祖父の時代までうちの家系は資産家でして、何代か町長も出してる
みたいなんです。今は零落して、親父はずっと一介のサラリーマンでしたよ。
確かに住んでる家の地所は広いし、山の権利とかもあるんですが、
田舎だから現金化できないんです。
なんでこんな状態になったかというと、祖父の浪費が主たる原因です。
いや、事業を起こしたとか、政治に入れあげたとかそんなことじゃなく、
次々と骨董の美術品を買ったからなんです。
それもね、美術的な価値の高いものというより、曰わくつきの品が多くて・・・
つまり、持っていると何か変事が起こるような物ってことです。
呪いの品? うーんまあ近いかもしれません。
価値が高い物なら売り払ってしまえばよかっただろうって?

いや、祖父が亡くなったときにほとんどを売ったんです。それで、少なくとも
借金はなくなりました。買い手を探すのがたいへんでしたけどね。祖父に
取り入ってた骨董屋連中は、死の知らせを聞いた途端みないなくなってしまって。
親父は素人でしたから、ずいぶん本来の価値より安く売った物も

あるんだと思います。まあ、しょうがないです。持ってたら障りがあって

よくないことが起きる物が多く、それを押さえるために、複雑な儀式を

しなくちゃならないなんて理由もあったんですよ。でね、最後まで買い手が

見つからなかった品もいくつかあります。それらは家の裏手にある蔵に

保管されていまして、自分の代になってからは中の物を外に出したことが

ありません。危険な品の手入れのために私はときどき入りますけど。
ですから、今してる話は親父の代のことなんです。

手鏡
こんな田舎ですから、滅多に犯罪なんて起きないんですが、
一度だけ蔵に泥棒が入ったことがあるんです。見た目は古風で
造りは立派な蔵ですからね。そのわりに監視カメラとかの防犯設備はないし、
忍び込みやすいと思ったんでしょう。バカなやつです。
つかまってからわかったことですが、こいつの手口というのが、梯子を使って
屋根に登り、厚い屋根瓦を何枚かはがして侵入するという本格的なもんでした。
京都あたりで仕事をしてた蔵専門の泥棒だったみたいです。
私が子どもの頃でしたけど、夜中に叫び声が聞こえたんです。
「うわーちちちち」って。その頃母屋のほうは、厠が外にある昔の家でして、
外の音もよく聞こえたんです。目を覚ました親父が木刀を持って出てみると、
蔵の前で松明ほどの火が燃えてて、焦げ臭い臭いがする。

それだけじゃなく、火が動いてたんです。「あっち、あっち」と叫びながら。
近寄っていくと男がばたばたしていて、その頭髪が燃えてたんです。
親父はとっさに、着ていた丹前を脱いで男の頭にすっぽり被せました。
それで火は消えたようでしたから、その後に木刀で一発叩いて、
荒縄で丹前ごと縛り上げたんです。そして駐在を呼びました。
まあね、木刀で叩いたのは余計かもしれなかったです。
警察にもそのあたりは絞られたようですけど、結局泥棒でしたからね。
こっからはその泥棒の話です。「天井から降りて蔵の2階を
物色してると、奥の棚に高価そうな漆塗りの木箱があり、
なぜか箱の前にとっくりが2本立てられている。これはよさそうなと思って
開けると、中は江戸時代らしい鏡袋に入った手鏡で、しめしめと思った。

とっくりを取り上げてみると中身が入ってる。一本は無臭で水かと思ったが、
もう一本からは酒のいい匂いがした。好きな口なので飲んだらなかなかいい
酒だった。その後、いくつかの品を盗んで袋に入れ、それを持って屋根から降りた。
さて、おいとましようとしたら、袋の中から物が焦げる臭いがする。
何だろと思って開けると、さっきの手鏡の鏡袋がぶすぶす焦げていた。
これは、と思って袋から鏡を出した。そのとたん鏡面から火が噴き出して、
髪の毛が燃えた。驚いてジタバタしていると、家から人が出てきて
丹前を被せられた」まあこんな内容だったようです。
でね、この鏡というのが「梅乃の鏡」という曰わくつきの品で。
梅乃というのは「振袖火事」の話で知られている娘です。

恋に焦がれて亡くなり、その思いが江戸の大火を呼んだという。

いやあ、本物だとは思ってませんよ。実際に大火はありましたが、
梅乃の話は伝説的ですし。でもね、親父は祖父がやっていたとおりに、
きちんきちんと1日おきに水と酒のとっくりを捧げていたんです。それが、
盗まれた上に酒まで飲まれてしまったわけですから。そりゃ怒るでしょう。
その泥棒ですか? 髪の毛はあらかた燃えてしまったけど、
そうひどい火傷は負ってませんでした。あとは親父に叩かれたコブ。
余罪もばれて、かなり長く刑務所暮らしになったようですよ。
ええ、鏡は今も蔵にあります。怖いですが、蔵自体は厚い漆喰の壁で、
中が焼けても外に火は出てこないでしょうね。
とは言っても、もちろん今でも酒と水はお供えしています。面倒ですけど
しかたがありませんよ。買いたいって人がいればいいんですけどねえ。

式盤
この蔵なんですが、親父の代に、町の文化財に指定されるという話がありまして。
造られたのは江戸末期だという話でしたから。町の教育委員会の
担当者が調査に入ったんですよ。でね、外部から内部からいろいろ調べた。
まあ、文化財に指定されると維持費の心配がなくなりますから、
もちろん親父としては歓迎だったでしょうが、
やはり心配なのは中にある曰わくつきの品々です。危険がありますから。
ですから、「中の物は動かさないように」と厳重に言い含めて、
担当者について回ったんです。残ってる品物の配置にも気を遣って、
互いに干渉しないような置き方をしてましたからね。ところがね、

この担当者がうっかり腰で式盤の入った箱にさわってしまったんです。
式盤というのは、天地盤とも言い、古代の占いに使用する盤のことです。

天盤と呼ばれる円形の盤と、地盤と呼ばれる方形の盤を組み合わせてて、
円形の盤のほうが回転するようになっています。
平安時代頃、陰陽師がよく使用していたという話がありますが、
この式盤はもっと古くて、なんと天武天皇が使用したものって
能書きだったんです。これもねえ、さすがに信じてはいません。
教科書に載ってましたでしょう。壬申の乱のときの人ですよ。
それは日本書紀には、「天武天皇は遁甲が上手で、戦いの吉凶を式盤で
占った」なんて記事も見えますが、これは7世紀の話でしょう。
正倉院じゃあるまいし、そんな古い物が残ってるわけがないじゃないですか。
・・・ともかく、その式盤が転がり落ちてしまったんです。上のほうの
天板がぐるりと回って、そしたら一瞬で蔵の中が真っ暗になりました。

当時は蔵には電気を引いてなくて、明かり取りの窓だけでしたが、
のぞいてみると外も真っ暗になってたんです。
それだけじゃなく、空には星が一面に出て、しかも
猛スピードでぐるぐる回ってたそうです。これ、昼の1時過ぎのことですよ。
事態を察した親父が、式盤を拾い上げ手探りでぐるり回したら、
あるところでカチッと止まり、元のように日が差してきたそうなんです。
暗くなってた時間は30秒くらいなんでしょうかねえ。
でも、その間に事故などが頻発したということもなかったようですし、
太陽が消えたのは、そう見えただけなのかもしれないですが。
そんなことがあったせいで、危険すぎると判断されたのか、文化財指定の
話は沙汰やみになってしまいました。まったく残念なことですよ。