緑の魚を食べる
小学校の6年のときだなあ。いっつも遊んでる3人組がいたんだよ。
山田っていう粉屋の子と、西村ってやつ。西村は父親が勤め人だったな、たしか。
で、あるとき山田がおもしれえ話を仕込んできたんだ。
護国神社の裏にある池に、緑の魚がいるって。
ああ、小学校の男子の間で噂が出てたみたいなんだ。
で、これ聞いて興奮してね。だって緑の魚なんて見たことがないだろ。
ああ、いないわけじゃないよな。海の魚とか、あとヤマメなんかも、
体側に緑の斑点がある。けど、山田の話じゃ、そういうのじゃなく、
魚の体の内側から、緑の電灯で照らしたみたく光るってことだった。
それ聞いて、俺はお祭りのときに夜店で吊るす電球を思い浮かべたね。
「釣ったやついるのか」当然そう聞くわな。けど山田は首を振って、

「それは聞いてない」って答えたんだ。で、さっそくその日の放課後、
3人で釣竿を持って池に行ってみたわけよ。まあ、釣竿ったって、
そこらの笹竹を適当に切ったものなんだが。仕掛けは駄菓子屋で売ってるやつ。
そしたら、池のまわり中、同じ小学校のやつらがいるんだよ。
もちろん男子だけだったが。どうやら噂はかなり広まってたらしい。
同じクラスのやつもいたから、「緑の魚、取りにきたんか?
誰か釣ったやついるか?」こう聞いたら首を振って、
「うんにゃ、俺はおとといから来てるけどザッコしか釣れん」
「見たやつとかもいねえのか?」 「聞かんなあ」
こんな感じで、人が多いわりには盛り上がってなかったんだな。
俺ら3人も、空いてる場所を見つけて釣り糸を垂れたものの、

誰もザッコ1匹釣れなかった。まあそりゃ、これだけ池のまわりがうるさきゃ、
魚だって警戒するわな。それで、暗くなってきたんでみな家に帰ったのよ。
翌日、学校で噂の出どこを確かめたけど、わからんかった。
その日も釣りには行ったよ。けど、前日の半分以下しか人はいなくて、
やはり釣れたやつはいない。で、バカバカしくなってやめた。
ただ、西村のやつはまだ心残りだったみたいで、
「日曜日、朝から釣りに来ないか」って言った。こいつ、生き物を飼うのが好きで、
家で水槽でオタマとかタナゴなんかを飼ってたんだ。
「ああ、どうせやることないから、ええよ」日曜の朝、かなり早くに集まって
池に行った。誰もいなかったな。んで、2時間ほど釣ったが、
小ブナがときおりかかるだけだった。飽きてきて「帰ろうぜ」って言ったら、

西村が、「もう1時間だけ」って粘った。でな、それからしばらくして、
少し離れたとこで釣ってた西村の声が上がった。「ああ、かかった。緑だ」
竿を放り出して行ってみると、まだ糸がついた魚を西村が顔の前に吊り下げてた。
それが、緑だったんだよ。「すっげ、すげえ」魚は、10cm少しかな。
細長くて、頭から尾の先まで緑。それも、体が透き通ってて、
その内側から緑の光がにじみ出してる感じだった。山田も来て、
「すげえ、それどうする?」って言った。けど、西村は、ピクリとも動かない
魚を目の前でゆらゆら揺らして・・・ばくっと食っちまったんだよ。
「あ、何する!」 「吐き出せ!」俺らは口々に叫んだが、西村はもう一口、
魚の残った半分も食っちまった。それから急に我に返ったように
「ああ、俺、食っちまったなあ」って言ったんだよ。

でなあ、今思い出してみても変なのは、西村が最初の半分を食ったとき、
魚は暴れもしないし、血とかも出なかったことだ。それに、骨や鱗があると
思うんだが・・・ 俺が西村に「なして食った?」と聞いたら、西村はのんびりと、
「ああ、あの魚な、見てたら練り切りみたいでうまそうでなあ」こう答えたんだ。
練り切りってわかるよな。結婚式の引出物で出る、鯛の形をした菓子だよ。
たしかに、あの魚の色艶は、緑なのをのぞけば似てた気もする。
その日はもう何も釣れず帰った。その後、西村が病気になったなんてこともない。
小学校卒業まで、池にはもう何回か行ったが、緑の魚は釣れなかった。
で、中学校進学のとき、西村は父親の仕事の都合で転居し、
県庁所在地の市の学校に行った。やつから手紙とか来なかったし、
俺も部活で忙しくなって、西村のことはすっかり忘れてたんだ。

でな、中3のときに、新聞に西村の名前が載った。やつは市の中学校で
水泳部に入ってて、県の大会で優勝し、全国大会でも2位に入ったって記事。
俺と山田は、「これ、あいつだよな、すげえな」こんな話をした。けど、

それから西村が活躍したってニュースもなかったんだ。で、さらに時がたって、
俺らの成人式のときだな。田舎だから盆の時期にやるんだよ。俺はその頃はもう

就職してて、羽織袴で出席した。でな、西村を見かけたんだ。背がひょろ高く

なってたが、顔は小学校のときとほとんど変わんなかった。式の後に近づいてって、
「西村だよな、俺のこと覚えてるか?」って聞いたら、「ああ」って一言。
それから言葉が続かなかったが、「お前、水泳で活躍してたよな。新聞で見た」
そしたら西村は、「水泳は目をケガしてやめた。こっちの目から緑の魚が出て

きたから」そう言って、自分でぐいっと指を突っ込んで、

義眼をつまみだして見せたんだよ。

婆さんを食べる
俺は婆ちゃん子だったんだよ。俺が小3の頃、婆ちゃんはまだ60代だったはず。
で、お盆の最中で、テレビで怖い話をやってたんだよな。あの頃は、

再現ドラマとか言って、気味悪い音楽つきで幽霊の特集とかしてた。それを見て

しまった俺はすっかりぶるって、婆ちゃんにいっしょに寝ようって言ったんだ。
当時、爺ちゃんはもう死んでいなくて、婆ちゃんは一人で自分の部屋で寝てた。
その布団に俺がもぐり込んで寝ることも、ときどきあったんだよ。
でな、婆ちゃんが部屋に行くときにいっしょについていった。
婆ちゃんの部屋は縁側に近く、きれいに蚊帳を吊り回してた。昔だからエアコン

なんてないし、雨戸を開けてないと暑くて寝られたもんじゃなかったんだ。
婆ちゃんと布団に入ったとき、俺はテレビのシーンを思い出して、
「婆ちゃん、幽霊っているんかな。俺、怖いよ」って言った。

そたら婆ちゃんは、「心配ない。幽霊はいるかもしらんが、出てきたら婆ちゃんが
食ってやるから」って笑ったんだよ。俺はすぐに寝入ったが、
その日はスイカ食ったり、サイダー飲んだりしてたんで、
夜中に便所に起きてしまった。で、一人で行くのは怖いんで、
婆ちゃんを起こそうとしたら・・・蚊帳の外に何かがいたんだよ。
最初わからなかったが、だんだん目が慣れてきて、
婆さんが座って、蚊帳の中をにらめてるんだってわかった。
俺はびっくりして小声で「婆ちゃん、蚊帳の外にだれかおる」そう言って、
婆ちゃんを揺すった。そしたら婆ちゃんは起きてて「わかっちょる。

さっきから迷った者が来ておるなあ」って言った。それから、蚊帳の外を

向いて、「およねさんやあ、あんた、わしがなんぼ憎いゆうても、

もうたいがいにせいよ。あんた3年も前に死んどるんやから」
それ聞いて、「死んでる」ってとこだけ耳に入った俺は、婆ちゃんに

抱きついて、「幽霊なんか? 怖い、怖い」って言った。
婆ちゃんは、「大丈夫じゃ。今、話つけちゃるから、お前は動かんでな」
俺を手で布団に押しつけて、そろそろと起き出して蚊帳を手でたぐり上げた。
「死んだもんは死んだもんだ。なんぼお盆やても、たいがいにしとき」
婆ちゃんが顔を蚊帳の外につき出してそう声を出したとき、外にいた婆さんの

形がぶわっと崩れて、霧のようになって婆ちゃんの顔にまとわりついた。
「げほん、ごほん、げほん、げほん」婆ちゃんはしばらく咳き込んでいたが、
幽霊の姿はなくなってたんだ。婆ちゃんは自慢げな口調で、
「どうだ、幽霊を食ってやったぞ」俺にそう言った。

その後に、ばあちゃんと便所に行ったが、おかしなことはなかったよ。
でな、朝になって、大きな声がして目を覚ました。俺の母親が蚊帳の中に入ってて、
悲鳴を上げてた。婆ちゃんが、目をかっと見開いたまま、
両手を布団の外につき出して死んでたんだ。
俺はずっと、その隣に寝てたってことになる。いや、婆ちゃんがいつの時点で
死んだのかはわからないよ。とにかく、その後はてんやわんやだった。
でな、これはずっと後になってわかったことだが、
婆ちゃんが「およねさん」と呼んでたのは、近くに住んでた婆さんで、
その3年前に病死してるんだが、生きてる時分、うちの婆ちゃんとはすごく
仲が悪かったらしい。いや、原因まではわからないがね。
とにかく、うちの婆ちゃんはその婆さんを食って死んじまったんだ。