その月のバイト代で、ネットで手当たり次第に買い物をしました。
高いものは買えないんですけど、洋服とかアクセサリーとか。

それで、あるネットオークションのサイトで、ぬいぐるみの人形が目に

ついたんです。そんなに大きなものじゃなく、説明には高さ40cmと

ありました。クマのぬいぐるみなんですけど、リラックマとかプーさんとか、
そういうキャラクターものではなく、黒い巻き毛の中に黒目がキラキラ光る
子グマの人形。ひと目見てほしいなって思いました。私、ぬいぐるみを

集めてるんです。いえ、そんなに数はありません。子どもの頃にもらった

のとか、あと自分で年に2、3個買うくらいで、全部で20個もない

くらいです。はい、全部がぬいぐるみで、人形じゃありません。
ただ、ネットオークションで買うのは初めてだったし、前に持ってた人が

いるのは嫌だったんですけど、その子グマ、新品って書いてたんです。
はい、デッドストックってことです、誰にも売れないまま、ずっとしまわれてた。

あと、安かったのもあります。それで、スタートの金額に規定どおり上乗せして
ポチしたら、他にだれも入札する人がいなくて、私のものになったんです。
現金引換にして、2日後、宅配便の人が届けてくれました。さっそく箱を開けて

みると、写真そのままのかわいいクマちゃんだったんですが・・・
ちょっと違和感がありました。持った感じが見た目より重くて硬かったんです。
巻き毛はもちろん柔らかいし、きれいだったんですが、中のほうがちょっと硬い。
ほら、赤ちゃんの人形とかで、お話をしたり目を動かしたりするのがあるじゃ

ないですか。あんな感触で、もしか電池で動いたりするのかと思って後ろを見ても、
そういうのはありませんでした。あと、かすかにですが臭いがあったんです。
ほんの少し焦げくさい・・・のと、お香のようなのが混じりあった臭い。気に

なったので、ぬいぐるみ用のブラシでとかしたら、すぐわからならなくなりました。

それで、他のぬいぐるみはクローゼットの上に上げてあるので、
その中の前のほうに置いたんです、よく見えるように。それから、
しばらくは何も起きませんでした。1週間後くらいだったと思います。
バイトから帰ってきたら、母が、「お前の部屋、焦げ臭いよ。何か燃やした?
 それともタバコでも吸った?」こう聞いてきたんです。「え、そんなことないよ」
部屋に行ってみたら、たしかに少し焦げ臭くて、最初にクマのぬいぐるみが

来たときに感じた臭いに似てると思いました。クローゼットの上を見ると、「!?」
子グマの両側の人形がなくなってスペースが空いてました。
「そんなはずは」イスに乗って確認したら、どういうわけか両隣のぬいぐるみは、
後ろの壁にあたるとこに倒れてました。でも、自然にそうなるはずはないんです。
だって、子グマは1列目で、その後ろにもう2列並んでるんですから。

ひとりでに飛んでくわけはないし、夕食に下に降りたとき母に聞いたんです。
「クローゼットの上、そうじとかした?」って。でも、母は、「焦げ臭くて

部屋には入ってみたけど、お前が怒るから何にも触ってない」って。その夜ですね。
スマホで友だちにメールしたり、音楽を聞いたりして、12時過ぎに寝ました。
それからどれくらいたったか、すごく胸の上が重くなって・・・目を開けようと

したんですが、開かない。手も動かない。「これって、金縛り?」そういう状態に

なったのは初めてで、よくわからなかったんです。ただ、胸の上に何かが

乗ってるのはわかりました。「うーん」自分がうなったのが聞こえてきたんで、
声は出せたんです。そうしてるうち、閉じた瞼の上がチクチクする感じがしました。
何か尖ったものでつつかれてるんだと思いました。ちくちくちく・・・
痛いというほどではないんですが、何をされてるのか見えないのが不安で。

「あーっ」って大声で叫んだんです。そしたら、急に両方の目が開きました。
胸の上に、黒いかたまりが乗ってたんです。いえ、クマのぬいぐるみじゃなく、
丸い頭の赤ちゃんみたいなものでした。「いやーっ」手で払いのけました。
その勢いで上半身を起こし、部屋の電気をつけました。ベッドまわりには何もなし。
クローゼットの上も見ましたが、そのときは何も変わってないと思ったんです。
気がついたのは次の日の夜です。昨日のことを思い出して、またイスに乗って
クローゼットの上を見ました。そしたら・・・、子グマはなんでも

なかったんですが、他のぬいぐるみの目が、どれもゆるゆるになってたんです。

どういうことかっていうと、ぬいぐるみの目って、ボタンを縫いつけただけ

のものや、プラスチックの玉を埋め込んだものまでいろいろですよね。

それが、縫ってあるものは糸が切れて垂れ下がり、貼りつけたり

埋めてあるのは下に落ちていて、それ見て、背中がゾーッとしたんです。

はい、無事だったのは子グマだけでした。子グマを持ち上げると、やっぱり焦げた

臭いがしたので、怖くなって、クローゼットに放り込もうとしたんですが、
気が変わって弟の部屋に持っていきました。あ、最初に言わなかったんですけど、
うちには工業高校に通ってる弟がいて、ずっと部活の合宿だったのが、その日から
帰ってきてたんです。「ちょっとこれ見てくれない」弟は、「ただのぬいぐるみ

じゃね」って、めんどくさそうに言ったんですが、持ち上げると「なんか固いな、

中に何か入ってる。でも開けるとことかもないなあ。姉ちゃん、これ切っても

いいか?」そう言うので、「いいよ、やってみて」弟はカッターを出して、

背中の毛の中を縦に切りました。すると、ぶわっと焦げ臭い臭いがたちこめて、
弟は咳き込みながら、「これ、焼けてる」切れ目を手で裂いて、中から

真っ黒なものをひっぱり出しました。

 

黒いのは焦げてるせいで、やっぱり人形に見えました。「キューピーみたいな

やつだな。あ、後ろが開く」弟はカッターの先で背中をこじ開け、
そしたら、にぎりこぶしくらいの固まりが、ゴンと下に落ちて転がったんです。

「何だ?」拾い上げた弟が「うえええ」と言って放り出しました。何だったと

思いますか。赤黒い布切れにくるまれた目玉。本物じゃなく、義眼っていう
ものじゃないかと思いました。「何だよこれ、姉ちゃん、冗談がすぎるよ」
弟も怖がってたんですが、2000円小遣いを渡して、クマのぬいぐるみの皮、
中の焦げた人形、義眼もすべて捨ててきてもらったんです。弟は、近くの橋から、
用水路に投げ込んだって言ってました。次の日、ネットオークションの店の
メアドがわかってたので、連絡してみました。長々と事情を書いて出してやったら、
すぐに返金するって電話が来たんです。ぬいぐるみは、おもちゃ会社から一括して
買い取ったものの一つで、その会社は倒産してもうないってことしか

 

わかりませんでした。ただ、はっきりしたことは言いませんでしたが、

他にも苦情があるような口ぶりだったんです。これで、全部が終わったと

思っていました。実際、それ以来おかしなことはなかったんですが・・・

ええと、最初に、カレシと別れたって言いましたよね。それで。友だちが

いろいろ気を遣って、合コンとかに誘ってくれて、新しいカレシが

できたんです。電力会社に勤めてる年上の人で、しっかりしてて優しくて、

すぐにおつき合いが深くなって、この人と結婚するのかも、って思ったんです。

・・・それで、大晦日の日です。彼はアパート生活だったので、一緒に部屋で

過ごして、新年になったところで、初詣に出かけました。お参りしたのは、

歩いていける近くの護国神社でした。有名な神社ではないんですが、近所の人が

けっこうきていて、境内に篝火が焚かれ、テントの中で甘酒がふるまわれたり

してました。2人でお参りをして、それからおみくじを引いたんですけど、

見せ合うと、私が末吉、彼が凶だったんです。「新年早々縁起悪いなあ」とか

言いながら、参道から外れて、松の枝におみくじを結びにいくと、御神木の

陰からふらっと人が出てきました。暗くてはっきりしなかったんですが、
髪の長い女の人で、下は雪があるのに、薄い病院着のようなのを着ていました。
髪の上から頭に包帯を巻いていて、片方の目が隠れていました。
その人が、おみくじがたくさんついた木の後ろ側に来ると、彼が気がついて、
「ああ、お前・・・」って言ったんです。その人は黙ったまま、片手に持っていた
黒いものを上にあげました。「きゃーっ」今度は私が叫ぶ番で、
それ、闇に溶けてましたが、あの子グマのぬいぐるみだと思ったんです。
彼が私の手を引いて、走ってその場を離れました。神社の鳥居から表通りに出て、
「今の誰?」って聞いても、どうしても教えてくれなかったんです・・・