俺? 俺は佐田っていうんだ。仕事は闇金の取り立てだよ。だからこれまで
さんざん人を泣かしてきた。ずいぶん酷い仕打ちもしたよ。けど、良心が
痛むなんてことはないな。俺、ほら何ていったっけ。ああそうそう、
サイコパスってやつかもしれねえな。他人の痛みや苦しみをまったく
感じない。こないだも中小工場の社長の老夫婦が、俺から借りた金を返せず
踏切で手をつないで飛び込み自殺をしたが、全然何も感じないね。だって

金借りて返せないほうが悪いに決まってるだろ。まあ、借金は600万と

ちょっとだから、息子か娘のとこへ行って、何が何でも取り立ててやる.
相続放棄なんて言ったって許さねえよ。でな、生きた人間に対しては
そんな感じで、どんな仕打ちをしたところで後悔はまったくない。
同様に死んだ人間・・・つまり幽霊も怖くはない。

てか、幽霊なんているとは思っちゃいない。つまりこの世に怖いものは
ねえんだ。で、この間、パーティがあって、どっかの貸しビルの社長の
前でそんな話をしたんだよ。そしたらそいつ「ほうほう、それは頼もしい。
まさに取り立てはあなたにとっては天職ってわけですな。ですがねえ・・・
誰でもこの世に怖いものはありますよ、例外なく。これを見てしまったら、
どうしてもブルってしまうってものが」こう言ったんだよ。
俺はそんなことはねえと思ったが、黙って話を聞いていた。したら社長は
続けて、「あなた1408号室って映画をご存知ですか?」って聞いてきた。
俺はたいして映画には詳しくない。ましてホラー映画は全然だ。だって

何を観ても怖くないんだから。けど、その映画だけはたまたま観て知ってた。
「ああ、ホテルの話だろ。そこの部屋に泊まった人間は、1時間以内に

必ず死ぬってやつ。たしかアメリカの作家が原作だったような」 「そうです。
スティーブン・キング。ホラー小説の帝王って言われてる人です。で、その映画は
結局、怪異の原因が何かもわからないまま終わってるんですが、似たような
ことが日本にもあるって知ってますか?」 「いや、知らねえよ。だが、面白そうな
話だ。教えてくれよ」 「ええ、もとからそのつもりです。あなたが日頃から、
何も怖いものはないって言ってるのを知ってますんで」 「で、なにか?
日本にもそういうホテルがあるってのか?」 「いや、ホテルじゃなく旅館
ですがね。日本旅館。それにね、必ずしもそこに泊まった全員が死ぬって
わけじゃないんですよ。・・・長持さえ開けなければね」 「長持?」
「そうです。その旅館のある部屋の押し入れの中には大きな古い長持が
あって、中にはその人が一番怖いものが入ってる。でもね、

それを開けなければなんてことはないんです。せいぜいが一晩眠れないくらい。
ところが、どういうわけかその長持、開けちゃう人がいるんです。
そして開けた人は例外なく、その部屋で首を吊ってしまう。鴨居にネクタイ
なんかをかけて」 「その長持、何が入ってるんだよ」 「だから言った
でしょう。その人が一番怖いものですよ」 「信じられねえな。首を吊った
のは何人なんだ?」 「今までで11人です」 「それ・・・本当は
旅館のオーナーとかが自殺に見せかけて殺してるんじゃねえよな」
「いやいや、そんなことはありません。オーナーは老婦人で、いたってまっとうな
人です」 「・・・その旅館、どこにあるんだよ?」 「え? まさかあなた、
あそこに泊まる気ですか?あの長持旅館に」 「ああ。これでも業界では
怖いものなしで通ってるんだ。そういう話を聞いた以上、泊まらない

わけにはいかねえよ」ってことで、なかばその社長をおどして、無無理やり
旅館の場所と電話番号を聞き出したんだよ。場所は〇〇県の山奥、どうやら
温泉ではないようだ。そこの離れになってる一室が長持の間らしい。
自分で電話をかけると「はい、〇〇旅館ですが」という間延びした声。だが、
俺が名前と用件を言うと声の調子が変わった「それ、この部屋のことを
どこからお聞きになりましたか」って言ったから、社長の名前を出したら、
「ああ、そうですか。じゃあ、この部屋の話はもうすでにご存知ですよね」
「ああ、泊まったやつが死ぬ部屋だってな」 「いえ、それは押入れの長持の中を
見てしまったときのことで、そうでなければ何事もありませんから」
「ああ、ああ、もちろん長持の中は見ねえよ。約束する。だから泊めてくれるよな」
「・・・はい、ようございます。その部屋は営業しておりますので、
 

できないと言えば法律違反になってしまいます」 「おおそうか。話が早いな。
じゃあそういうことで」ということになって、9月の連休のときに一人で
行ってみることにしたんだ。で、その日の朝に俺は愛車のスカイラインを
飛ばして、2時間半かけて宿にたどり着いた。大阪からは隣県だったが、道が
悪いんで3時間近くかかった。宿はまあ、田舎の温泉場みたいな感じではなく、
そうだな、昔あった商人宿のようだった。湯はわかし湯とのことだ。
まわりには見事に何もない。他の宿屋も、民家さえもなかった。買い出しには
車で40分かかるとのこと。で、さっそくその長持の間に通された。
いや、畳が黄色く日焼けした普通の部屋だよ。特に立派な調度もないし、置いて
あるテレビも旧式。でな、そんときに押し入れを開けて長持も見せてもらった。
これがなあ、黒漆を塗った立派なものだったんだよ。しかも上と左右に金箔で


紋まで押してある。大名家の嫁入り道具と言ってもおかしくないものだったんだ。
「これ、いつからここにあるの?」宿の女将の婆さんに聞いたが、「じつは
私の母や、祖母の代からあるみたいなんです。いわれは調べたけれどわかりません
でした」 「ふうん。あんたの婆さんだと江戸末期頃か?で、この部屋で何人
死んでるんだ」 「社長さんからお聞きになりませんでしたか。11人です。
といっても、祖母の代からだから年に一人にもなりませんよ。長持の中さえ
見なければただの田舎部屋なんですから」 「・・・中には何が?」
「わかりません。ただ、その人の一番怖いものとだけしか伝わってないんです」

「この長持、どっかにしまい込むわけにはいかねえのか?」 

「・・・この旅館を続けるかぎり、この押入れから動かしてはならないと、

母からも祖母からも言われてるんです」こんなやりとりが

あって、俺はその後、夕飯までやることがなくて、寝転がって持ってきた

 

雑誌を読んでた。6時に夕飯が出た。川魚と山菜の素朴な料理だったが
けっこう美味かったよ。でな、長持の中は見るつもりはなかったが、何が起きても

いいように酒は飲まなかったんだ。古いテレビでプロ野球を見てると、9時になって
布団を敷いてくれた。俺はつまんないテレビはやめて、布団に入って雑誌の続きを
読み始めた。長持がある押し入れは足元のほうだが、やっぱり中が気になる。見れば

死ぬなんてありえねえよな。そう思って、よっぽど見ちまおうと思ったがやめた。

でな、11時過ぎに電灯を消したんだ。だけど眠くならないし、目が冴えてた。
まあ普通ならまだ酒飲んでる時間だからな。長持のことを頭から追い払おうと

したが、そうしようとすればするほど、そればっかり考えてしまう。これ、

もしかして俺は怖がってるのか? そう思うと何だかおかしくなった。それで、

あれこれと長持の中身を想像してみたんだ。俺が一番怖がるもの・・・何だろうな。


高校を中退してこの仕事についてから、人に恨まれることはいくつもやってきた。
借金のかたに娘をソープに売ったり、もっと酷いときは東南アジアに売ったりした。

男だとまず臓器だな。腎臓とか肝臓の半分とか。あとは中東に土木作業員として
売り飛ばしたやつもいたっけ。そいつは工事中の事故で死んだが。あとまあ、
取り立ての追い込みで自殺したやつも何人もいるよ。そいつの職場に出かけるし、
家族がいれば家族の職場にも出かける。だから相当に嫌がられたろう。しかし、
俺が悪いんじゃねえ。借金をして返せねえやつが悪いんだ。ただ、俺はまだ
保険金をかけて人を殺したことはないから、取り立て屋としてはましなほうだよな。
俺が一番怖がるものって何だろう・・・そう考えてるうち、気がついたら
電灯をつけて、長持のある押入れの前まできてたんだよ。あ、俺、
あの長持を開けるつもりなのか? いやいや、見るだけ、ただ見るだけだ。


そう考えて押し入れを開けた。あの長持があって、さしこんだ電灯の光を反射して
黒光りしてる。そして俺は・・・長持に巻いてあった長い白紐をほどいて・・・

魅入られたように蓋を開けてしまったんだよ。桐材かなんかだろうか。蓋は軽く、
するっと開いたんだ。そして縁に手をかけて長持を部屋の中に引っ張り出し、
それから中をのぞいた。中にあったのは・・・・・そうかあ、なるほどな。

こりゃ怖い。たしかにこれが俺がもっとも怖いもんだよ。間違いねえ。この長持、

誰が何のために作ったのか知らねえが、誰よりもよく俺のことを知ってると思った。
そうかあ、これが入ってたのか。俺は他のやつに迷惑がかからないよう、長持の
蓋を閉めて押し入れに戻した。そして鴨居に、持ってたナイフで切ったテレビの

コードをかけて輪っかにし、そこに静かに首を入れたんだよ。

苦しいのは数秒で、すぐに目の前が真っ暗になった。手足が痙攣している。

小便を漏らした感覚があった。ズボンの前が暖かくなって、ああ、

宿の人に申しわけがないな、そう考えたとき、唐突に意識が途絶えた。