10日ほど前、漫画雑誌の仕事である霊能者の方とお会いしました。
お名前は、かりにKさん、としておきます。Kさんは50代の男性で、
本業は実業家。貸ビルや飲食店経営などを手広く展開されていて、
年収はおそらく数億はあるだろうと思われます。ですから、霊能者としての活動は
完全なボランティアなんです。とにかく、興味深い霊的な事件があれば、
日本全国どこへでも出かけていきます。で、仕事が終った後、
ホテルのバーに入って、いろいろとお話をうかがいました。
その中で、自分が前から疑問に思っていたことをいくつかお尋ねしてみたんです。

「前から気になっていたんですが、日本ってキリスト教徒は少ないですよね」
「うーん、そうだね。人口の1%くらいと言われてる」
「ええ、日本人100人に一人くらいです。それでですね、
キリスト教の悪魔って、どう思われますか?」
「それは、神の敵対者ってことだろう。キリスト教は一神教で、神は全知全能で
この世のすべてを支配している」 「ええ、そうですね」 「それなのに、

この世から犯罪や貧困など、さまざまな悲惨がなくならないのは変だろう」
「まあ、確かに」 「このことについて、説明が2つあるんだよ。
一つは、神がわざと試練を与えて、人間を試してるってこと。
その人が死後、神の国に入ることができる資格があるかどうか試しているわけだ」
「ははあ、苦しいときにこそ、その人の本性、人間性が現れるってことですか」

「ちょっと違うけど、まあ、そう考えるのがわかりやすいかもしれない。
それともう一つが、神の敵対者としての悪魔という存在だな。人間が誘惑に

負けやすいのは、エデンの園のアダムとイヴの話に出てくるだろう」 「ああ、

イヴが蛇に勧められ、神が禁じていた知恵の実を食べてしまったことですね」
「そうだ、あの蛇の正体は悪魔サマエルとも言われている。人間を誘惑し、
悪事を働かせて魂を奪いとる」 「魂を奪われるとどうなるんです?」
「それは、永遠に地獄の炎で焼かれるという話もあれば、
 最終戦争ハルマゲドンのときに、悪魔の手下となって闘うとも言われている」
「うーん、やはり善と悪との闘いなわけですね」
「それが一神教というものだよ。光があれば必ず影があるっていう」
「じゃあ、このキリスト教徒の少ない日本にも、悪魔は存在するんですか?」
Kさんは自分のこの言葉を聞いて少し笑い、

「悪魔にとっては日本は楽だろう。キリスト教の考え方では、
異教徒はすべて地獄に堕ちるんだよ。だから、日本じゃ悪魔は

あまりやることがない。キリスト教が多人数に広まるのを邪魔してるだけで

いいんだ。仏教徒や神道を信じてる日本人はすでに悪魔のものだから」 
「はああ、そういう考え方なんですね」ここで、自分はぐっと

水割りを飲み干し、一番聞きたかったことを口に出しました。
「じゃあ、Kさん。これまでにキリスト教の悪魔がからんだ事件を経験したことは
ありますか」 「ああ、あるよ、ずいぶん前のことだし、失敗談なんだが」
「じゃあそれ、ブログに書きますんで、ぜひ話してくださいよ。お願いします」
「・・・九州のほうに、Yさんって女性がいたんだ。両親ともキリスト教徒で、
足繁く教会のミサに通うなどして、かなり厳格に躾けられた。

Yさんは高校を卒業して、ミッション系の大学に入学したんだが、
そこでテニスサークルに入ったんだよ。
それで、サークルに外部から来てた年上のコーチと親しくなった」
「よくありそうな話ですね」 「まあね、後はわかるだろう。神様ではない、
ただの人間を愛するようになったYさんは、
自分の気持ちにとまどいながらも流されていった」
「うーん、でも、それって普通のことですよね」
「うん。ただ、このコーチというのが、あまりたちのよくないやつだったんだな。
Yさんと同棲するようになり、子どもができた」
「はい」 「このことがYさんの実家に知れて両親は激怒。どうやら、
同じ会派のキリスト教の家庭に、親同士が決めてた婚約者がいたらしいんだ」

「本人が知らないところでってことですが?」 「そう」
「えー、今どきそんな話・・・」  「まあね。でも、そういうふうに

しないと日本のキリスト教社会って維持できないんだよ」
「すみません、たびたび口をはさんじゃって。その後、どうなったんですか?」
「Yさんの両親は困った。キリスト教の教えでは中絶は悪だからね。
とにかく、男と別れさせ、Yさんには大学を辞めさせて、
実家でひっそりと子どもを産ませたんだ」 「ははあ」
「それから、Yさんをヨーロッパの学校に入れた。
全寮制の、なかば修道院のようなとこだよ。あと、子どもは男の子だったけど、
Yさんの両親が養子にして、Yさんの弟として育てることになった」
「そういう形ってできるんですか」 「あれこれ手を回したんだと思う。

それでね、両親が育てているその子に異変が起きた」 「どんなことです?」
「両親は2人とも働いていて、かなりの資産家だったから、シッターを

雇って子どもの面倒を見させていたんだが、そのシッターがおびえる。
子どものベビーベッドに影が現れるって言うんだ」 「どういう?」 

「壁や天井に影だけが映るんだが、それがコウモリのような翼があり、
頭には2本の角らしきものが生えてるっていう」 「・・・まさに悪魔ですね」
「そうだ。しかし両親にはそんなものが見えたことはないんで、シッターを変えた。
でも、前のシッターとは面識がないはずなのに、同じことを言う。
そこで私が呼ばれたんだ」 「すごい、悪魔祓いですか」
「ははは、エクソシストの修行をしたことはないし、聖書の詩句も覚えてない。
聖水の用意もない。だから、日本の他の場合と同じようにした。

その子のベッドの近くでご祈祷したんだよ」
「悪魔が出てきましたか?」 「いや、その場では何も起きなかった。
子どもの様子にも特に変化はなし。かわいい普通の赤ちゃんだったな。
「じゃあ?」 「その後すぐに、ヨーロッパにいるYさんの学校から連絡が入った。
娘さんの様子がおかしいから、急いで来てくれないかって。で、両親と一緒に

ヨーロッパに飛んだんだよ。赤ちゃんは連れていけなかったけど」
「それで?」 「うん、そのルーマニアの学校は山深い田舎にあって、
共同生活しながら聖書についてや、庭の手入れ、刺繍、金属細工などを習う。
で、われわれが行ったときには、Yさんは拘束されベッドに寝かされていたんだ。
暴れて手がつけられないからってことで。
でね、Yさんが入っていた地下のせまい個室を見せてもらったんだが、

その白壁に、うっすらと翼と角のあるものの姿が浮き出していた」
「うーん、それ、現地のシスターたちは何もできなかったんですか?」
「表向きは学校だし、そんな力がある人もいなかったんだろう。
それに私も、Yさんが自分の心の中でつくり出した、罪悪感が形になったものだと、
そのときには思ってたんだ。でね、まさかキリスト教の修道院で
日本式の祈祷なんてできないから、どうにかしてYさんを帰国させ、
日本の精神科の病院に入れた」 「結局、ご祈祷はしなかったんですか」
「そう、これは私の失敗だった。そのときにはキリスト教の悪魔について
よくわかってなかったんだ。もしいるとしても、
日本では大したこともできないだろうと思ってね」 「それで」
「Yさんは2年ほど入院して、だいぶ落ち着いた。だから両親が家に戻し、

そこであらためて、3歳になっていた自分の子と対面したんだ」
「ああ、それはよかったじゃないですか、でも、
自分の子どもなのに弟ってことになってるんですよね」 
「・・・それでね、私もその話を伝え聞いて喜んでいたんだが・・・
Yさんはその子をずいぶんかわいがっていて、よく世話もしてたんだよ。
だけど、その子が6歳になって、小学校にもうすぐ入学ってときに、
手を引いて歩いていた橋の上から、その子を川に放り投げた」 「う」 
「本物の悪魔がYさんのところに現れたんだろうな・・・  
子どもは亡くなり、Yさんは心神耗弱で罪にはならなかったが、
精神科の病院に逆戻り、今も入院してる。
私はこの件に関しては何もできなかったし、ずいぶん残念に思ってるんだよ」