今からだと、もう20数年前のことだ。だからな、違法なことがあったが
すでに時効なんだよ。まず最初にそれを断っとく。もっとも、
俺はホームレスだからな。警察沙汰なんかこれっぽっちも怖くないけども。
当時俺は、ある都市で建築会社を経営してたのよ。
あ、従業員は20人足らずではあったけど、社長様だったんだ。
とはいっても、すでにバブルは終わってた時期だから経営は苦しかった。
だから多少ヤバイような仕事でも、喜んで飛びついたもんだ。
ああ? 何がヤバイかって? それをこれから話すんだよ。
それは郊外のほうにあるコンクリ敷きの駐車場を更地に戻すって仕事だった。
まあ難しいことはねえわな。重機で派手にぶっ壊していけばいい。
繊細なところは何もねえ仕事よ。ところがなあ・・・

そこの駐車場は、つくってはみたもののなかなか契約者が埋まらない。
そのうちに所有者が死んで、相続した息子が、
更地にして売り払ってしまおうってことだったな。
で、重機を入れてガンガン コンクリをはがしていったわけ。人手不足

だったし他に仕事も入ってなかったから、社長の俺も毎日現場に出てた。
天候にもよるけども、10日もあれば片づくと思ってたんだが。
でな、その工事が始まってから、変な夢を見るようになった。
俺は暗い洞窟みたいなとこにいて、中はせまくて、
あちこちから水が滴り落ちてる・・・そういうかなり具体的な夢でな。
そのうち、奥のほうに明かりが見えて、だんだんこっちに近づいてくる。
明かりを持ってるのは女なんだよ。

うん、いい女だったが若くはないように見えた。あれは30代半ば

くらいだったろう。それと、すごい美人ではあるものの、日本人離れを

した顔つきをしてた。東南アジアとかで見るような顔だったと思う。
ああ、20年以上たっても頭にしっかり焼きついてるんだ。でな、その女は

俺の前まで来て、「鏡をください」って言うんだよ。いや、言うってのは

正確じゃないな。そういう意味が頭の中に入ってきたってこと。
俺が当惑していると、女はかたわらにあった石積みの上に明かりを置き、
鏡を一枚持ち上げて俺に見せるのよ。そこで目が覚める。
これとそっくり同じ夢を4晩続けて見たんだ。それで5日目、駐車場の現場で、
重機がたいへんなものを掘りあてちまった。石でできた四角い箱・・・
石棺って言うんだ。中には古代人の死体が入ってる。

でもよ、そこは平地なんだ。古墳みたいに土盛りのある場所じゃねえ。
これは困ったことになったと思ったよ。文化財保護法ってあるだろ。
何か土中から遺物らしいものが出てきた場合、自治体に届ける義務があるんだ。
けどよ、そうなると緊急発掘調査ってのが行われる。
まあ大抵は調査が済んだら埋め戻すんだが、それには数週間かかるし、
もし貴重なものが出た場合、工事を中断して現場は長期間塩漬けになっちまう。
でな、俺の高校の同期に、地元の私立大学で歴史の講師をしてるやつがいたのよ。
当局に届ける前に、まずはそいつに見てもらおうって思った。
それで、もしたいしたもんでないとなったら、知らんふりして

工事を続行しようと考えたわけ。これが法律違反にあたるんだが、
当時はどこの会社でもやってたことだ。俺がとくべつ悪質ってわけじゃねえ。

そいつに連絡して翌日に来てもらうことにしたが、その夜もまた夢を見たのよ。
「鏡をください」って言われるとこまで内容はいっしょだったが、
俺が黙ってると、女は続けて「時間がないのです」そう言って鏡を置くと、
自分の顔の髪の生え際のとこに爪を立てた。で、べりべりって、
自分の顔の皮をあごのほうに向けて剥いでったのよ。
そしたらその下から金色に光った・・・蛇かなんかのウロコが出てきたのよ。
俺が驚くと、女は「この鏡が用意できなければ、あなたは死にます」
そう言ったんだよ。そこで目が覚めた。ああ、布団がしぼれるくらいに
汗をかいていたよ。で、次の日、現場に講師のやつが来てくれたんだが、
むき出しになった石棺を見て首をかしげていた。そいつが言うには、
おそらく5・6世紀の石棺で立派なものだが、そういうのは普通古墳に埋まってる。

それがこんな平地にあるのはおかしい。そのあたりが昔、
丘陵地だったって記録もない。そもそもそこらは遺跡なんて出ないところで、
緊急発掘例も聞いたことがない。古代に集落があった場所ではない・・・
「じゃあこれ、貴重なものじゃないんだろ。このまま埋め戻していいよな」
俺がそう言うと、「うん、かまわないんじゃないか。
中がどうなってるか気にはなるけど」こう答えたんで、
ついでというか、夢の話もしてみたんだよ。そしたら「鏡ってのが面白いな。
どんなのだったか、特徴覚えてるか?」って聞いてきたから、
覚えてるだけのことを話したんだよ。5日続けて夢に見たから、
ある程度は頭に残ってたんだ。そしたら「それは○○って鏡みたいだな。
日本中のあちこちからたくさん出てる。

まあ金はかかるが手に入れるのは難しくない。コレクターで持ってる人を
何人も知ってるから」 こんなことを言ったんで、ためしに金額を聞いてみた。
そしたら数十万程度だったんだ。鏡を入手するか聞かれたんで、
その返事は保留しといた。それと講師のやつは、「石棺を埋め戻すんだったら、
一度蓋を開けて中を見せてくれないか」とも言ったんだ。
考えてみたが、蓋はせいぜい数百kgで、
ロープをかけて重機で吊るすのはわけはなかった。だから「ああ、いいよ」
って答えた。でな、次の日にもう一度来てもらって、石棺の蓋を開けてみたのよ。
うん、その石棺には両側に2つずつ石を削った出っぱりがあって、
古代の昔もそれにロープをかけてたみたいだった。蓋がだんだんに持ち上がって、
そしたら講師のやつが「あっ!!」と叫び、

「ダメだ、これ!中断しろ。蓋を戻して、早く!!」こう怒鳴った。
で、俺が「おーい、戻せ!」って合図をして、蓋は下に落とされた。
うん、違法なことだから、現場には俺と講師と重機のやつしかいなかった。
中を見たのは2人だけだよ。蓋は50cmほど持ち上がっただけだから、ちらっと

しか見えなかったが、中には・・・てらてら光ってピンク色のものがうねってた。
うーん、俺には腸とかの内臓に見えたが、それはありえないことだよな。
だって1500年以上前のものだぞ。もし中に内臓が入ってたところで、
乾いてカラカラ、風化してるはずだよな。それがなあ、ものすごく

生々しく見えたんだよ。講師のやつは「これ、一度話にきいたことがある。
とにかくすごくマズイもんだから、このまま埋め戻すのが正解。
見なかったことにして忘れたほうがいい」そんなふうに言ったんだよ。

どんな話を聞いたのかは教えてくれなかったな。で、そそくさと帰っていった。
その夜だよ。また夢を見たんだ。洞窟の中にいるのは同じだったが、
奥から出てきたのは、全身が金色に光る女の胴くらいに太い蛇だった・・・
で、その蛇からこういう内容が響いてきた。「恥ずかしい姿を見てしまいましたね。
あの鏡を持ってこないと命はない、必ず死ぬ」それから洞窟の天井まで

伸び上がって、ぐるんぐるんと回ったんだ・・・目が覚めたときにはものすごく

心臓がドキドキしていて、救急車を呼ぼうかと思ったくらいだった。でな、

その日の午前中に、講師のやつが死んだって連絡が入ってきた。夜、布団に入って、
そのまま突然死で起きてこなかったんだ。夢のこともあるし、これにはブルった。
だから、図書館に行って考古学の本を見て、俺が夢の中で見た鏡を特定したんだよ。
ああ、すぐにわかった。ページの最初のほうにある有名なやつだったんだ。

でな、数日かかったが、つてを頼ってコレクターからその鏡をゆずって

もらったんだ。その間、工事は中断してたし夢も見なかった。とにかく

講師のようにはなりたくないと思って必死だったんだよ。で、手に入れた鏡を

持って現場に行った。その後どうすればいいかわからないかったから、石棺の上に

鏡を置いて埋め戻そうと思ったんだ。俺一人で石棺の脇に立つと、

蓋がガタガタと揺れた。で、数百kgの蓋が少し持ち上がって、中から片手が

出てきた。人間の女の手だと思ったが、ところどころに金色のウロコがあった。
俺がその手に鏡を持たせるようにすると、手はまたするっと引っ込んでって・・・
ああ、翌日石棺を埋め戻して、土盛りをして工事は終了だ。そこは今アパートが

建ってるみたいだ。さあなあ、悪い噂は聞いてないな。この1年後、
俺の会社は借金を抱えて倒産し、いろいろあって俺はホームレスになったんだよ。