これ、夢みたいな話なんだけど、全部が実際にあったことだよ。
俺の親父は次男で、四国から大阪の大学を出て、こっちで就職し、
職場の同僚だった母親と結婚して、俺と妹が生まれたんだよ。
で、俺が中1のときに家を新築して、名実ともに一家の主になったんだな。
それから2年後、四国の実家を継いでた親父の兄、
長男が病気で亡くなって、その妻子は家から出てっちゃったんだな。
だから、四国では親父の母親、俺のばあちゃんが一人暮らしになった。
じいちゃんは早くに死んでて、俺は遺影の顔を見たことがあるっきりだよ。
でな、親父がばあちゃんに、せっかく家を建てて部屋もあるから、
大阪に出てきていっしょに住まないかって持ちかけたんだ。
まあでも、親父は断られるだろうと思ってたみたいだけどな。

ばあちゃんとこは四国でも古い家柄で、代々その地域の長老みたいな立場を
してたんだ。それに、じいちゃんの思い出のある家に住んでいたいって
ばあちゃんが言うと思ってたんだな。ところが、ばあちゃんは、
二つ返事で承知して、こっちに出てきて同居することになったんだよ。
つまり、家族が一人増えたわけだけど、俺の生活はあんまり変わらなかったな。
ばあちゃんの部屋は1階の奥の6畳間で、俺と妹の部屋は2階にあったから。
で、その当時、ばあちゃんはまだ70歳前だったはずだ。
実際、そんなに年寄りには見えなかったよ。
ああ、ばあちゃんとはそれまでにも何度も会ってる。
親父は盆と正月には実家に里帰りしてたからな。いや、いつもにこにこしてて、
お年玉をくれたり、優しい印象しか持ってなかった。

で、四国の家を処分して、ばあちゃんが俺んちに移ってきたんだが、
さっきも言ったように、実家はかなりの旧家で土地も広かったから、
かなりの金になったと思うが、ばあちゃんはほとんど身一つでこっちに

やってきた。持ってきたのは、黒い年代物の箪笥一つだけだった。
それから4年間、俺が大学に行くまでばあちゃんといっしょに過ごしたんだが、
この話は、そのばあちゃんの箪笥に関することなんだよ。
そんな大きな物じゃなかった。今のテレビ台くらいの高さかな。
引き出しは4段で、くすんだ銀の取っ手と、あと飾り金具がついてた。
俺にはそういうものを見る目はないが、かなりの値打ち物だったんだと思う。
え? 俺の母親とばあちゃんの関係? いや、悪くはなかったと思う。
少なくともケンカしてるような場面は見たことない。

これは、ばあちゃんがほとんど家事を手伝わなかったせいもあると思うんだ。
嫁姑のいさかいってのは、どっちが家事をやって、
味つけがどうとかで揉め始めることが多いだろ。けど、ばあちゃんは

そういうのを心得てて、自分から家事をすることはなかった。
そのかわり、庭に出て草取りとかはよくやってたな。
ああ、すまん前置きが長くなってしまった。それで、俺はときどき、
ばあちゃんの部屋にいって小遣いをもらってたんだよ。
ばあちゃんは、いつも着てる着物の懐から長い金属の鍵を取り出して、
カチカチ音をたてて箪笥の鍵穴を回し、一番上の引き出しから
1万円札を出して俺にくれたんだ。これはホントに助かった。
俺が大学生になっても、家に戻ってくると小遣いをくれたし。

妹? うーん、妹は俺よりしょっちゅうばあちゃんの部屋に出入りしてたな。
小遣いももらってたんだろうし、それにこんな場面を見たことがある。
俺がばあちゃんの部屋に行くと、当時中2だった妹がいて、
それが白い装束を着てたんだ。んで、ばあちゃんの横に並んで、
いっしょに何か呪文みたいなものを唱えてたんだよ。いや、お経じゃない。

どっちかといえば神社でやる祝詞に近いものじゃないかな。
はっきりとはわからない。俺が部屋の戸を開けると中断しちゃったからね。
よくわからないけど、ばあちゃんは妹を巫女さんみたいにしようと
考えてたのかもしれない。いや、巫女さんにはならなかったけど、
大きな神社に務める神主の人と結婚して、今は社務所の事務みたいなことを

してるんだ。ああ、すまんすまん箪笥の話だよな。

まず不思議なことの一つめは、ばあちゃんは部屋のエアコンをつけたことが

なかったんだ。これ、冬はともかく、大阪の夏じゃありえないだろ。
ところが、ばあちゃんの部屋は夏に行けば涼しく、冬は暖かかった。
でな、夏には箪笥の2番めの引き出し、冬は3番目の引き出しが開いてたんだ。
どうも、そっから冷風や温風が出てるみたいだった。これって、科学的には

ありえないことだろ。いつだったか俺がそういう話をすると、
ばあちゃんはただ笑って、2番めの中は冬、3番めの中は夏、
みたいなことを歌うように言ったんだよ。いや、引き出しの中は見なかった。
ちょっと開いてるだけだし、ばあちゃんは俺を箪笥に近づけさせなかったから。
うん、ばあちゃんはいつも箪笥を背にしてその前に座ってたからね。
あと、ばあちゃんのところにはたまにお客さんが来てた。

ぼそぼそした話し声が聞こえてくるときもあったな
けど、おかしなことに、お客さんは玄関や廊下を通らないんだ。
いつの間にか、ばあちゃんの部屋にいるって具合なんだよ。
まあ、あのころはそんなに深く考えなかったけど、
今は何が起きてたのか、なんとなくわかるような気がする。
でな、俺が高3のときに母親が事故を起こした。いやいや、命にかかわる

ようなもんじゃない。母親が買い物に出たとき、自転車のハンドルで

駐車場に停めてあった車をこすっただけ。けど、相手が悪かった。
ヤクザのベンツだったんだよ。まあ、チンピラだったんだが、そいつが
家に怒鳴り込んきて、俺らの前ですごんだんだよ。テレビに灰皿を

投げつけたりもした。親父はとにかく金で済ませようとしたみたいだが、

そんとき、ばあちゃんが部屋から出てきて、「わたくしが今、

お支払いしますから、こちらに」って、そのヤクザを部屋に呼んだ。んで、

ヤクザがついてって、それで、ばあちゃんの部屋から出てこなかったんだ。
ばあちゃんに父親が聞いたら、すました顔で「あの方は帰られたようですよ」
そう答えてたな。まあ、そんなことがあって、時が流れ、
俺が30歳近くなったとき、ばあちゃんは具合が悪くなって入院した。
肝臓の癌で、見つかったときにはもう末期だったんだな。
何度も見舞いに行ったよ。ばあちゃんは苦しい顔もせず、
ただ静かに病院のベッドに横になってるだけだった。
病気の詳しいことは本人には言ってなかったが、ばあちゃんは、
自分の命が長くないことをわかってるみたいだったな。

で、たまたま病室に俺と妹しかいないときに、ばあちゃんが静かにこんな話を
始めたんだよ。「部屋の箪笥の一番上の引き出しに、通帳と印鑑があるから、
わたしが死んだら出しておくれ」そう言って俺にあの箪笥の鍵を渡してよこした。
続けて、「あの箪笥なあ。値打ちのものだが、お前らの父親には話さず、
お前ら2人で山の中に持っていって焼き捨ててくれんか」って。
俺は何を言ってるか意味がわからなかったが、妹が、
「わかりました、おばあちゃん。きっとそうします」って答えてね。
それから、10日くらいでばあちゃんは静かに息を引き取った。
葬式は四国でやったんだよ。県会議員から町長から、たくさんの参会者があった。
ばあちゃんのいた集落の人はほとんど全員が来たんじゃないかな。
それが全部終わってから、俺と妹で箪笥を持ち出した。

で、俺の車に積んで山の中に持ってったんだ。
箪笥の一番上のひきだしには、ばあちゃんの着物が何枚かと、
言ってたとおりに印鑑、通帳があった。2,3番めの引き出しには、
昔の浮世絵がぺらっと1枚ずつ入ってた。冬の景色と夏の景色を描いたやつ。
それから、4番めの引き出しを開けようとしたとき、妹が、
「見ないほうがいいかも」って言ったが、かまわず開けてみた。
そしたら・・・ミイラ、いや干し首、なんと言ったらいいか、
15cmほどの人間の干物があったんだ。ちゃんと人形の着物みたいなのを着てて、
女が3つ、男が1つ。で、そのゆがんで黒くなった男の顔がな、
前に家に来たヤクザにそっくりだったんだよ・・・ ああ、それらは全部、
言われたとおりに灯油をかけて燃やした。真っ黒な煙が上っていったっけ。