みなさんは「恐怖症」というのをご存知ですよね。有名なものに、高所恐怖症、
閉所恐怖症、対人恐怖症などがあります。で、なぜ、そのものに恐怖を感じるのか、
理由がわかる場合も、わからない場合もあります。また、例えばクモ恐怖症とか、

ヘビ恐怖症のように、多くの人が感じるものもあれば、
リンゴ恐怖症みたいな、何でそんなものを怖がるか、普通は理解できない、
特定の人しか感じないものもあります。恐怖症は、長い間、
心理学的な研究の対象になっていますが、今だに不明な点が多いんですね。
ただ、多くの恐怖症はいつのまにか克服されてしまいます。それはそうですよね、
対人恐怖症が治らなければ、いつまでも結婚も就職もできないわけですから。
今回は、そんな恐怖症にまつわるお話をしてみたいと思います。
聞かせていただいたのは、汎用エンジンメーカに勤めるエンジニアのHさんです。

「bigbossmanさん、トライポフォビアって知ってますか?」
「ああ、聞いたことがありますよ。日本語に訳すと、集合体恐怖症とか、
つぶつぶ恐怖症とも言いますね。ある一定の大きさの点がたくさん集まってるのが
怖いという」 「そう、それです。ただ・・・自分がトライポフォビアに

あたるのかは、よくわからないんです」 「どういうことですか?」
「実際に写真とかでつぶつぶを見ても怖いわけじゃないんです」 「はい」
「それが、心の中でつぶつぶがたくさんあるのを想像すると、たまらなく

怖いんです」 「うーん、具体的な体験がありそうですね」 「はい」
「ぜひ、お聞かせください」 「始まったのは中学校2年のときだったと

思います。もしかしたら、それ以前の小さい頃にもあったのかもしれませんが、
覚えてないです」 「はい」 「学校の期末試験だったんですよ。
 
その5時間目で、これで全部の科目が終わるってとき」 「はい」
「たしか数学だったような気がするけど、とにかく夢中になって問題を解いてると、
鼻の奥にツーンとしたにおいを感じたんです」 「ははあ、どんな?」
「そのときは何のにおいかわからなかったです。ただ、悪いにおいだとは
思いませんでした」 「はい」 「これはその後、成長してからわかってきた
ことなんですが、一番近いのが紫蘇のにおいです」 「紫蘇?」
「ええ、あの梅漬けに入ってたりする」 「はい」
「で、試験の最中なんだけど、何だこのにおい、と思って顔を上げたんです」
「はい」 「そしたら、空中に、教室一面に黒い丸い玉が浮かんでたんです」
「うーん、どのくらいの大きさですか?」 「一つが、そうですね、
直径3~4cmくらいでしょうか、スーパーボールくらいです」

「で?」 「それが数え切れないくらいに、あちこちに浮いてたんです」
「うーん、試験の緊張で幻覚を見たとかではないんですよね」
「幻覚・・・そうなのかもしれませんけど、その後に・・・」
「ああ、口をはさんで済みません。続けてください」
「あれれと思って、目をこすってみても黒いつぶつぶは消えませんでした」
「で?」 「試験中だから、あんまりキョロキョロするのもマズイじゃ

ないですか。それで、テスト用紙に目を落としたら、ちょうど目の前に、
その黒い粒の1つがあって、じっくり観察できたんです」 「はい」
「少しだけ赤っぽい色が混じった黒・・・小豆の羊羹に近いというか、
そんな色で、光沢がありました」 「はい」
「でね、息を吹きかけてみたんです」 「ほう、どうなりました?」

「そしたら、スーッと空中を滑るように動いたんです」 「で?」
「それと同時に、なんか教室の中の空気感が変わって」 「はい」 「顔を

上げたら、無数にあるその黒い粒の全部が、まるで生き物みたいに動き出して」
「最初は止まってたってことですね」 「ああ、そうです」 「で?」
「黒い粒が、一箇所に集まっていくんです」 「どこに?」
「Yっていう、前のほうの席の男子生徒の頭の上です」 「で?」 「どうなるか

と思って目を離すことができませんでした。粒は、どんどんYの頭の上に
くると、くっついて一つの大きな固まりになっていって」 「はい」 「2m

くらいの巨大な玉になったんです。それがふわっとYの頭の上に落ちて、そこで

ふっと消えて」 「で?」 「そのとき、夢中になってテストを書いてたYが
シャーペンを投げ出すようにして片手を伸ばし、そのままイスから転げ落ちました」

「うーん、で?」 「テスト監督の先生が駆け寄って抱き起こしましたが、
そのとき、口から泡を吹いてるのが見えたんです」 「で?」
「Yは保健室に運ばれ、しばらくして救急車の音が聞こえてきました」
「で?」 「翌日になって、担任が、Yが亡くなったって知らせを」
「う」 「急な心臓発作で突然死ってことでした」 「Yくんは持病か何か?」
「いや、聞いたことはありません」 「うーん、不思議というか何というか。
それから?」 「その後、紫蘇のにおいがすることも、
黒い粒を見ることもずっとなかったんです」 「はい」
「で、10年以上たって、結婚して長男が産まれた年のことです」 「はい」 

「夜になって子どもが熱を出したんで、救急外来に妻と連れていきました」
「はい」 「そしたら、インフルエンザが流行ってた時期だったんで、

20人くらいの人が待合室にいたんです」 「はい」 「子どもはぐずって

たのが眠りかけてたんで、ソファで順番を待ってたら」 「はい」 「また紫蘇の

においがして、空中に黒い粒粒が見えたんです」 「で?」 「そのとき、

中学校のときのことを思い出して、妻に、黒い粒が見えないか?
って聞きました」 「で?」 「妻は、何のこと?って答えて、見えてる様子は
なかったんです」 「で?」 「やっぱり、粒は最初は止まってたんですが、
だんだんに動き出して・・・ 一人の母親が抱いてた、
3歳くらいの女の子の上に集まっていって・・・」 「で?」
「同んなじですよ。巨大になった玉が、ごろんと女の子の上に」 「で?」
「そしたら、女の子の首ががくんと垂れるのがわかりました」 「亡くなったん

ですか?」 「わかりません。母親が何か叫んで、受付の事務員に知らせ、

そのまま処置室に連れていかれましたから。でも、中学校のときのことを考えると、
気の毒ですけど、亡くなったのかもしれません」 「うーん、不思議な話ですねえ。
その後も?」 「ええ、あと1度だけ。でも、このときは前とパターンが
かなり違ってて」 「はい」 「長男が5歳のときです。家族で海に行ったんです。
僕は浜辺で寝そべってて、妻と子どもが波打ち際で遊んでるのを見てたんです」
「はい」 「そしたらまた、紫蘇のにおいがして、ドンと黒い粒が出たんです」
「で?」 「ほら、それまでの2回は室内でのことだったじゃないですか」
「はい」 「だから、粒の数も、多くても限られてたと思うんです。それが、
ずーっと沖まで続く空中一面に黒い粒があったんです」 「うーん」
「何億なのか何兆なのかわかりませんけど、つぶつぶつぶつぶ・・・・」
「・・・・」 「遠くのほうは空に黒いモヤがかかったように見えました」

「で?」 「その粒がまた動き出したんです。でも、全部じゃありません。
せいぜい僕の周囲20mくらいのが、だんだん一箇所に集まってって、
砂浜でアイスをなめてた小学校高学年くらいの男の子の頭上で固まって
その子が埋もれるように覆いかぶさって、消えたんです」 「その子が倒れた?」
「それが、そうじゃなかったんです。全然平気で笑ってました」
「で?」 「もう粒は全部消えてたんですが、怖くなって、早めに帰ったんです。
まだ早いのに何で帰るのかって聞かれたんですけど、答えられなくて」
「で?」 「その日の夜のニュースで、僕らが行った海水浴場で水難事故が
あったって出たんです。男の子が一人水死したって」
「う、その小学生の子なんでしょうか?」 「わかりません。
顔写真が出たわけじゃないので」 「で?」

「黒い粒を見たのは、その3回だけです。bigbossmanさん、こういうことに
お詳しいんでしょう?」 「いや、その、こんな話は始めて聞きましたよ。
うーん、黒い粒ねえ。まず一つ考えられるのは、Hさんが予知をしたんじゃないか
ってことです。なぜかその場にいる、これから亡くなる人がわかって、
それを黒い粒が指し示したっていう」 「うーん」 「もう一つは、
その黒い粒が、生き物ではないんでしょうが、何か悪いもので、
Hさんが見た3人にとり憑いて命を奪った・・・」 「・・・それで、
もしですね、またあれを見たらどうしようって。それも、他人じゃなく、
僕や家族のほうに集まってきたらって考えたら、怖くて怖くて」
「たしかにそれは怖いですね。こういう例が世界的にないか調べてはみますが、
あんまり期待はしないでください」 「よろしくお願いします」