うーん、けっこう難しいテーマですが、これでいってみましょうか。
まず1つめは『今昔物語』から「水の精が人の顔をなでる話」
前に一度ご紹介したんですが、興味深い内容なので再録します。

京都のもと冷泉院の邸宅のあったあたりが庶民に解放され、
池のほとりに人が住むようになったが、縁側などで昼寝していると、
身の丈3尺ほどの老人が現れて顔をなでて消える。
不気味なことであり評判になったが、ある度胸自慢の男が、
「俺が退治してやろう」と言って、わざわざそこにいって寝た。

すると夜半になって、話のとおりの老人が現れたので、
跳び起きてつかまえ、縄でぐるぐる巻きに縛りつけた。そこで人を呼ぶと

物が大勢集まってきたので、老人に何者か問いかけると、老人は目を

しょぼしょぼさせ、憐れな声で「たらいに一杯水を汲んでくれ」と言う。

まあ逃げ出せはしまいと、言ったとおりにしてやると、
老人はたらいの前でぶるっと身をふるわせ、「自分は水の精である」と一言。
ざぶんと水の音がして、老人の姿はかき消え、たらいの水が増して、
縄がその上に浮いていた。一同はこれで恐ろしくなり、たらいの水を
こぼさないようにして、池まで運んで捨てた・・・という話。




水そのものが怪異というのはたいへん珍しいと思います。
西洋には、四大精霊の一つ、水の精ウンディーネなどというのがありますし、
妖怪の河童なども一種の水の精霊と考えられなくもないでしょうが、
これは面白いですよね。怪談というか、むしろSFの液体人間みたいな感じです。
これって元になるような話が中国にあるんでしょうか。

っdsd

水辺が怪異の舞台になるというのは怪談で多いですよね。
「置いてけ堀」なんかがそうです。これは本所(現在の東京都墨田区)
あたりの水郷で釣りをして、大漁大漁とばかりに帰ろうとすると、
水の中から「置いていけ~」と不気味な声が響く。そこで魚を逃してやれば

何もないが、無視して持って帰ると怪異が起こる。
びくの中の魚がいつのまにかなくなっていたり、道に迷ったり、
水の中に引きずり込まれたりします。
この正体は狸であるとか、河童であるとか諸説あるようです。

実話怪談の本でも、釣りに行って怪異に遭うという話は
一つのパターンになっています。みなさんにお薦めしたいのは、
『水辺の怪談ー釣り人は見たー』のシリーズで、
第3巻まで出てるんじゃなかったかな。

 



これを出しているのは「つり人社」という、釣り専門の出版社で、
たんたんとしつつも臨場感のある体験談が多いです。
ホラー小説だと、鈴木光司氏の『仄暗い水の底から』。水をテーマとした
短編7編が収められ、「浮遊する水」は日米で映画化されています。

さて、ではどうして「霊は水辺に集まりやすい」などと言われたり
するのでしょうか?よくわからないので、ネットで検索してみたら、
① 不浄な霊は渇きをおぼえているから
② 水そのものに陰の気が宿っているから
③ 川は海につながり、海の向こうにはあの世があるから
④ 不慮の事故で亡くなった人などは「死に水」をとらせてもらってないから
⑤ 水の事故で死んだ人が仲間を呼ぶから


ざっとこんな見解があげられていました。このうち①と④は近いのかもしれません。
②はどうでしょう。中国の陰陽五行説だと、水にも陰と陽の両極が備わっていて、
たしか「壬(みずのえ)」が陽、「癸(みずのと)」が陰だったはずです。
昼なお暗い森の中の沼とかなら陰の気が集まってるというのは理解できますが、
さんさんと太陽がふり注ぐ真夏の海とかはどうなんでしょう。

洞爺丸
キャプチャ

③は、日本神話だと死者の国は「根の国」つまり木の根がある場所で、
地下世界と解されています。また、海の向こうには「常世の国」があって、
これは一種の理想郷として、永久不変や不老不死、
若返りなどと結びつけて語られることが多いですね。

⑤は、たしかに水難事故の死者は多いですし、戦時中、空襲の火に巻かれた
人々が逃げ場を求めて川に入って死んだ、などという話も聞きます。
まあ、水辺はそうでない場所よりも死の危険が多いのは確かでしょうし、
人間、濡れたりジメジメしたりするのは嫌なものなので、
そういうネガティブなイメージで語られているのかもしれません。

ちなみに平成28年度の水難事故は、事故発生件数が1505件 で、
死者・行方不明者の総数は816人 。
もちろん自殺者や交通事故の死者よりは少ないですが、
こうしてみるとけっこうな数ですね。

そろそろしめましょう。日本最大の海難事故といえば、
これは1954年の青函連絡船「洞爺丸」の事故ですね。
死者・行方不明者あわせて1155人。これだけの死者が出ているので、
数々の幽霊話が残っています。有名なのが、

 



駅の職員が宿直室で寝ていると、「トントン、トントン」となにやらノックの

音がする。どうやら、誰かが待合室の窓ガラスを叩いているようであった。
「こんな夜中に誰がノックしてるんだ?」眠い目を擦りながら、職員が見にいくと…
窓ガラス越しに、ずぶ濡れの手が見える。それは1人のものではなく、
まるでたくさんの人々が助けを求めているように、
ガラス窓をノックする無数の手があった。


あと、洞爺丸事故の翌年に起きた「橋北中学校水難事件」では、臨海学校中の
女子生徒36人が溺死していますが、ここでも心霊話が語られています。
後日、これについての記事を書きたいと思います。。