今晩は、じゃあ話をしていきますね。僕、大学2年生で映画研究会に

入ってるんです。鑑賞するだけじゃなくて、撮るほうのやつです。

でね、この夏休み、映画を1本つくったんです。大学祭で上映するやつです。
内容は、ホラー映画っていうか、ゾンビ映画ですね。時間は34分でした。
3年生の吉崎って先輩が監督をやって、僕は音声担当だったんだけど、
ゾンビ役で映画にも登場してます。僕らの研究会は全員で11人しかいないんで、
みながカメラや小道具、照明なんかと兼業で演技もするんです。
筋はありきたりです。宇宙から飛んできた隕石がある大学の映画研究会の
部室の近くに落ちて、その影響で部員がゾンビ化してしまうっていう。
まあ内輪ネタですよ。純ホラーじゃなくてギャグシーンなんかも入った。
ただ、特殊効果はけっこう凝ったんです。

ほら、ゾンビ映画って、大勢のゾンビに襲われた登場人物が生きながら

腹を裂かれて食われたりするシーンってあるじゃないですか。あれを撮るために

豚の内臓を買ってきたりして。それで、撮影は夏休みいっぱいで終わって、
その後は10月の大学祭に向けて編集作業をやってたんです。
吉崎先輩のアパートでやりました。そこへ何人かずつ手伝いにいく形で。でね、

大学祭まであと1週間くらいになったとき、夜の8時ころに先輩の部屋に

行ったんです。そしたらその日 顔を出したのは僕だけで、
先輩が一人でパソコンに向かって、黙々と作業をしてたんです。
「いや、先輩、ご苦労様です」って僕が言ったら、「ああ、最後の

仕上げとして、これにサブリミナル入れてるところだ」って先輩が答えて。
「はあ、サブリミナルですか」 「お前知ってるよな」 「はい。まあ」

みなさんはご存知でしょうか?サブリミナルっていうのは、19世紀から

アメリカで研究が始まりました。映画のフィルムの中に、ほんの一瞬、

本筋とは関係のない映像を入れる技法です。ええ、ひとコマかふたコマだけ

なので、見た人は自分が見たって意識できないんです。有名な話がありますよ。

アメリカのある映画館で、西部劇のフィルムにコカ・コーラを飲んでる映像を

サブリミナルで数カット入れたら、そこの売店のコーラの売り上げが

普段よりも何十%も上がったなんて。「でも先輩、サブリミナルって

禁止されてるんじゃないですか」僕が聞くと、「ああ、でもそれは

テレビ放送だけの話だ。俺らみたいなノンプロが作ってる映画に
入れたところで誰もわかんないし、ペナルティもないだろ」
「まあそうですね。で、どんなのを入れるんです?」

「ほら、俺らの映画、あんまり怖くないだろ」
「正直そうですね。半分ギャグみたいな感じで」
「だろ。だからな、ネットで拾った怖い画像を11枚入れることにしたんだ」
「ははあ、心霊写真ってやつですか」 
「うん。心霊写真もあるし、実際の殺人現場の写真もある。34分の映画だから、
だいたい3分に1度、サブリミナル映像が入るってことだ」
「わかりました。手伝いますか?」 「いや、いい。もうほとんどできたんだ。
それより疲れたから酒、つき合えや」そう言われて、その夜は酒盛りして

終わりました。2日後、部室に顔を出したら先輩がいたんで、
「こないだはごちそうだまでした。サブリミナル完成しましたか?」って聞いたら、
先輩は「うん、まあできた。最初から見直してみたけど、ぜんぜんわからないよ。

ただなあ、俺が見るかぎりでは、前より怖くなったようにも思えない」
「それはサブリミナルが入ってるって知ってるからじゃないですか」
「うーん、そうなのかもしれんが、いまいち物足りないんだよ。でなあ、
最後の仕上げに自分で撮った画像を入れようかと思ってるんだ」 

「何の写真です?」 「ほら、市の駅裏で数年前に女子高生が殺された

地下道があるだろ」 「ああそれ、僕が中学生のときの話です。腹部を

刃物で刺されたんですよね。通り魔殺人じゃないかって言われて、

まだ犯人はつかまってなかったはず」 「そうだ。あの地下道を夜に

撮って、それを入れようと思ってる」 「じゃあこれから行くんですね。

僕もついてっていいですか?」 「いいけど、すぐ終わるぞ」

で、その夜です、2人で10時ころにその地下道に行ってみました。

事件後しばらく閉鎖されてたんですけど、
今は普通に使われてます。ただ、事件のことを知ってる人が多いんで、
あんまり地元の人は利用しないんです。その夜も誰も通る人はいませんでした。
「場所どこで刺されたかわかんないんだよな」 「ええ、噂だと壁に血の

手形がべたべたついてたっていうけど、それもどこまで本当かわかんないですし」 

「じゃあ、真ん中へんで壁を何枚か撮ろう」
ってことで、先輩がデジカメで地下道の壁を撮って戻ってきたんです。
いや、そのときは何も変なことはなかったですよ。
でね、先輩の部屋で、撮ってきたばかりの一枚を、映画の中に挿入したんです。
入れた部分は、ちょっと悪趣味ですけど、登場人物がゾンビに襲われて腹を裂かれ、
豚の内臓がこぼれる手前のあたりです。「よ~し、これで完成」

それで、その日も酒をごちそうになって先輩の部屋に泊まったんです。
それから数日して、学祭2日目になりました。
僕らの映画を上映する日です。場所は大学側から中ホールを借りてまして、
1日で4回上映したんです。ええ、最初の2回までは人はそこそこ入って

ましたけど、これは僕らが宣伝して来てくれた知り合いが多かったです。
午後からは一般のお客さんもちらほら来てくれましたが、人数は少なかったです。
でね、3回目の上映までは何事もなかったんです。
うーん、映画の反応はいまいちでしたね。あんまり怖がってくれる
お客さんはいませんでした。どっちかっていうとシラーッとした雰囲気で。
でも素人映画なんてそんなもんなんです。楽しいのは作るほうだけって感じでね。
ただ、サブリミナルが入ってることも一切わかりませんでした。

それで、3時からの4回目の上映のときのことです。
そのとき僕は少ホールの外で、借りた長机の片付けをしてたんですが、
映画が始まって半分くらいしたとき、ホールの中で「キャーッ」と

悲鳴が上がったんです。「ん?」と思って中に入ってみました。そしたらです、
大スクリーンに僕らが撮ってない変な映像が出てたんですよ。
あの地下道の壁が大きく映って画面が止まってたんです。最初は

プロジェクターの不具合で、たまたまそこで止まっちゃったのかと思ったん

ですが、よく見たら、壁に真っ赤な手の跡がいくつもついてて・・・
ええ、もちろんそんなものはなかったはずです。ホールの中を目で探したら、
スクリーンの横に吉崎先輩が立ってたんです。
近づいていって「先輩、これ・・・」って言うと、

先輩は青ざめた顔で「こんなの撮ってないよな、何だよこれ」って小声で答えて。
そしたら画面が急に切り替わって、画面に新聞が出てきたんです。はい、女子高生

殺害の記事が載った新聞の大写しです。「これ先輩が入れたんですか?」
「まさか、んなわけねだろ」画面はそれから、血の手形の壁、新聞と何度か

切り替わって、ゾンビのシーンに戻りました。その後は普通に流れたんですが、
おびえた顔で帰ってったお客さんが多かったです。もちろん後で

みなで調べましたよ。でも、入ってたのは地下道の何もない壁だけで、
血の壁と新聞の映像なんてどこにもなかったです。それでですね、

学祭から4日後、女子高生殺人事件の犯人が逮捕されたんですよ・・・
え、そのときの観客の中に犯人がいたんじゃないかって?いや、それはないと

思います。犯人は年配の男でしたし、そんな人は会場には・・・