中3の文化祭前日のことです。私は生徒会の事務局員というのになってて、
他の女子3人といっしょに、3階の教室でバザーの準備をしてたんです。
ええ、値札をつけて展示し、看板やポスターを描くなどですね。

明日が文化祭初日ということで、校内にはいろんな部門の人がたくさん

残ってて、活気がありました。時間は6時を過ぎてたと思います。

私は茶道部で、活動は週に2回、いつも遅くても5時には家に帰ってました。
だから、そんな時間に学校にいることは初めてで、
すごく気分が高揚してたんです。
他の子たちは運動部だったので、そんなことは感じてなかったと思います。
9月でしたので、教室の窓の外は真っ暗になってて、
闇に沈んだグランドにぽつぽつと緑の防犯灯の光が見えました。

「少し休憩しよか」Sさんという、
生徒会書記で、この部門のリーダーの子が言ったので、

私は値札を書いてた手をとめ、窓際に歩み寄りました。少しだけ開いてた

窓を全開にし、身を乗り出すようにして夜の空気を味わったんです。

それから、両手を前に出してその空気を胸にかきこむような動作をしました。
うーん、なんでそんなことをしたのかはわからないです。
無意識の行動だと思うんですが・・・そしたらMさんというバレー部の子が、
「Nちゃん(これ私です)ダメダメ、高いところからそういうふうに、
何かを呼ぶような動きをしちゃダメなんだよ」と言ったんです。
「えー、どうして?」意味が分からなかったので聞いたら、
「私もよく知らないけど、うちのおばあちゃんが言ってた。
 

夕暮れの空中にはいろんなものが漂っていて、誰か下にいる人を呼ぶのは

いいけど、そうじゃないのに手で招くようにすれば、変なものが

入ってくるんだって」 「えー、別に誰も招いてないけどな」

「うん、そうよね。私もそういうの信じてないけど、ただ言ってみただけ」
こういうたわいのないやりとりでした。
その後トイレに行ったりして5分ほど休憩し、
「7時前には終わらせて帰ろう」と言い合って仕事を再開したんです。
そしたら、Sさんが「あれー、こんなのあったっけ」と声をあげました。
そっちを見ると、白布をかけた机の上に、ぽつんと人形が置いてあったんです。
縦、横、高さとも15cmくらいの和風の人形でした。
台座の上に竹垣があり、そこに絣っていうんでしょうか。

昔の着物を来た坊主頭の男の子が、
足を投げ出してもたれかかっているものでした。
「あれー、見た覚えない」 「提供リストと照合してみればわかるんじゃない」
「うーん、ないね」バザーはどこでもそうでしょうけど、商品は、
本類や、お歳暮の食用油、食器、タオルなんかがほとんどだったんです。

「おかしいねー」 「この教室に元々あったものじゃない」 「それはない。

ここはずっと空き教室で、あまったトロフィーとかしかなかったよ」

「別に学校のでもいいんじゃない。これも新しいから売っちゃおうよ」
「買う人いるかな」 「この子、よく見ればけっこうかわいい顔してるよ」
人形の男の子の目は、まん丸い黒で、両頬が赤く塗られ、
確かにかわいいと言えないこともなかったんです。

「値付けが難しいよね、いくらなら買ってもらえるかしら」

「うーん、500円じゃ高いよねえ。200円にしといて、もし午前で

売れなかったら、午後に100円にしよ」  「そうだね」

それで値付け担当の私が、カードにマジックで200円と書いて、
テープで貼りつけました。そしたら、その人形がコロンと転がったんです。
そのときは自分が手でひっかけたんだと思いました。
ところが、かなりの面積の平らな台座がついてるのに、
何度起こしても後ろにひっくり返ってしまうんです。
「あれ、変だな」と思いながら、机の別の場所に置いてみました。
すると突然、教室の蛍光灯が消え、値札のカードがぼっと燃え上がったんです。
「何、何?」  「どうしたん?」  「えーなんか燃えてるよ!」

そのときはまだ、パニックというほどでもなかったです。
廊下の電気はついてて、その明かりが窓から入ってましたし。

「ちょっとNちゃん、火つけたりした?」 「してないよ。

急に燃え出した」私は手近にあった下敷きでカードを叩こうとしました。

そしたら、ぐーんと火が大きくなり、壁に人形の影が映ったんです。

ええ、4人全員が見てました。その影がむくっと立ち上がり、両手を

ひらひらさせて踊るような動きをしたんです。私以外の3人が逃げ出しましたが、

私はとにかく火を消さなくちゃと思って、夢中で机を倒し、
燃えているところを足で何度も踏んづけたんです。
蛍光灯がつき、「どうした、何やってる?」男の先生の声が聞こえました。
3人が廊下で会った先生を呼んできてくれたんです。
 

「人形の値札が急に燃えだして・・・」私は安堵のあまり泣きそうな声を

出しました。ところが、床の上にも机の上にも、人形の姿はなかったんです。

半分以上焦げた値札だけが落ちていました。
先生はそれを拾い上げ「うーん、これ。お前、火のつくもんとか持ってるか?」
私がかぶりを振ると、先生は「怖い怖い」と固まっている3人のほうへ向きなおり、
「お前たち、今日はもう帰れ。準備はあらかたできてるようだから、
明日朝に早く来てやりなさい」こう言いました。
「さっきの何だったのあれ?」  「影が踊ったよね」  「人形の霊なのかな」
「Nちゃんがホントに火をつけたんじゃないの?」
「違う、ぜったい違うから」こんなことを言い合って、
分かれ道に出るまで一緒に帰ったんですよ。

家に入るとカレーのにおいがして、
母が、「遅くなるって言ってたけど、意外に早かったじゃない」
「すんごく怖いことがあったのよ。今話すから」こう答えて、
バッグと制服を置くために2階の部屋に行きました。
電気をつけて、そしたら私のベッドに、人形の男の子がいたんです。
学校で見た小さいやつじゃなく、等身大で。
男の子は瞳のない真っ黒な目をこっちに向けて「200円」って言ったんです。
「きゃー」私は悲鳴を上げて階段を駆け下り、母に今あったことを話しました。
「そんなバカな」母はそう言って、いっしょに部屋を見に来てくれたんですが、
ベッドは掛け布団がかかっていて、人が上がった様子はなかったんです。
ついでに学校であったことも話しました。

母は興味深そうに聞いてましたが、
「ああ、そういえば、夕方に高いところから招くような動作をしてはいけない、
というのはこのあたりの言い伝えにあるけど・・・」
こんなふうに言い、「200円が安くて怒ったんじゃない」とつけ加えました。
とにかく信じてくれたのがうれしかったです。
その晩からしばらくは両親の寝室で寝たんですが、
おかしなことは家でも学校でもなかったです。

翌日、朝早く行くと他の3人も来て、担当の先生ときのうの先生とに

別室に呼ばれて、「変な噂を広めないように」と釘を刺されました。

これで話は終わりなんですが・・・2年後、高2のときに修学旅行がありまして。
博多を中心に北九州を回ったんです。

そのときの最終日に入ったお土産屋に、あの人形があったんです。
ええ、色合いが少し違ったような気がしましたが、
竹垣の形も人形もそっくりで・・・
目にしたときは思わずのけぞったんですが、
まわりにたくさん人がいて怖くはなく、むしろ懐かしいような感じでした。
それで近くに寄ってよく見ると、2980円って値段がついていたんですよ。