チロの話

近頃、動物霊という言葉をよく耳にします。現在、空前のペットブームだそうで、
そのせいかもしれません。では、動物に霊魂ってあるもんでしょうか?
これ、キリスト教では、長い論争の歴史がありますし、
輪廻を認める宗教でも、人間は人間の中だけで転生し、
動物には生まれ変わらない、とするものもあります。
宗教的にはかなり微妙なところがあるんですね。さて、今回は、
自分のところに届いた、犬猫にまつわるお話を2つしてみたいと思います。
最初は、50代で主婦をしているYさんからお聞きしたものです。
「あ、どうも、bigbossmanです。よろしくお願いします」
「うちの、去年の夏に亡くなった父の話なんです」 「はい」
「死因は肝硬変でした。お酒が好きで、長い間飲んでましたので」

「はい」 「普段は同居しておらず、母はすでに亡くなってますので、
父は実家でずっと一人暮らしだったんです。今思うと、それで、
気ままにお酒を飲んで、体を痛めたんでしょう。
同居を勧めたんですけど、父は、いいからって断って」 「ああ、はい。
でも、お年寄りの一人暮らしは多いですよね」 「それで、一人で病院に
通えなくなり・・・ 私は2人姉妹なんですけど、どちらも仕事はしてないので、
1ヶ月交代で父のところに泊まり込んで世話をしてたんです」 「はい」
「顔色がとても悪くて、これは長いことないんじゃないかって思いました。
実際、お医者さんには、もって3ヶ月と言われてましたし」 「はい」
「それで、父が、夜に寝てるときにチロが来る、って言い出したんです」
「はい」 「父は、体は弱ってましたけど、頭のほうはしっかりしてました。

でも、チロなんて聞いたこともなかったので、それ、何?って聞きました」
「はい」 「そしたら、俺が子どもの頃に家で飼ってた猫だって」 「はい」
「それ聞いて、ちょっと微笑ましい気になったんです。私が知ってる父は、
動物が嫌いだったし、私たち姉妹が小さい頃、いくらペットが飼いたいって

言っても、許してくれなかったし」 「はい」 「どんな猫?って聞きました。
そしたら、父の実家に迷い込んできた生後まもない真っ白な子猫で、
父の母、私の祖母がかわいそうに思って飼い始めたもんだって」 「はい」
「へえ、お父さん、意外ね、かわいがってたの?って言ったら、
いや、かわいがるも何も、家に来てから数ヶ月で死んじまったって」 「はい」
「ほら、昔は側溝にボウフラが湧いて蚊が出ないように、町内会で消毒液が
配られてましたよね」 「ちょっとわかりません」

「そうですか。白い牛乳みたいな液体でしたけど、チロが土間を走り回ってる

ときに、体をぶつけて自分で消毒液をかぶってしまい、3日間苦しみぬいて

死んだんだって」 「はい」 「それ聞いて、ちょっと怖い気もしました。

それで、お父さん、チロは何か言ってるのって聞きましたら、いや、ただ寝ている

俺の頭のまわりをうろついてる気配がする、俺が死ぬのを待ってるみたいだ、
あいつのいるところに行くのか、ああ、嫌だ、嫌だって」 
「実際に猫の気配がしたんですか?」 「実家に泊まってるときは、
父と布団を並べて寝てたんですが、気配も泣き声もしなかったです」
「まあそうですよね」 「ただ、父が寝言を言ったときがありました」 
「どんな」 「ああ、チロ、また来たのか? 悪かった、許してくれって」 
「・・・・」 「それから1ヶ月くらいして、父の具合がいよいよ悪くなって、

病院に入院したんです。お医者さんは、積極的な治療法はないって

おっしゃられて」 「はい」 「それからさらに1ヶ月して、父はものも

食べられず、点滴の管だらけになって、意識もとぎれとぎれになりました」 

「はい」 「それで、おそらく今夜が峠だろうってことで、家族親戚が

呼ばれたんです」 「危篤状態ってことですか?」 「ええ、それで、

みなでベッドのまわりを囲んでたんですが、血圧が低くなって、もういよいよ

だってときに」 「はい」 「病院のベッドの父の枕元の白いシーツから、

丸まってた猫が立ち上がったんです」 「え?」 「猫は歯をむき出しにして、

何かを咥える動作をし、それからすごく怖い顔になって、空中に跳び上がって

消えたんです」 「それ、見たのは?」 「私一人だけだったと思います」 

「で?」 「父の心電図がとぎれまして、医師の死亡宣告がありました」 



ジロの話

次のお話は、郵便局に勤務されている、やはり50代のKさんという男性から
お聞きしたものです。「あ、bigbossmanです。お話を聞かせていただけるそうで、
よろしくお願いします」 「あれは、私が小学校高学年の頃ですね。
まだ大阪には出てきておらず、滋賀の山の中に住んでたんです」 「はい」
「そのときに、家にジロって犬がいまして」 「はい」
「親戚からもらったものです。小型の、どこにでもいるような雑種の和犬」
「はい」 「もちろん室内飼いとかではなく、父がつくった、
庭の犬小屋にいました」 「はい」 「人懐っこい犬でね、
誰が訪ねてきても、愛想よくしっぽを振って」 「はい」
「だから、番犬としては役には立たなかったんです」 「ああ、はい」
「夕方の散歩に連れていくのが私の役目でした。

ずいぶんかわいがっていたんですよ」 「はい」
「でね、あれは私が小学校最後の年の夏だったはずです。隣の家の旦那さんが
亡くなりまして」 「はい」 「まだ50代、ちょうど今の私くらいの歳です」
「はい」 「それまで医者にかかったこともなかったのが、
急に脳出血を起こして庭で倒れ、それっきりでした」 「はい」
「でね、それを知らせたのがジロなんですよ」 「どういうことですか?」
「隣の家の庭とは低い垣根で隔てられていましたが、庭でジロがあんまり鳴くんで、
うちの母が見に出たら、隣の旦那さんが垣根にもたれかかるように倒れてて」
「はい」 「で、うちで救急車呼んだんですけど、それっきり」 「はい」
「でね、そのすぐ翌日です。またジロが鳴きに鳴いて」 「はい」
「鎖でつないでたんですが。それをビーンと張って、

今度は反対側の隣に向かって吠えてたんです」 「ははあ」
「おそらく、鎖が外れたら、そのまま隣に向かって飛び出していったでしょう。
そのくらいの剣幕でしたね」 「隣の庭に何かいたんですか?」
「いえ、それが何にも、猫の子一匹いなかったと思います。
そもそも、普段はそんなに興奮して吠えるなんて犬じゃなかったんです」
「で?」 「その1時間後くらいですね。隣の旦那さんが家の中で
倒れられたらしくて、また救急車が来ました」 「で?」
「やはり脳出血で、助かりませんでした」 「うーん、ということは、
2日続けて、両隣のご主人が、同じような病気で亡くなったと」
「そうです」 「たまたまなんでしょうか。で、どうなりました?」
「その次の日の朝ですよ。5時頃でした。庭でまたジロの唸り声がしまして」

「はい」 「その頃、私は朝勉といって、夜に早く寝て、朝4時過ぎに起きて
勉強をしてたんです」 「ああ、はい」 「で、庭にジロの様子を見に行ったら、
ジロが鎖をつけたまま立ち上がって、口からよだれをたらして暴れてたんです」
「で?」 「まるで、見えない何かと戦ってるみたいでした」
「見えない何か?」 「ええ、鎖の届く範囲で、跳び退ったり、
空中で何かに噛みつく動作をしたり・・・」 「で?」
「とても怖くて近寄れませんでした。そのうち、ジロの頭と首筋が赤く染まって、
血が流れてきたんです」 「で?」 「父親を呼びに家に入りました。
父はまだ寝てたんですが、とにかく起こして、庭に出てみると、
ジロは息を切らしてうずくまってて、体中傷だらけだったんです」 「うーん」
「その頃は、飼い犬を獣医に連れてくなんてことはなかったし、

そもそも近くに獣医なんていないし、とにかく、家庭でできるだけの手当を

しました」 「はい」 「で、ジロの傷は、1ヶ月くらいかかって治りました」 

「はい」 「それで、そのことがあった翌日です。家の庭、ジロの小屋の

すぐそばに、見たこともない異様な獣が倒れて死んでたんです」 「え?」
「体はジロより少し小さいくらい、細長くてきれいな毛並みをしてましたが、
それが血でずぶ濡れで」 「ジロが戦ってた相手ですかね?」
「たぶんそうだと思いますが、なぜ翌日になって死体が出てきたかわかりません」
「で?」 「頭に2本角が生えた、西洋の悪魔みたいな獣でした」 「で?」
「父に見せたら、これは山からきた三隣亡だって言って、金バサミでつまんで、
裏山まで捨てに行きました。それから、家にはおかしなことはなかったです。
ジロは、私が大学に入って大阪に出てくる頃に、老衰で亡くなりましたよ」