あ、どうも俺、岩本って言います。仕事は特になくていろんなアルバイトで
食いつないでるんです。じつはバンドをやってるんですよ。
昔、ウエストコーストミュージックって言われてたようなやつです。
ほら、イーグルスみたいな。で、いちおうメジャーデビューをめざして
るんですけど、今はその手の音楽って流行ってないでしょ。
ヒップホップ全盛だし。これでもいろんなレーベルにデモテープとか
演奏してる映像を送ってるんだけど、いい返事はなかったですね。
でね、俺はリードギター担当で、曲作りもやってるんです。
これでも音大を出てますから。・・・曲作りって難しいんですよね。
どうしてもどっかで聞いたことのある音になっちゃう。いい曲ができたと
思っても、昔の有名バンドに似たようなのがあったりして。

でね、ライブコンサートがあるんですけど、前の回に次は新作を
披露しますってボーカルのやつが言っちゃったんです。だからね、

毎晩バイトの後でアパートの部屋で曲作りをやってます。
え? ああ、曲はギターで作ってます。ピアノでもできるし、ほんとうは
そのほうがいいんだろうけど、安アパートでピアノなんて置けないし、
ヘッドホーンをつけてやらないと他の部屋から苦情がくるんです。
でね、先々週の土曜の夜も、うんうんうなりながら曲作りしてたんです。
いや、曲はいちおうできましたよ。けど、自分で聞いてもとうていヒット
しそうもないものばかりでした。全然インパクトがないんです。
ヒットする曲ってのは、一回聴いただけで、耳に残るフレーズがあるんです。
それでね、最後の手段として、紙に六芒星を描いてね、ロウソクを立てて、

 

どうかいい曲を俺に授けてくださいって悪魔にお願いしたんです。
いやいや、悪魔なんて信じちゃいなかったんですけどね。ただ、俺ね、
こう見えても幼稚園と小学校はミッション系のとこに通ってたんです。
そのころ、講堂に大きなパイプオルガンがあって、そこでやってた曲が
急に頭の中に流れてきたんです。それがヒントになって、一曲できちゃった
んですよ。自分で弾いてみても、これはヒットするんじゃないかって
思えるできでした。だから、忘れないうちに譜面に書き起こし、テープに
録音もしたんですよ。まわりの部屋からはうるさいって言われるんじゃ
ないかとひやひやしましたけど。でね、さっそく次の日、貸しスタジオで
バンドの仲間に披露したんです。俺がエレキギターを弾いて。そしたら、
仲間は最初黙って聴いてましたが、一分を過ぎたあたりで、キーボードを

担当してるやつがうずくまって、緑色のゲロを吐き始めたんです。
その後、ベースのやつもドラムも、頭をかかえてうずくまって・・・
で、ボーカルのやつが「やめてくれ」って叫んだんで、俺はギター弾くのを
やめて・・・仲間からは「何だよ、今の曲、自分の頭の中が見えた気がする」

とか「これ、すげえ曲だとは思うけど、コンサートでやったら病人がたくさん
出るんじゃないか」って言われたんです。自分でも、これはさすがにダメだと
思いましたよ。でね、その日はいつものレパートリーを練習して終わり。
吐いたやつはケロッと回復したんですよ。でね、その曲はボツって
ことになって、また次の日から曲作りだったんですが・・・ギターを
持つとなぜかぞの曲を弾いちゃうんですよね。自分で意識したわけじゃ
ないのに。で、弾いてる最中に酸っぱい胃液が喉元までこみ上げてくる。

ええ、もう譜面なんか見ないでも弾けるようになってたんです。ボツにする
はずの曲なのに・・・それと、不思議なことに、弾いてるとどんどん歌詞が
頭の中にわいてくるんです。俺はいつも、最初に曲を作ってから、
その音調に合わせて歌詞を考えるんだけど、考えるまでもなく、どんどん
歌詞が口をついて出てくる。それも異国の言語みたいな、意味があるかないかも
わからないようなやつです。「ヒロエムス、ケハダ、ビテコマ、ソソジヤン・・・」
みたいな感じです。しかも出鱈目なのに、次に弾いても同じ歌詞が口から
出てくる。これって不思議ですよね。なんかぞーっと怖くなって、その曲は
封印することにしたんです。本当に悪魔が授けた曲なのかななんて思って。
音楽と悪魔って相性がいいんですよね。アメリカの昔のブルースマンの
ロバート・ジョンソンって知ってますか。あるとき十字路で悪魔と出会って、

魂と引き換えにギターの腕を授けられたって伝説があるんです。その話を
元に、イギリスのクリームってバンドが「クロスロード」の曲を作った。
ロック界なら誰でも知ってる話です。でね、それから曲作りはスランプに
なっちゃって、できるのは歌謡曲みたいなものばかり。そのうちに次の
コンサートの日が来ちゃって、俺らにも一応ファンはいますからね。
だからファンの前で「新曲はできませんでした~」って謝ったんです。
でね、それから2日して、ボーカルのやつがオーディションの話を持って
きたんです。あるレーベルで、俺らのコンサートを聞いて、ぜひ目の前で

見てみたいって話をしてるって。これって大チャンスじゃないですか。
それでね、スゴイ張り切ったんです。練習にも熱が入りました。ですけど・・・
これ、後でわかったことなんですが、そのレーベルが本当に欲しいのは

ボーカルのやつだけで、後はそこのバックミュージシャンでバンドを組む
つもりだったらしいんです。そういうのってよくあるんですよ。
スタジオミュージシャンのほうが上手いのは確かだし、給料も安くて済むし。
で、さらに3日後のオーディション当日です。その会社に行って
スタジオで演奏を披露したんです。曲はそれまでのオリジナルに、いくつか
スタンダードのロックを混ぜて。 でもね、あんまりウケてるような感じじゃ
なかったんです。そういうのってなんとなくわかるんですよね。だから、
ああ、このままじゃ採用されないどころか、バンドが解散になってしまう。
そう思いまして、でね、最後の曲として俺がイントロであの封印した曲のを
弾き始めたんです。バンドのメンバーも了解したようで、イチかバチか
それに賭けてみることにしたんです。だけどほら、ボーカルのやつは

歌詞を知ってるわけはないでしょ。それで下手だけど俺がかわって歌い
始めたんです。「ヒロエムス、ケハダ、ビテコマ、ソソジヤン・・・」
そしたら、それまでふんぞり返って聴いてたレーベルのディレクターも
パイプ椅子に座り直して、身を乗り出すような姿勢になったんです。

表情も真剣でした。でね、曲が進むと同時に、スピーカーにワーンと

唸るような音が入るようになって、明るいスタジオにいるのにすごく

どんよりした雰囲気になったんです。で、並んで聴いてた一人が

「あれ、あれ」というように俺らの演奏をしてる背後を指さして・・・

振り返ると、フットライトで照らされた影が、巨大な人の頭のような

形になって動いてたんです。人間の影とは思えませんでした。

だって頭には2本のヤギの角みたいなのがついてたんです。でね、

 

俺がほら、歌ってたでしょ。だからボーカルのやつはすることがなくて、
所在なげにスタンドマイクを持って立ってたんですが、その頭上から
でかい照明がガーンと落ちてきたんです。ありえないですよね。その事故で
スタジオは血の海になり、ボーカルのやつは病院に運ばれたものの、その日の
うちに亡くなったんです。ほぼ即死だったということでした。で、このために
俺らのデビューは中止のはずだった・・・んですが、どういうわけか、その日

録音してたテープをそのレーベルの偉い人がたまたま耳にして、「この最後の

曲、スゴイんじゃないか。歌詞は意味がわからんが」そう言って、CD化される

って話になったんです。俺らは契約金の話もされたんです。でもね、この曲、

あきらかにヤバいですよね。もしもCDや配信で大勢の人が聞いたりしたらどんな

ことになるかわかったもんじゃない。だからどうすればいいか迷ってるんですよ。