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今回は、『今昔物語』から話を紹介してお茶を濁します。
現代でも「奇妙な味」の短編として通用しそうなものがいくつもあります。
紹介しきれないのですが、あまり知られていないもの数編を意訳で。
ま、たまにはこんなのも。

・絵師が大工に敵討ちをする話
これには百済の川成という絵師と、飛騨の匠という工匠が出てきますが、
どちらも当時評判の名人で、腕比べ合戦の話です。

ある日、飛騨の匠が一間四面のお堂を建てたというので川成が見にいき、
西の面から入ろうとすると、そこが閉じて南の戸が開く。
ではと、そっちから入ろうとするとまた閉じて、今度は北の戸が開く。
いつまでもそういう具合で、川成はとうとう入れずに戻ってきてしまった。
自動仕掛けになっていて、わざと入れないように造ってあったんですね。
後に、飛騨の匠が陰から見て大笑いしていたという話を聞いた川成は、
仕返ししてやろうと匠を家に招待します。
匠が警戒しつつ出かけていき、家に入って戸を開くと、
腐りかけた死人が転がっていた。たちまち死臭が漂ってきて、
これはたまらんと退散しかけたところ、川成が出てきて、
「絵ですよ」と言う。見ればなるほど屏風絵で、

死臭はかけらもなかった。あまりに出来栄えが真に迫っていたので、
匠はありもしない臭いまで嗅ぎ取ってしまったのです。
このように両人とも比類のない腕を持っていた・・・という話。


飛騨の匠
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・算道で女どもを笑わせる話
算道というのは中国より伝わった計算術法で、
算木という角材のようなものを用います。これを使用すれば、
例えば人を殺すなどの魔術のような技もできたように書かれています。

ある男が、来朝していた唐人(宋の人)に弟子入りして算道を教わり

上達したが、その才を見込んだ唐人がいっしょに中国に渡れと言ったのを、
ごまかして約束をほごにしてしまった。
それを恨みに思った唐人がこの男に呪いをかけ、
男はまだ若いのに半分ぼけかかった人のように生気が抜けてしまい、
どんな人にもバカにされるような体たらくになった。
あるとき、宮中の女房どもが集まっていたとき、
この半ぼけ男もかたわらに控えていた。女房の一人がからかってやろうと思い、
男に「何か人を笑わせるようなことをしてごらん」と言いますと、
男は「ただ笑いたい、というのならできましょう」こう答えて算木を取り出し、
はらはらと床に落とした。それを見ていた女房どもは、
おかしいこともないのに床を転げまわって笑い、
いつまでも止まらず、おなかを抱え涙を流して息も絶え絶えになった。
男に向かって手を合わせ、笑いを止めてくれるように願うと、
男は算木の形を崩し、みな一斉に笑いやめた・・・という話。


算木
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・水の精が人の顔をなでる話

もと冷泉院の邸宅のあったあたりが庶民に解放され、
池のほとりに人が住むようになったが、縁側などで昼寝していると、
身の丈3尺ほどの老人が現れて顔をなでて消える。
不気味なことであり評判になったが、ある度胸自慢の男が、
「俺が退治してやろう」と言って、わざわざそこにいって寝た。
すると夜半になって、話のとおりの老人が現れたので、
跳び起きてつかまえ、縄でぐるぐる巻きに縛りつけた。
そこで人を呼ぶと見物が大勢集まってきたので、老人に何者か問いかけると、
老人は目をしょぼしょぼさせ、憐れな声で「たらいに一杯水を汲んでくれ」

と言う。まあ逃げ出せはしまいと、言ったとおりにしてやると、
老人はたらいの前でぶるっと身をふるわせ、「自分は水の精である」
ざぶんと水の音がして、老人の姿はかき消え、
たらいの水が増して、縄がその上に浮いていた。
一同はこれで恐ろしくなり、たらいの水をこぼさないようにして、
池まで運んで捨てた・・・という話。




・寝ている侍を板が圧し殺す話

2人の腕に覚えのある武士がある貴族の屋敷で宿直(とのい)をしていたが、
その上司である五位の侍は、貴族の寝所に近いところで寝ていた。
やがて夜も更けてくると、屋根の梁の上に一枚の板が出てきて、
ずんずんと伸びてくる。「さては怪しいやつがこの板に付け火でもするつもりか」
そう思って刀を手元に引き付けたが、人の姿は見えない。
そのうちに板は梁を降り、八尺もの長さになってひらひらと飛んでくる。
「これは鬼だな」2人が刀を抜いて待ち構えていると、
板は急に方向を転じて、そばの格子の隙間から室内に入っていき、
すぐさま、そこに寝ていた五位の侍がうんうんと2、3度ばかりうめいた。
2人の侍は大声を出して人に知らせ、火を灯してその間に入ってみると、
五位の侍は平べったく圧しつぶされて死んでおり、板の姿はどこにもなかった。
また、死んだ男は侍のくせに身の近くに刀も置いていなかったことがわかった。
これを聞いた人々は、庶民でも太刀や小刀を身から離すことはなくなった。
・・・という話。


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まだまだ興味深いものはたくさんあります。
例えば芥川龍之介の『鼻』『芋粥』『羅生門』などの元になった話。
夢枕獏氏の『陰陽師』にも小エピソードがいくつも取り入れられています。
たくさんの人に語り伝えられて話の形が整ったものを
聞き書きしたせいでしょうか、全体的に完成度は高いです。

自分的には、学生時代2つのことに興味を持ってこの書を読みました。
一つは武士の武勇が怪異を退けるという話の形が、
どのあたりから出てきたものか、という点、
もう一つは『今昔物語』には中国の奇譚も収集されており、
日本独自の怪異譚と中国から入ってきた話の見分け方という点でした。

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