これ、俺が子どもの頃に住んでた田舎の村の話なんだよ。
うーん、場所は言わないほうがいいよな。過疎ったとはいえ、
まだ人が住んでるんだし。そこはな、絵に描いたような盆地なんだ。
周囲をぐるっと、数百mばかりの低い山に囲まれた土地。だから、他の集落に

行くのがすごい不便だった。どの方角へ行くにも必ず山越えになる。
それと、そんな地形のせいで鉄道も通らなかったんだよ。
盆地の中そのものは真っ平らで小さな丘もなし。だから他の集落の人間からは、
「なべ底」って呼ばれててね。なんか馬鹿にしたような響きだったのを覚えてる。
でな、盆地の中の人間が何で食ってたかっていうと、昔は養蚕だったんだ。
そう、カイコの繭から絹糸をとる仕事。だからね、桑畑があちこちにあった。
でもね、養蚕なんて今、日本じゃ職業として成り立たないだろ。

うちの田舎のカイコからは、特別にいい糸がとれるって評判だったんだが、
一人やめ、二人やめしていって、すっかり過疎地になってしまった。
今は、あの広い土地に数十人の年寄りしか住んじゃいないよ。
え、平らな土地があるなら何で米を作らなかったって?ああ、それがな、

土地に鉄分が多いんだよ。あと、何って言ったかな?ああそうだ、

確かイリジウムって珍しい金属も多く検出されるって話も聞いたことがある。
そんなだから、作物はほとんどできなくて、桑ノ木ぐらいしか生えなかった。
でな、この土のことで、ちょっと怖い話があるんだ。
戦前、もちろん俺が生まれるずっと以前のことだけど、
帝国大学の先生方が4人、そこの土壌を調べに来たらしいんだ。そんな

偉い人が村に来るのは初めてだったんで、4人は村長の家に泊められてね。

そこを拠点にして、毎日調査に出かけてたんだが、2人が血を吐いて死んだんだよ。
体中に赤いぼつぼつができて、高熱で3日ほどのたうち回って死んだ。
医者の診断は発疹チフスだったらしい。でも、村人で感染した人は

いなかったんだ。でな、もっと怖いのは、その2人が熱で苦しんでいる最中、
残りの2人が野犬に襲われて、これも死んでしまったってことなんだ。
盆地の外れの山のふもとで朝になって遺体が見つかったが、
2人とも顔面を食われててね、駐在も最初は、どっちがどっちの人だか見分けが

つかなかったらしい。そんなことで、調査団が来てから1週間もしないうちに、
全員が死んでしまったんだよ。それ以来、調査が入ったという話は聞いてない。
でな、ほぼ円形になった盆地の中央に、古い神社があるんだ。
正式な名前はいまもってわからんが、村の者は「おきだり様」って呼んでた。

小さな神社なんだが、その後ろに、かなり広い神域の森があるんだ。
これも円形に木が生えててな。でな、昔、役所が地図を作るための航空写真を
撮ったことがあったんだよ。できた白黒の写真は、長い間役場の廊下に

飾られてたが、これ、見ると笑っちゃうんだよ。目玉そのものだったからな。
丸い盆地の真ん中に、丸い森。ほら、漫画に出てくる鬼太郎の

親父そのものだよな。それで、年に1度、そこの神社のお祭りがあった。
これが、3月の雪解けのころにやるんだよ、珍しいだろ。
ふつう神社のお祭っていえば、新年にやるか、秋の収穫祭の時期にやるかだろ。
近隣の村祭りともかなり時期がずれてたんだよ。
で、どんな祭りかっていうと、昼は特別なことはしない。
ただ、大人はみんな仕事を休んで、学校もその日は臨時休校になった。

それで、各家にある神棚にお灯明をあげて日中は静かに過ごす。
祭りの本番は夜なんだよ。それも深夜。あと、誰でも参加できるわけじゃない。
その年に数えの13歳になった男の子どもだけなんだ。それも、

よそ者っていうか、他の町から来てる郵便局員とかの息子は除外されてて、
村に古くから住んでる、しかもカイコを飼ってる家の子だけが
参加することになってた。ああ、俺も参加したんだよ。
前置きが長くなってしまったが、これからそんときの話をする。
その年に集められた男の子は7人だったな。まず全員が夜の6時くらいに
親と一緒に神社に行く。神社の横にはテントが立ってて、
そこで白装束に着替えさせられるんだよ。神主が着てるのにも似てるが
ちょっと違う。背中にふた手に分かれた布がついてて、歩くたびにひらひらした。

でな、その装束だと寒いんだよ。まだ3月中だし。大人はそれを知ってて、
俺らはお神酒を飲まされたんだ。といっても日本酒じゃない。
甘い酒だったよ。ハチミツか何かから作ったようなトロリとした酒。
それを飲むとカーッと体が熱くなって、寒さを感じなくなったんだ。
これは祭りが終わるまでそうだったな。で、7人の子どもが列になり、村の主

だった大人、村長や村会議員なんかと一緒に神社のほうへと参道を進んでいく。
親はついては来られない。けど、ほとんどの男親は自分が子どもの頃に、
この祭りに参加してるはずだから、何をやるのかは当然知ってるわけだ。
でな、神社の前方には、こんな田舎なのに小さな能舞台がしつらえてあって、
その前に座って神職たちが能を演じるのを見るんだ。
この神職たちは臨時で、本来は村でカイコを飼ってる人たちなんだよ。

その能の内容がまた変わっててね。舞台に大きな繭があるんだよ。
カイコの繭ってことだが、2mちかい大きさがあった。でな、鼓の音に合わせて、
老人の面をつけた人が2人出てきて、斧と槌でその繭を割ろうとする。だが、

どうやっても割れない。困り果てていると、舞台の後ろから丸いものが出てくる。
これは銀色でね。棒の先につけられた直径30cmほどの球。黒子が操ってるんだ。
それが斜めに落ちるような形で繭にあたる。すると繭がぱっかりと割れるんだよ。
そういう仕掛けになってるんだろうな。で、割れた繭の中から人が出てくるんだが、
被っている面が異様でね。まず目がトンボみたいに大きくてツヤツヤ光ってる。
あとは鼻も口もない。着てるものは、俺らが着せられた白装束に似てるんだが、
銀色に光ってて、背中の布がもっと大きかった。その布を羽みたいになびかせて、
ひとしきり舞い踊るんだが、なんと形容していいかわからん不思議な動きだった。

で、この能が終わると社殿の前に並んで、神主が祝詞を唱えるんだ。
20分ほどだったな。この間、俺らはじっと手を合わせているだけ。その後、

大人たちはみなテントに引き上げてしまい、俺ら子ども7人が神主を先頭に、
神社の裏手の森に入っていく。雪解けの頃だから地面はビシャビシャで、
履いていた草履や装束の裾が泥だらけになったよ。その森は、ふだんは禁域なんだ。
親からは、絶対に入ってはいけないと言われてた。いや、その付近で遊ぶことも

なかった。それくらい、きつく くどく、どこの家でも戒められてたんだ。
ああ、もちろん夜だから真っ暗だったが、神主だけが松明を持ってたんだ。
でな、森のはいり口に注連縄がはってあって、あれは結界って言うんだろ。
それを神主が懐から出した小刀で切る。すると枯れ木の中に細い道が続いててね。
そこをゆっくりと進んでいくだけで、何の物音もしない。

神主の松明が燃える、ボボボボという音だけだったな。で、20分ほど歩いて

森の中央あたりに来ると、そこだけ木が生えてない場所があった。直径10mも

なかっただろうが、中央に穴があいてたんだ。地中に通じる深い穴。石の階段が

ついてた。そこを神主を先頭にしてどんどんと降りていく。この階段は

けっこう長かった。そうだなあ地下で言えば3階あたりまで降りたろうか。
だんだん中が明るくなってきた。神主の松明がなくても壁の土が見えるんだ。
ぼんやりした青緑の光が満ちている地下の大きなホールに出た。そこに、

ひしゃげた金属の固まりが突き刺さってた。大きさは大型トラック以上だが、
半分ほどが土に埋もれてた。表面には象形文字のようなのがびっしり描かれてたな。
神主が立ち止まって、「ここでのことは言わざる、言わざる」と祝詞のような

調子で唸り、俺たち7人を、その金属塊の上の1ヶ所に輪になって並べた。

神主がしゃがんで下に触ると、ビーッと音がして金属の板が横にずれ、足下に

2m四方ほどの窓ができた。ガラスなんだと思ったが、それごしに、横たわっている

人物が見えたんだ。いや、人物と言ったが人間じゃない。銀色の体に大きな目、
それと蛾のような羽。能で見た仮面にそっくりだったんだよ。

それはピクリとも動かず、死んでるんだと思った。そこで神主がまた祝詞を唱え、

これは養蚕に関する内容だったな。これで終わりだ。あとは来た道を引き返すだけ。

こんな祭だったんだよ。でな、この後、俺んちは事情があって村を離れたんだが、

引っ越しのときに村長がやってきて、祭りで見たことは誰にも言うなって、

くどいほど念を押された。もちろん両親からも、事あるごとに言われてたよ。

だから、本当は言っちゃいけないんだが、金がもらえるってんで

ここに来て話したんだ。あ? 俺以外の6人はみな村に残ったが、2人が白血病、

3人が癌でもう亡くなってる。うん、癌で若くして死ぬ人の多い村だったんだよ。