これな、俺の小さいころからの話なんだよ。夢、そう夢の話なんだ。
だからよ、馬鹿臭いと思うかもしれないが、まあ聞いてくれ。
あれはそうだな、初めて見たのは小学校の6年だと思う。
ああ、たしか翌日が修学旅行だったから間違いはねえ。
その修学旅行で俺は大ケガをしたからな。でな、その夢はまず、
細い道の両側に笹みたいなのが生えた山道を登ってるとっから始まる。
夜なんだろうな。空は暗くて、けど、あたりの様子は見えるんだ。
俺の前を大きい背中の人が歩いてる。俺が子どもだったせいもあるだろうが、
プロレスラーみたいに大きい。でな、その人が肩に重そうな袋を担いでてな。
ゆっくりゆっくり山道を上っていく。俺はその後ろについていくんだが、
何か怖いような、不安な心持ちなんだよ。

で、夢の中なのにかなりの時間がたって、前の人は脇道にそれ、
落葉の溜まった地面にその袋をどんと落とす。するとな、その袋がギュッと鳴いて、
身悶えをするんだ。それで、ああ、何かの生き物が入ってるんだってわかる。
そのあたりで、俺は自分がシャベルを持ってることに気がつくんだ。
でな、袋を担いでた人が、俺に穴を掘れって命じる。
俺はシャベルを使って地面を掘ってくんだが、腐葉土みたいな柔らかい土で
どんどん掘れる。かなりでかい穴ができると、その人は袋を2、3度蹴りつけ、
袋の中のものがギャンギャン鳴くのが、布を通して聞こえてくる。
その人は袋を穴の中に蹴り落として、俺に埋めろって命じるんだ。
俺は言われるまま、シャベルでザッザッと土をかけていく・・・
まあこんな夢だ。いつもこのあたりで目が覚めるんだよ。

ああ、何度も見てるんだ、まったく同じ内容のを。
それで、さっき小学校の修学旅行の前日って言ったよな。
俺はなんか寝不足のような状態のまま集合場所に行き、バスに乗ってな。
で、昼に山の上の公園みたいなところで弁当になり、俺は仲間と草の上を走り回って
転んで、そしたら、俺が投げ出した左手のとこに割れたガラス瓶があってな。
小指が削げ落ちたんだよ。すごい血が出て、教師が来て落ちてた指を拾い、
救急車で病院に運ばれた。指は切り口がギザギザでくっつかなかった。
親が病院まで車で来て、それで俺の修学旅行は終わり。
で、このときのことは、夢の内容も含めて深く記憶に残った。
2回めに見たのは中3の3月だな。内容は最初に見たのと同じなんだが、
夢の中の俺は成長していて、穴を掘る手にも力が入ってた。

それで、このときはケガはしなかったんだが、いくつか受けてた高校が
全部不合格になった。これは今でもありえねえと思ってる。
本命の学校以外は楽に入れる滑り止めで、しかも試験のできは悪くなかった。
それが全部落ちるなんて考えられねえ。でなあ、どうにもしかたなくて、
地元でも出来の悪い不良が集まる私立に行くことになった。
ここで俺は人生を踏み外したんだなあ。その学校に入って2ヶ月後、
俺はケンカで上級生に大ケガをさせ、退学どころか家裁の保護観察処分になった。
で、あとはもうお決まりのコースだよ。家にいてもしかたねえから、
夜遊びの仲間に入って酒やシンナーを覚え、17の齢に東京に出たんだ。
ああ、住み込みでパチ屋のボーイをやってたんだが、
そこでも先輩を殴って追い出され、なんやかんやあってある組に入ったんだ。

けど、入ったっていっても、正式な組員じゃねえ。俺はまだ齢が若かったし、
準構成員ってやつだな。で、ほら、俺は小学生のときのケガで小指がないだろ。
だから組の兄貴たちには、どこで指詰めしたんだってずいぶん聞かれた。
ケガだって言ってもなかなか信じてもらえなかったよ。
で、最初のうちは競馬のノミ屋の電話番をやってたんだ。
電話番っても、客の注文をきちんと記録取って、金の計算もして、
けっこう神経を使う仕事だったんだが、そのときに3回目、あの夢を見たんだ。
その翌日、ノミ屋の事務所に警察のガサ入れがあって俺は逮捕された。
けど、まだ未成年だったし、執行猶予がついてな。
そうだな、このあたりでわかったよ。あの夢を見た後には何か、
俺にとって悪いことが起きるってことが。でも、今回は軽いほうだと思ってた。

で、その後、俺は沢木さんって兄貴の手伝いをすることになった。
執行猶予中だったから、組のほうでもそれなりに気を使ってくれて、
すぐに足がついてパクられるような仕事じゃなかったんだよ。
ただ、何をやってるのか俺にはよくわからなかったけども。神社や

お寺関係の仕事なんだ。俺と沢木さんがその地方の大きな神社や寺を回って、
組のものだってわかる名刺を出す。それで仕事を受けるんだ。
いろいろあったよ。例えば、ある海岸の松林に入って、
木にたくさん打ちつけられてる藁人形を片づけるとか。
釘抜きを使って五寸釘を引っこ抜いてな。それから、ある神社から
絵馬をコンテナ2つ分も受け取って、それを海岸で燃やすなんて仕事もあった。
沢木さんは、それがどういう意味があるのか俺には教えてくれなかったな。

ああ、沢木さんはとっつきにくい怖い人だった。
体がプロレスラーなみに大きくて、力が強かった。ただ、言葉遣いはつねに
丁寧だったし、髪型も銀行員みたいにしてて筋者には見えなかった。
だから、神社寺関係でも信用されたんだろう。
でな、沢木さんに俺はいっつも、覚悟を決めろ、墨を入れろって言われてた。
墨ってのは紋身のことだ。イレズミだよ。それが入ったら、
正式に盃をもらえるよう組にはからってやるからって言われて、
俺もその気になって、彫師のとこに通って、少しずつ墨を入れ始めた。
絵柄は、もちろん和彫で魚藍観音ってのにした。これも沢木さんの勧めだった。
観音様が大きな鯉の背中にまたがってるやつ。ただ、俺は墨が合わなかったんで、
彫るたびに熱が出て背中が腫れた。それで、少しずつ彫っていったんだ。

そうしてるうち、組の回りがきな臭くなってきた。別の組と

アヤがついて抗争になりかけたんだ。うちの組のやつが路地に連れ込まれて
袋叩きにされたり、こっちから相手の事務所に弾を撃ち込んだりした。
けど、まだ死人が出るまでにはなってなかった。
でな、その夜、俺が事務所にいると沢木さんが来て仕事だって言う。
それで沢木さんの車に乗り込んで・・・沢木さんはでかいアメ車のリンカーンの
SUVに乗ってるんだよ。車は街から郊外に出て、山道へと入ってった。
そんとき、リンカーンの荷室のほうから「うっう、うっう」って声が聞こえてな。
振り向いてみると、白い麻袋が転がってて動いてる。
それ見て俺も覚悟を決めた。これはヤバイ仕事なんだって。
沢木さんは林道の途中で車を停め、「おめえは力がねえからな」と言って、

その袋を軽々と担ぎ上げ、俺にシャベルと懐中電灯を持たせて、
人しか通れねえ脇道を登り始めた。そんとき俺は、ああ、これ夢と同んなじだ、
ってわかったんだ。小学生のときから見てたあの夢。ただ違うのは、
俺が沢木さんの前を歩いてるってことだった。でな、窪地のようなとこに
袋を転がし、命じられて穴を掘り出したのも夢と同じ。穴を掘りおわると、
沢木さんは俺からシャベルを取り、「いいか、こうするもんだあ!」と言って、
小刻みに動いてる麻袋に思い切り突き立てた。「グギョッ」と袋は叫んだが、
何度も何度も突き下ろしてるうちに静かになった。
麻袋に血がにじんで、そこここが破れ、破れの一つを沢木さんが引っぱると、
ビリビリと切れて背中が見えた・・・俺と同じ魚藍観音の紋身があった。
沢木さんが「顔も見るか」と言ったんで、俺はかぶりを振り、

沢木さんが穴に袋を蹴落としたところに何度も何度も土をかけた。その夜は

それで終わったんだが、夢を見た。あの夢・・・けど、いろいろ違ってた。
まず山の中じゃなく、白い砂が敷かれた神社の境内みたいなところで、
俺は一人だけで、やや離れたところにある神社の社殿の扉が開いてた。
中に誰かがいるような気がしたがよくわからない。目の前に穴があり、

袋が落とされてる。袋は動いて声を出してる。そこにザッザッと

俺は白い砂をかけてって・・・もうすぐ見えなくなるというとき、袋が

はっきりした声を出した。「いいか、こうするもんだあ!」 沢木さんの声だった。
そこで俺は、びっしょり汗をかいて目を覚ましたんだ。体がだるかったが、早い

時間に事務所に顔を出した。すると偉い兄貴たちが何人も集まって殺気立ってた。
そのうちの1人が「おう、沢木が撃たれて死んだぞ」って言ったんだよ。