俺、村本って言います。〇〇大学の3年生です。で、この間、
すごく奇妙な出来事があったんで、そのことについて話したいと
思います。俺、趣味が鉄道写真なんです。電車も撮りますし、
線路も駅舎も撮ります。JRでも私鉄でも。ただし、現在使われてるもの
じゃなく、廃線になってすぐのとこだけ。廃線マニアって言うんですよ。
最近ほら、少子化で地方は人口減でしょ。だからね、不採算な路線は
どんどん廃線になってるんです。第3セクターでやってるとことかね。
そういうのを長期休みや連休を使って訪ねていって写真を撮ってくる。
いやあ、たぶん興味ない人にはどこが面白いんだって思われるだろうけど、
これでも鉄道雑誌の写真コンクールで何回か入選してるんです。
まあね。大学にも同じ趣味の仲間はいません。

だから同級生には根暗なオタクって思われてるんじゃないんですかね。
お恥ずかしい話ですが、彼女もいなんです。
でね、こないだ、11月の文化の日にからんで3連休があったでしょう。
あのときに山陰地方のある県に撮影旅行に行ったんです。ええ、そこの
山間部を通る第3セクターの鉄道が先月廃止になったことを知ってた
からです。でね、昼過ぎに行って、午後いっぱい写真を撮ったんです。
で、日が暮れてきた。いや、ホテルとかは予約してません。貧乏学生ですし、
できるだけ予算は少なくしたいんです。それにね、廃線になるとこなんて
ほとんどが過疎の地方都市でしょ。まともなホテルがない場合もけっこう
あるんです。でね、本当は法律違反なんだけど、寝袋は持ってきてますから、
その駅舎内に泊まることも多いんです。マットを敷いてね。

ああ、もちろん立入禁止になってる場合が多いですよ。ロープがかかって
たりね。でも、見張りの人がいるわけじゃないし、駅って線路側から
ならいくらでも中に入れるでしょ。これまで見つかったことはないです。
もし駅舎に鍵がかかってたとしても、屋根がかかってるとこなら
まあどこでもいいわけですよ。いやあ、今まで怖いと思ったことは
なかったですね。ただ、もちろん電気がきてないわけだから、夜中は
真っ暗で、それで困ることはあります。でね、その日は駅舎自体に
鍵がかかってなくて、待合室のベンチがクッション入りのものだった
んです。これは理想的です。いくら空気マットがあっても、コンクリの
床や木のベンチの上に寝るのは大変ですから。無人駅になってから

しばらくたってるので、汚れてるのはしょうがありません。

で、暗くなった6時ころから、コーヒーを沸かして飲みながらコンビニ
弁当を食い、それからウイスキーの小瓶をちびちび飲み始めました。
明かりはランタンを持ってきてました。でね、11月だからかなり
夜は肌寒くなってきてまして、9時ころには寝袋に潜り込みました。
もうかなり酔っ払ってましたし。雨は降っておらず、月の冴え冴えとした
晩でした。でね、その夜は夜中に目を覚ましちゃったんです。
まあ早く寝たせいだと思います。寝直そうと思ったんですが、トイレに
行きたくなりました。飲み過ぎでしょう。そこらで立ちションしても
いいんですが、それも気がひけるので、駅舎についてるトイレに
ランタンを持って行きましたよ。時間はスマホを見ると11時過ぎ。
まだしばらく寝られるなあ。そう思って真っ暗な駅の男子トイレに
 
入りました。不気味な感じがしましたけど、幽霊なんて信じちゃいません
でした。でね、終わってトイレから出ようとしたとき、入口が隣合ってる
女子トイレのほうから黒い塊が出てきたんです。心臓が止まりそう
でしたよ。人なんているはずがないですから。とっさにランタンを向けると、
髪の縮れた女の人だったんです。女の人の齢はよくわかりませんが、
40代後半くらいに見えました。びっくりして言葉が出ないでいたら、
女の人のほうから話しかけてきたんです。「ああ、びっくりさせて
ごめんなさい。私も人がいるとは思わなかった。驚いたでしょうけど、
この駅が廃線になって、もうすぐ取り壊しだということで最後に目に
焼き付けておこうと思ったのよ」 「こんな夜中に?」
「・・・ええ。予定がとれなくて。私ね、高校生の頃だけど、
 
毎日この駅を使って隣の市の高校に通っていたのよ」 「そうですか。
こっちは怪しいものじゃないです。こんなとこで寝袋に入ってるんだから、
変に思われるのが当然だけど、趣味で廃線の駅なんかの写真を
撮ってるんです」 「ああ、そう」こんな会話になりました。
でね、話を聞いて一安心したものの、まだやっぱり納得がいかな
かったんです。というのは、その女の人、こんな季節なのに、病院着みたいな
ペラペラのもの着てたからです。この人、もしかして施設かなにかから
抜け出してきたんじゃないか・・・そう思ったんです。女の人は
そういうこっちの考えを察したように、「ああ、この格好、変だと思う
でしょう」。じつは私、入院中なんだけど、この駅をひと目見たいと
思って病院を抜け出してきちゃったの」

それを聞いて、まずいなあと思ったんです。これは普通の精神状態じゃない。
こっそり隙を見て警察とかに連絡したほうがいいんだろうか。
とにかくいっしょに待合室に戻りました。それで、ますます仰天したんです。
せまい待合室にたくさんの人影があったからです。「え!?え?」
ランタンの光に浮かび上がったのは、男も女も、老人も子どももいました。
「みなさんは?」 「いやいや、駅にお別れを言いにきただけですよ」
人々を代表してメガネをかけた60代くらいの人が言いました。立派な
顔立ちでしたが、その人もやはり、寝間着のようなものを着ていました。
でね、俺が返答できないでいると、突然、ガガガという音の後に
駅のアナウンスが入ったんです。電気なんてきてないはずなのに。
「ただいまから、1番線に最終列車が入ります」

「え、そんなバカな。この路線は、もう使われなくなって1ヶ月以上過ぎてる
のに、電車なんてくるはずがない」でも、機械音を立てて、電車が真っ暗な
ホームに滑り込んできたんです。普通の電車の形に見えましたが、
色はランタンの光ではっきりしません。暗い赤に見えました。
その人たちは、無人の改札口を切符も出さずに通り抜け、ぞろぞろと
ホームに入っていきました。それで、俺もついていこうとしたんですが、
列の最後にいた30代くらいの男性に止められたんです。
「あなたは乗れませんよ。だってまだ・・・生きてるんでしょう?」
あっ!と思ったときには、すべての人は電車に乗り込んで、電車は滑るように
ホームを出発しました。俺は急いで改札に駆け込んで、デジタルの

一眼レフでカメラで電車の後ろ姿を何枚も写真に撮ったんです。

その時確認したのでは写ってると思ったんですが、翌朝になって見てみると
写真はすべて真っ暗な線路を写してたんです。ただ、空中に青い鬼火の
ようなものが小さく燃えてました。これって、やっぱり幽霊なんで
しょうか。もうその駅舎が取り壊しになるってんで、そこに縁があった
人たちが乗り込んでいった。まあ答えの出ない話なんですけど、
俺が体験したのは事実なんです。そえにしても考えるのは、
あの電車どこへ行くんだろうかってことです。やっぱり死者の世界
なんでしょうね。ほら、電車がホームに入ってきたとき、ランタンの光で
車体についてる番号が見えたんですが、それ「44444」になって
たんですよ。もしあれに乗ってたら、いったいどこに連れていかれたのか?
・・・まあ、こういう話です。