秋刀魚
「秋刀魚苦いか塩(しょ)つぱいか」って知ってるか? 

これ佐藤春夫って人の、「秋刀魚の歌」って詩なんだぜ。

どうだ、学があるだろ。でもな、これって悲しーい詩なんだぜ。
ああ、スマンスマン。本題に入るよ。だけど、秋刀魚に関係のある話なんだ。
もうだいぶん前になるけど、今頃の季節だな。脂ののったいい秋刀魚

買ってきてね。せっかくだから七輪出して、炭火で焼こうと思ったんだ。
でな、家の中だと煙が出るからって裏庭に出たんだよ。
炭をおこして秋刀魚をのせて、よくテレビで見るようにうちわで煽いでたんだ。
ところが久々で炭が湿ってたせいか、なかなか火がおこってこねえ。
前に使ったときの灰を掃除してなかったせいもあったかもな。
「しょうがねえな、家で焼き直すか」と思ったときに、いつの間にか脇に人が

 

いたんだよ。驚いたね。そこは裏庭っても塀の内だから、人がわからずに

入ってくることはありえねえ。「あんた、どっから入って来た?」って聞いた。

そいつは白い着物の着流しで、肌も白いガリガリに痩せた野郎でね、

歳は40くらい。「ああ、すぐに消えますから。でも、お困りのようですね。

ちょっといいですか、ほら」そいつが七輪の上に手をかざすと、

見る見るカーッと炭がおこったんだ。「なんだ、あんた手品使うのか?」

「いえいえ、普段とてつもなく熱いところにいるんで、体が火になじんだんですよ」

「熱いとこって?」 「地獄です」あらためてそいつの顔を見直すと、

確かに三角の白い布を額につければそのまま幽霊だ。

ちょっと面白くなって「地獄? 何やらかしてあんた地獄なんかに」聞いてみた。
「人買いをやってたんですよ。若い女の子の。それで・・・」


「へええ、そりゃ堕ちてもしかたねえか。盆でもねえのに、よく出てこられたな」
「今日が命日なんで、ほんのわずかの間、暇をもらえるんですよ」
「ほお、地獄ってのもけっこう情があるな。で、あんた、どうやって死んだ?」
「ここのすぐ近くで、警棒で頭殴られたんですよ。それで・・・」
「警棒ってことは警官か。そりゃあ自業自得だろうな。で、いつのことだい?」
「昭和26年の今日、この時刻に・・・」
ここまで言った途端、そいつの体からめらめら火が燃えだしたんだ。
「うわっ」と思って飛び退いたんだか。熱くはなかった。
そいつはニコニコ笑いながらしばらく燃えてたが、ふっと消えた。
よく落語でね、幽霊は消えた後が怖いって話を聞くけど、
そのとおり急にぞくぞくっとした。


早々に家に入ろうとして七輪を見たら、秋刀魚がいい具合に

焼けてたんだよ。でな、火の始末をしてから家に入って思い出した。
俺の死んだ親父が警察官だったんだよ。ここの家には3代続けて住んでいるし、
まさか今のは親父が職務上殺しちゃったやつなのか・・・?
でも、そんな話は親父から聞いたことはないし、
そんなに恨んでる様子でもなかったし・・・

結局、その秋刀魚は食わないで捨てたよ。「焼き方しくじった」

って言ったら、家族には「ほらやっぱり」って馬鹿にされた。


リンゴ
一月くらい前、デパートの地下に行ったら、
今年獲れたリンゴの試食即売会ってのをやってたんです。
果物全般、そんなに好きじゃないんですが、赤くて大きないいリンゴで、
ちょっと食べてみて美味かったら家族に買っていこうと思いました。
妻は料理の研究会に入ってて、アップルパイも焼けますから。
山積みになったリンゴの籠の前にいるのは、
いかにも青森から出てきたらしい体格のいいおネエさんで、
「さーあこんなに蜜がたっぷり」とか言いながら、
包丁で切って切り口をこっちに見せたんです。
確かに真ん中が蜜で黄色くなってて、宣伝してたとおりでした。
「もう一個、こちらも」おネエさんは別のを手にとって、

 

包丁ですっと切って切り口を前に向けると、中に人がいたんですよ。

4歳くらいの幼児で、髪が長かったからたぶん女の子。
そりゃリンゴの中に入れるんだから、大きさは10cmもないですよ。
リンゴの半分に切った片側が空洞になってて、そこに体育座りでいたのが、
驚いた顔であたりを見回していたんです。
なんかだぶだぶしたワンピースのようなものを着てましたよ。
学校時代、社会の教科書で見た「貫頭衣」ってのにも似てた気がします。
それでわたしと小さな目が合って、女の子は困った顔をしてましたが、
思い切ったようにリンゴの中からテーブルに飛びおりて、
その子の身長からはかなりの高さのはずなのに、ケガした様子もなく起き上り、
ちょこちょこ走って裏側のほうに消えちゃったんですよ。
 

いや、そのとき見てたのはわたしの他に2人で、どちらも気がついた

様子はなかったです。だから、自分の幻覚かもしれないって思いました。

迷いましたけど、リンゴは一箱買いましたよ。
自分では数個しか食べませんでしたが、子供らはよく食べてて、
30個入りが一週間でなくなりましたよ。

おかしなことはなかったと思います。家族にも「リンゴ切ったとき、

変なことなかったか」って聞いてたんですが、もちろん、わたしのほうが

変に思われました。でも、見たことをそのまま言うのもねえ・・・

リンゴの精なんてありえないですし、やっぱり幻覚

だったんでしょうね。すみません、こんな話で。

ゼリー
子どものときのことです。小学校にあがる前ですね。
その頃は家も貧しくて、長屋に住んでたんです。
長屋といっても時代劇に出てくるようなのじゃなく、
同じ作りの平屋が3軒くっついて並んでいる形でした。
近くには同じ年頃の遊び相手もいなくて、つまらないところでしたよ。
私は両親が共稼ぎだったので、遅くまで保育園に預けられていましたが、
日曜日なんかは家の中はせまいし、外で一人遊びしてることが多かったんです。
それで、帰ってきたときに、長屋の向こう端の家のおじさんが出てきて。

よくお菓子をくれました。透明のゼリーをサランラップに包んだ

5cmくらいのもので、それがすごくおいしかったんです。


口に入れると中でぷるんぷるん動くような感じがしました。
味は甘酸っぱくて・・・ちょっと例えるものが思い浮かばないんですけど、
レモン味の飴に少しだけハッカを加えたような感じだったと思います。
もっと食べたいといつも思ったんですけど、もらえるのは一個だけでした。
で、秋のある日だったと思います。
夕方遅めに帰ってきたら、その日は珍しくおばさんが外を掃いてました。
「○○ちゃん、今帰ったのかい。ちょっと待ってて」そう言って、

中にとって返し、あのゼリーをくれたんです。それがふだんと

味が違ってて、信じられないほどおいしかったんです。私はすぐに食べて、

お礼も言わずに「もう1個ちょうだい」って言ったんです。
おばさんのほうだったから気安かったのかもしれません。
 

おばさんは「まだあるけど、体に近いとこしかないねえ」そう言って私を

手招きしました。いっしょに家に入っていくと家の中は薄暗く、

うちと同じ間取りの2部屋でしたが、うちで寝室になってるとこは

仏間だったんです。大きな仏壇がありました。おばさんは「今、あげるからね」

そう言って仏壇の戸を開けました。・・・ここからは子どもの幻覚だと思って

聞いてください。裸の背中が見えたんです。たぶん男の子です。

痩せていて、背骨が筋になって浮き出してました。
下を向いてうずくまった背中にいくつも大きな穴が開いていて、透明な

液体が染みだしていました。おばさんはその液体の固まりかけたところを、

果物ナイフできりとって、仏壇の下からサランラップを出して

包んで私にさし出しました。「はい、とりたて」

 

こっからのことはよく覚えてないんです。気がつくとその家の中で泣いて

いたんですが、畳にはべっとり埃が積もって、上のほうはクモの巣だらけ

だったんです。長い間人が住んでいない空き家としか思えませんでした。

仏壇の戸は開いてましたが、半分壊れかけていて中には何もありませんでした。
私は泣きながら逃げ出しました。玄関の戸はきしみながらも開いたので、
私の家に走り込んだんです。ちょうど母がが夕食のしたくを

してるとこだったんで、今見てきたことを話すと、
「端のお宅はずっと前から誰も住んでいないよ」と言われました。その後

いっしょに行ってみたんですが、さっき見たとおりの空き家だったんです。
私たち家族が越してくる前から誰も住んでいなかったということでした。
結局、あのゼリーや男の子が何だったかはわからずじまいです。

『リンゴの妖精』

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