引っ越したんです。えーアパートからアパートにです。
いや、理由は大学の学舎のある場所が3年の専攻課程から変わるってことで、
前々からわかってたことだから、春休み中に友だち数人を頼んで、
自前でやったんですよ。まあ4畳半から4畳半への転居だし、
建物がボロなのも同じなんで、気の浮き立つようなことは
まるでありませんでしたね。ただ、敷金・礼金がなかったのは幸いでした。
で、荷物もたいしてなかったんですが、部屋に運び込んですぐ
友だちと酒盛りになって、一人になって寝たのが3時過ぎです。
まだ何も整理できてなかったんですが、ベッドだけは組み立ててありました。
仰向けになって毛布と布団をかけ・・・一瞬で寝入ったんですけど、
チリーンという鈴の鳴る音で目が覚めました。


そのとき連想したのが、巡礼の人が持っている鈴の音でした。
四国出身なので身近に聞いていたせいもあるかもしれません。何だろう・・・

隣かな・・・しかしベッドの下のほうから聞こえてきたよなあ。
でもここは一階だし・・・とか考えていると、布団の横のほうで、
よくない気配がしました。ベッドは壁とくっつけてあるんですが、
そっちの側でした。・・・じつは自分は、いわゆる「見える人」なんです。
これまで、小さい頃から何度も幽霊らしきものを見ているんですが、
その前触れとなるぞくぞくする気配とよく似ていたんですよ。
そっと目を開けてみました。
自分の横に、壁まで人ひとり入れるくらいのスペースがあって、
その布団から、じわーっとにじみ出てくるものがありました。


透けてるとかということもなかったですね。実際の人間と変わんなかったです。
苦悶の表情を浮かべたジイサンでした。80歳くらいでしょうかねえ。
老衰死で不思議のないように見えるジイサンが、
ブリーフ一丁で布団から浮き上がってきて、寝姿のまま中空に漂い、
どんどん上に昇って天井に消えたんです。・・・まあ、
この程度のものは何度も見ていますから、怖いということは
なかったんですが、さすがにこの至近距離は・・・と思いました。
ところが、霊が出る前のイヤーな気配はまだ消えていなくて、
さっきジイサンが出てきたのと同じ場所から、今度は女の人が出てきました。
年齢は・・・よくわかんなかったですが、おそらく40代くらいの主婦・・・
だと思いました。エプロンをつけてしたから。


さすがに驚いて、転がるようにしてベッドから抜け出しました。
その女の人は、なんだか夢を見ているような表情のまま、
ジイサンと同じように天井に消えましたよ。
んで・・・2分に一体の割合で、次々とそっから霊が出てくるんです。
年寄りが多かったんですが、子供もいましたし、若い女性も・・・
ははあ、これは霊道というものなんだろう、と思いました。
話には聞いていましたが、見たのは初めてでした。前の住人には
自分のようには見えなかったんでしょうが、嫌な気配は
感じてたんだと思います。で、ちょっとよからぬことを考えたんです。
いやあ・・・言いにくいんですが、せっかくの霊道なんだから、
若い美人が出てきたときに、この部屋に閉じ込められないかって。

いやほら、どうせ霊道があるんだし、次々に別の霊が出てくるのは
うっとうしいでしょ。出てこないようにすることも、
工夫すればできるかもしんないけど、そんなに苦しそうにしてない
若い子の霊がフワフワ漂ってるなら、それもまたいいかと。
まあねえ・・・多少酔いが残ってたんでしょうねえ。
で、少し考え、引っ越し荷物をあれこれ引っ掻き回して、
お守りを一個見つけました。実家の母親がこっちに出るときに
持たせてくれたやつです。あともう一個・・・ああもしやと思い、
外に出てスクーターを調べたら、リアボックスの底に、
小さい交通安全のお守りがありました。もう空がだいぶ白んできてました。
そうしているうちにも、霊は30体ほども、


ベッドから出て天井に消えるというのをくり返してました。でね、お守りで
天井とベッドの下からはさみ込んでやればいいかもと考えついたんです。
お守りに丸めた両面テープをくっつけたのを持ってじっと見てたんですが、
ジイサン、バアサン、オッサン、警察の制服を着た人、赤ちゃん、ジイサン・・・
次に女子高生らしい制服が出てきたんです。長い髪で・・・
化粧っ気のない美人でした。顔は大事なんで、ちゃんと確認してたんですが、
その間に霊は中空まできてしまってました。
布団からは次の霊が出かかっていましたね。やっとばかりに、
ベッドに飛びのってさらにジャンプし、お守りを天井に押しつけました。
ところがです・・・天井のホコリのせいで両面テープがうまくつかず、
何度かジャンプをくり返してるうちに、女子高生はスーッと天井に


消えてしまいました。次のはガタイのいい髭の濃いオッサンで、工事の

ヘルメットを被ってました。チャンスはまだまだ・・・と思ったんですが、
そのとき、ゴーンという鐘の音が耳元で大きく響いたように感じました。
すると、工事のオッサンがちょうどベッドと天井の中間で、
横になった姿勢のままくるくる縦回転し始めたんです。
えー何でしたけ、あの体操の有名な・・・白井選手でしたっけ。
あのクルクルをあれより速いスピードでその場でやってるんです。
カーテンのすき間から強い光が差し込んできて、
太陽が昇ったんだとわかりました。そのせいなんでしょうか。
オッサンはクルクル回りながら、だんだんぼんやりとしていって消え、
次が出てくることもありませんでした。まあ夜になったら


また違うかと思い、ベッドの下に布団をひいてもう一眠りしたんですよ。
・・・でね、結局ダメでした。その日も夜中ずっと起きてましたが、
朝の4時過ぎ、昨日のオッサンが中空に現れてクルクル回ってる
だけなんです。変なことをして霊道が壊れちゃったんでしょうか・・・
いや引っ越してはいません。そんな金ないですから。
で、今もね、回ってるんです。見える人は見にきてもいいですよ。