子どもの頃、まだ田舎に住んでたときの話。まだジイサンが健在で、

毎日のように山から山菜採ってきたり、釣りしたりしてた。

これはジイサンにしてみればお遊びじゃなく、家の家計の足しにしてる

つもりだったようだ。だから、行けば何かしらの食い物を収穫してくる。

で、家で持ってた裏の山に畑をこしらえると言い出した。
それで小学校高学年だった俺に、休みの日に手伝えって言った。
山といっても高くはなく50mもないとこだが面積は広い。
田舎だから売っても二束三文だし、高価な木も生えてなかった。
4月の日曜日の朝からジイサンの軽トラに乗って山の下まで行き、
積んでたネコ車を降ろしてわずかについてる道を上った。
ネコ車には木杭とプランターがいくつも積んであって、用意万端だったよ。
 

そっからはかなり重労働だった。山の中のあちこちで、高い木のない、

日当たりのいい場所を見つけては、プランターにシャベルでそこの土を移す。で、

カタカナで「イ、ロ、ハ」と書かれた杭を土をとった場所ごとに打ち込んで

いくんだ。もちろんネコ車はプランター2つ積めばいっぱいになるから、
何度も軽トラを往復しなくちゃならなかった。
そのプランターには打った杭と同じカタカナをマジックで書いたんだ。

だからその日の終わりには、家の庭にカタカナ入りの白いプランターが

8つほど並んだ。ジイサンに「これは何するもん?」って聞いたら、

「地味をみる。これらに小さい種類の人参を植えるから」って答えた。そんときは

「ふーん、意外に準備がかかるもんなんだな」って思ったくらいだったな。
で、ジイサンがそれぞれに種を蒔いて、収穫は8月くらいになるらしい。

人参はジイサンが一人で世話をしたが、たいした手間がかかるもんでもなし、
俺は気にとめてなかったけどな。
夏休みになって、かなり葉が繁り収穫の時期になった。
ジイサンは俺に「お前も将来畑やるかもしれんから、見てれ」
そう言って、人参を抜くのを手伝わせた。
ミニ人参だから栽培期間は一般種より短いけど、たいして量がとれるわけじゃない。
食っちまえばあっという間だろう。新聞紙の上に土のついた人参が並び、
最後から2つ目の「ヘ」の人参を抜いたら・・・これが長かったんだよ。しかも

先が枝分かれしてねじけ、人の形に見えた。両側に短い手のような突起も出てた。

「ああ、これはダメだ。この土は山に戻してくる」ジイサンは人みたいな形の

人参を土に戻し、そのプランターを軽トラに積んで山に向かった。

で、「ヘ」の場所へ行ってどさっとプランターをぶちまけた。

「何でこんなことするんだ?」と俺が聞いたら、
「ここは畑にするにはダメな場所だ。地味をみるって前に言ったが、
じつはかかわっちゃいけない場所を見つけるほうが大事なんだな」
ジイサンは地面に落ちた人型人参を取り上げ、ボキッと折った。
そしたら、耳の奥に「オーン」というような音が聞こえた。
実際に音がしたんじゃなくて、頭の中に響いたって感じだ。

「ここで何があったかしらねえが、まだ怨みが消えてない。畑にすれば家に

悪いことが起きる」そう言って、持ってきた酒をふりかけ、米をお供えして、

なにやら口の中でもごもごお経か呪文みたいなのを唱えてた。その後、

他の場所からいいとこを選んで、ジイサンはネギや大根を植えた。それから

15年も畑をやってたが、ある日山から戻ってこないんで、心配したオヤジが

見にいったら、あぜの中に倒れ、手に大根をつかんだまま事切れてたんだよ。


シークレット
すごく体の調子が悪くなったんだよ。肩がすごく重くて、いつも頭が痛い。

しかも息苦しい。ぜったい何か病気だろうと思って、会社を休んで病院で

検査を受けた。ところが異常らしい異常は見つからなかったんだな。

ただ頭部のレントゲンを見たベテランの医者が、
「ここじゃないところを紹介します。紹介状を書きますから、
騙されたと思って行ってみてください」
こう言ったんだ。でね、行った先が宗教施設のようなところでちょっと驚いた。
医者がそこの施設と結託して、信者を増やそうとしてるのかと思ったくらいだ。

紹介状を出すと出てきたのは40過ぎのオバハンで、巫女さんを派手にしたような

服装をしてたんだ。巫女オバハンと祭壇のある一室に入ったが、イスにかけるなり、

「これは極めてよくない霊障です。命にかかわりますぞ」って言われたんだ。


さすがにビビるだろ。これまでこの手のこととは縁のない人生を送ってきたし。
オバハンはさらに続けて、
「こっちも相応の準備をしてかからなければいけません。
それまで応急的に霊を避ける方策を今から教えますから」こう言って、
ある方法を指示されたんだが、それがじつにじつに意外なことだったんだよ。

あのほら、シークレットシューズってあるだろ。かかとのところに詰め物が

してあって、それを履くと背が高くなるやつ。あれを通販で買え言われたんだ。

それも3種類。家の中で履くやつ、会社の中で履くやつ、通勤なんかの外で

履くやつ・・・で、2日後からそれ履いて会社に出たもんだから、そうとう

変に思われたよ。だってもう見た目を気にする年じゃないし、背も平均以上ある。

それが急に10cm近く高くなったわけだからね。

さすがに霊能オバハンの指示だとも言えなくて、陰口言われるのをガマンしてたよ。

でもな、これを四六時中履くようになってから、なんとなく息苦しさは

改善してきたんだ。寝てるときは効果がない感じだったけどな。

やがて1週間くらいしてから、オバハンから「準備ができた」って連絡が来て、
もう一度その宗教施設に出向いた。そしたらでかい祭壇のある大広間に連れて

いかれ、そこの幹部や信者に囲まれて、3時間近い儀式があったんだよ。
でね、それが終わったら嘘みたいに体の調子がよくなった。ただね、スゴイ

金額のお布施を請求されたよ。「命が助かったんだから安いもんだ」ってわけだ。

・・・払ったよ、しかたなく。でね、最後にオバハンに聞いてみたんだ。「何で

シークレットシューズ履かなきゃなんなかったんだ」って。そしたらオバハンは

少し笑って、こともなげに、「あんたの後ろで霊が首を絞めてたから、少し高さを

ずらしたんだ。霊はそういう微調整は苦手だから」こんなふうに言ったんだよ。


英語
アメリカントラッドってわかるかな。ファッションだよ。

そういうのが好きでよく古着屋に通ってたんだ。でね、紺のカーコートを

買ったんだよ。メルトンの厚い生地で、腰までの長さがあるやつ。

でね、気に入ったんだけど、それ買ってからおかしなことが起きるようになった。
ぼーっとしてるときに、ふと気がつくと英語で一人言を言ってるんだよ。
いやいや、英語なんてぜんぜんできねえ。高卒だし、勉強大嫌いだったし。
でな、それだけじゃなく、寝言でも英語しゃべってたらしいんだ。
まあこれは自分じゃわからないが、同棲してる彼女がそう言うんだ。

寝てると急にイビキをかきはじめたと思うと、目をつぶったまま

上半身を起こして大きな声で叫び出す。それが英語に聞こえたって。

彼女のほうも英語なんてできねえから、意味はわからなかったそうだ。
 

ずっとおっかしいなーと思ってたんだよ。それから数日後、また寝てるときに

英語で叫び出し、目をつぶったまま起ち上がり、クローゼットから

カーコートを出して着込んだ。それだけじゃなくキッチンから包丁を持ち出し、

それを握りしめて外に出ていこうとしたんだそうだ。いや、自分じゃぜんぜん

覚えてねえ。そんときは彼女が止めようとしたのを暴れてふりほどいたから、

しかたなく後ろから頭をフライパンで叩いたらしいんだ。

それで目が覚めた。・・・まだ頭にコブがあるよ。でな、さすがに

ヤバイと思ってたら、彼女がつてを頼ってある宗教施設のことを聞いてきた。

バカ臭い気もしたけど、ちょっと洒落にならないとも思ってたから2人で

行ってみた。そしたら巫女の恰好をしたケバケバしいオバハンが出てきて、
カーコートのせいだろうから持ってこいって言った。

で、いったん戻って車で持ってって見せたら、ペタペタ貼ってたワッペンの

胸と背中とこを遠慮なく剥がしたんだよ。したら焦げたような穴が

あったんだよ。オバハンは、「裏地は取り替えてるようだけど、これ銃撃の

穴だから。着てた外人さんが、日本に来てしまってるのもわからず復讐しようと

してるんだね」そう言って、祭壇のあるとこに連れてかれた。大勢の信者が出て

きて、コートを祭壇に置いて儀式が始まったんだ。いや、俺からしたらうさん

くさいとしか言いようがなかったが、神妙にしてたよ。儀式のお経?の声が一番

高まったときに、コートからふーっと人の姿が宙に現れた。大男の黒人に見えたな。

で、そいつはあたりを見回して一瞬驚いた顔をしたが、両手を組んで目を閉じ、

そのまま天井をつきぬけて空に昇ってったんだよ。お布施はそんなに

高くなかったよ。カーコートは施設に預けたから無駄金になったが、

まあしかたねえ。こんな話なんだ。あんたらも古着は気をつけたほうがいいぜ。