bigbossmanです。今回もインタビューシリーズで、博物館の学芸員さんから
聞いた話をご紹介します。ただし博物館といってもそう大きなところではなく、
県立博物館レベルのところに所属されている方です。場所はいつもの大阪の
ホテルのバーです。「bigbossmanです。今日はおこしいただきましてありがとう
ございます」 「いえいえ、ごちそうになってしまって申し訳ないです」
「さっそくですが、この仕事は長いんですか?」 「大学を出てから
県の教育委員会に採用されまして、それ以来ずっとです。もう20年以上に
なります」 「ははあ、ところで博物館と美術館ってどう違うんですか?」
「ああ、それよく聞かれるんですよ。博物館は英語で museum ですよね。
美術館もそう言わないこともないんですが、普通は art gallery ですね」
「どう違うんですか?」 「美術館は、基本的に作者のはっきりした

美術品を展示します。博物館はそれ以外の・・・博物っていうくらいだから、
すべてです。例えば古代の土器、恐竜の骨、動物の剥製、植物や昆虫の

標本・・・」 「なるほど。でも、博物館ではミロのビーナスみたいな
古代の作品も展示してますよね。あれは美術品じゃないんですか?」
「ああ、それは簡単です。基本的には作者がわかるかどうかで決まります。
ミロのビーナスって作者がわからないでしょう。日本の縄文土器なんかも
そうです。そういうものの場合、美術品としての価値の他に、歴史的な
価値もまた大きいんです」 「なるほどねえ、で、この仕事をやって
おられて、怖い体験とかなさったことがありますでしょうか?」
「うーん、ないこともないです。ただそういう体験って、そのものが
どれくらい人の手を経ているかによって決まる気がするんです」

「どういうことですか?」 「博物館の怖い話といったら、よく出てくるのが
古代のミイラがよみがえるみたいな話ですよね。でも、そういったことは
あんまりないんです」 「というと?」 「われわれの展示品は買い取りを
することもありますが、個人から寄贈されたものも多いんです。例えば、
あるコレクションをされていた方が亡くなって、遺族が処置に困った場合とか」
「なるほど」 「それ以外にも、地方の旧家が家を建て直すことになって、
たくさん出てきた古い民具を一括して寄付されるとか」 「ああ」
「でね、ミイラが動いたなんてことはないですよ。どっちかといえば、
たくさんの人の手にわたった農具なんかに怖いことが多い」 「例えば?」
「笊ってありますでしょう。目が粗くてふるいなんかに使う竹や籐製の」
「はい」 「あれでね、何の変哲もない古道具で、寄贈されたものの展示は

せず、ずっと倉庫にあったんです」 「はい」 「それをあるとき、
整理のために日干ししたんですが、それ、何気なく透かしてみたら、

籐の目を通して昔のおじいさんの顔があるのが見えたんです」 「ええ?」
「確かに見ました。そのおじいさんはものすごく怒った顔をしていて、
しかも手に鎌を持ってぶるぶる震えてたんです」 「ええ? 服装は?」
「昔の、つぎのあたった野良着のようなものでした。もしかしたら明治か、
それ以前の人なのかもしれません」 「それでどうなったんですか?」
「1日晴天の日に干したら顔は消えてましたね。きっとそれ、何かたいへんな
過去を持ってたんだと思います」 「うーん、何があったんでしょうね。
他には?」 「そうですね。あと、さっきミイラみたいなものは動いたり
しないって言いましたが、そうでない事例もあったんです」 「それは?」

「蝶ですよ。世界中の珍しい蝶をコレクションされてる方がいて、あの世界って
奥が深いんですよね。世界中にコレクターがいて、高いものになると
数千万円で取り引きされます。オークションもあるくらいで。自分で採集した
ものもあるんでしょうけど、それは多くはないでしょう」 「で」
「でね、そのコレクターの方が亡くなって、息子さんが困って当館に寄贈
されたんで、館のほうでは特別展を開いたんです」 「はい」 「でね、
1ヶ月の予定でしたが、閉館時間が終わって、しばらく残って仕事を
していたんです。われわれは展示の他にも調査研究がありますから」
「はい」 「で、たまたまそのときは館内を見回ってたんです。そしたら
何十箱も展示されてる蝶の標本が、一斉に羽ばたいたんです。とうに死んで
乾いてるのに」 「うわ、どれくらいの時間ですか?」

「1分もなかったと思います。同僚もいっしょに見たので見間違いではないです」
「なぜでしょう?」 「その日ね、ちょうどコレクターの方の一周忌にあたる
日だということが後日わかりました。ですから、標本にされた蝶の怨念というより、
そのコレクターの方の執念が動かしたんじゃないかと思うんです」 
「なるほどねえ・・・他には」 「そうですね。ある町の地下から、工事のときに
石の古碑が出たことがあるんです。そこの町のほうでも始末に困ってしまい、
当館に寄贈された。でも、彫られてた字もすっかり風化して読めなくなって
たんですよ。時代はおそらく江戸時代の中頃。で、それも当館では展示しても
しょうがないし、倉庫にしまってあったんです」 「はい」 「そしたら、
当直してる警備員が、倉庫で話し声が聞こえたっていうんです。
大きな声じゃなく、ひそひそ何かを話してるような」 「で」

「でね、それを聞いて翌日、収蔵物を確認してたら、その石碑の字が彫られてた
跡が真っ赤になってたんです。まるで血が溜まって流れたみたいに」
「うわあ。どういうことかわかったんですか」 「ええ、これはただごとでは
ないってことで調査したんですが、その赤いのは血でなくて何か自然の顔料
みたいなものだったんです。でね、当館としては珍しくX線をかけてみたら、
その石碑、江戸中期にその地方で農民の一揆があって、鎮圧されたんですが、
そのときに処刑された首謀者の名前なんかを記したものだったんです」
「・・・恨みでしょうか」 「わかりませんけど、こういう話は多いです。
唐傘連判状ってご存知ですか?」 「知ってます。何かの同盟をするとき、
普通の連判だと最初に書かれてる名前が上席者だと思われて処刑される
ことが多いため、順番がわからないように円状に名前を記したものです。

唐傘が使われたわけではありませんね」 「あれなんかも、いくつか

怖い話を聞いたことがあります。自分で体験したことではないので、

ここで言うのは控えますが」 「あ、はい。他には・・・」
「これ、言っていいのかなあ。自分の博物館では外国から展示物を借り出す
こともあるんですが、あるとき・・・7,8年前に中国から翡翠の彫刻品を
借り出したことがあるんですが、向こうの博物館から、それは呪われてる
かもしれないから動かすのはやめたほうがいいと言われてたんですが。
でもね、今の世にそんなことがあるはずはないって思いますよね。
ですから、空輸してそれからトラックで当館まで運んだんですが・・・」
「ですが?」 「そのプロジェクトの責任者と、トラックを運転した
職員、当館の当時の館長1ヶ月のうちに亡くなったんです。

病気をしてたわけではなく、それまでピンピンしてた人が」 「うう」
「このことがきっかけで、中国は怖い、何があるかわからんって言われてたんです。
それからはずっと注意してますよ」 「うーん、向こうは歴史が長いですからねえ。
その彫刻もいったい何に使われていたものやら」 「まあ、自分が体験した
のはこれくらいですね」 「いや、今日は貴重な話をありがとう
ございました。この話、ブログに書いてもかまいませんよね」
「ええ、かまいませんが、私と博物館の名前を出すのは勘弁してください」
「それはもちろんです。・・・そろそろビールではなく、スコッチのシングルモルト
なんかをやりませんか? この店はかなりの種類がそろってるんです。
「ああ、いいですね・・・あ、そういえば一つ思い出した話があって、
日本酒づくりの樽に関したものなんですが・・・」