始まりは3週間前くらいになります。その日、2つショックな出来事が

ありました。一つは部活の先輩とトラブルを起こしてしまったことです。
私は高校の陸上部に所属してるんですが、今年初めてリレーのメンバーに選ばれ、
練習の後に補欠に落とされた3年の先輩から言いがかりをつけられたんです。
そのとき腕をつかまれ、右ヒジの内側にちょっとした引っ掻き傷ができました。
まわりがとりなしてくれたのでそれ以上のことは起きませんでしたが、
嫌がらせはこれからもあるだろうと思い、かなり滅入った気分でした。
2つ目はその日の帰り道です。7時半頃でしょうか、友だちと別れてひとりで
商店街を歩いていました。ここは日中からシャッターが閉まってるとこも
多いんですが、人通りが絶えることはなく、危険な感じを持ったことは
ありませんでした。ところがアーケードの下を歩いていると、


突然店と店の細い隙間にバックを持った右手を引っぱり込まれたんです。
「痛い!やめてっ」と叫び声をあげながら隙間の中を見ると、
私の腕をつかんでいるのは外国人だと思いました・・・最近街なかに
多くなってきた中東の人。とても痩せた若い男だと思いました。
もう一度叫び声をあげようとしましたが、その人は私のヒジを両手で強く握ると、
私と体の位置を入れ替えるようにして道に出て、手を離して街路を
駆け去っていきました。つかまれた腕は少しだけ青くアザに
なっていましたが、たいしたことはないと思いました。私は携帯で家に連絡し、
母が警察に通報してから途中まで迎えにきてくれました。
その後しばらくして、警官が家に来て事情を聞いていきました。
診断書を出すかどうか尋ねられましたが、そのときはケガをしているとは


思わなかったんです。暗がりでしたので、男の顔はもう一度見てわかる
自信はありませんでした。こんなことがあったためとにかくショックで、
部活中のトラブルのことで友だちからメールがいくつもきてたんですが、
ベッドで返事を打っているうちに寝てしまいました。
夢を見ました。灰色の空の下の乾いた荒野に自分は立っていました。
日本の風景とは思えないようなところです。
砂の中に半ば埋まるようにしてあまり大きくはない木の箱がありました。
その箱は上部が開いていて、中には地面と違う赤っぽい土が入っています。
私はその上にしゃがみ込んで、右手を真っすぐに伸ばして、
左手でヒジの内側をもむようにしています。すると、先輩に引っ掻かれた
爪の跡から、たらたらと白い液体が箱の中に流れ落ちていくんです。


私のまわりにはフードで顔を隠した背の高い人が何人も立っていて、
私のやっていることを励ますような感じで、ウンウンと頷いているんです。
そこで腕に激痛がして目が覚めました。
まだ6時前でした。寝ている間に寝返りをうったらしく右腕が
下になっていましたが、そのせいだけではない強い痛みを感じました。
電気をつけて見ると、ヒジが赤紫色になって腫れ上がっていました。
起きていって親に言うと、その日は学校を休ませられ、
整形外科に連れて行かれました。陸上で行きつけの病院の先生から、
骨や筋肉には異常はなく、雑菌が入ったのだろうと言われ、
消毒をされ、化膿止めの薬をもらいました。腕を下に下げるとズキズキ痛む
と言ったら、先生は何を大げさなという顔をして三角巾で吊ってくれました。


その日は家でぼんやりと過ごしていたんですが、夜にまた夢を見ました。
昨日の続きでした。やはり荒野にいて数人のフードの人に囲まれて
箱の上に腕の膿?を絞っています。夢の中では、当然かもしれませんが
痛みはありません。箱の赤土は昨夜より盛り上がってきていて、
中から白い膜のようなものが見えてきていました。
そのとき「キャウ、キャウン」と犬の鳴き声が聞こえてきました。
私の家で飼っているエスの声だと思いました。エスは小型の雑種犬です。
まわりを囲んでいる一人が、長いマントのような服の下からつかみ出したのは、
やっぱりエスです。泣き叫ぶエスを箱の上まで持ってくると、
ナイフを取り出してエスの喉を掻き切りました。
大量の血が吹き出し、箱の上にかかって私の腕の膿と混ざりました。

そのときは何でかわかりませんが、エスが殺されるのを止めようとか、
悲しいとか思わなかったんです。早く箱の中のものが育てばいい、
それしか頭の中になかったと思います。ここらへんで記憶が途切れ、
やはり腕の痛みで目が覚めました。昨日と同じような時間でした。
巻いていた包帯がはちきれそうなほど腕が腫れ上がっていました。
・・・昨日病院で、しばらく来なくてもいいと言われていましたが、
あまりにも腫れと痛みがひどいので、その日も休んで母親と行きました。
先生は腕の様子を見てひじょうに驚き、中の膿を出すため切開手術も
考えると言いました。痛み止めと化膿止めの注射を打たれ、
家に戻るとエスが死んでいたんです。朝は弟と散歩に行ったんですが、
特に変わった様子はなかったそうです。それが、気がつくと、


口からよだれを垂らして死んでいたんです。・・・体に傷はありませんでした。
夢の中とは違って悲しかったし、エスの死が私と関係があるというか・・・
私のせいなんじゃないかと思いました。でも、夢の話は家族には
しませんでした。言ってはいけないことのような気がしたんです。
その夜、また同じ夢の続きを見ました。箱の土からは、青白い卵の
ようなものがせり出していました。卵は半透明でふよふよしていて、
中で胎児のようなものが動いているのが見えました。
その上に私の腫れた腕から膿を絞りかけるんですが、
もう土にはかからず、直接卵に染み込んでいくようでした。
夢の中でかなり長い時間と感じるほど膿を絞り続けていると、
まわりの人たちが声を揃えて何か叫びました。

英語ではない外国の言葉ですが、なぜか「産まれる」と言っているのだと
わかりました。それを聞いて私もとても嬉しい気持ちになりました。
卵はいよいよ膨らみ・・・ブッという音とともに表面がはじけました。
そのとき腕に信じられないような痛みが走り、私は絶叫しました。
家族全員が起きて私の部屋にくるほど、大きな声で長い間
叫び続けていました。腫れた腕が包帯ごと裂けて、
シーツがオレンジ色に近い液体で広範囲に汚れていました。
でも、あれほどひどかった痛みはなく、少しむず痒いくらいでした。
腕をバスタオルでぐるぐる巻きにし、父が運転し救急病院に
連れていかれました。当直の先生が診てくれましたが、腕が裂けた
といっても皮膚だけで、縫ったりする必要もない、筋肉にはまったく


影響ないとのことでした。実際、腕は曲がるし、指も普通に動いたんです。
専門ではないのではっきりしないが、皮膚が破けて、その下に溜まっていた
水が出たのだろうと言ってました。その日も休むことになりました。
血がマットレスにまで染み込んでいたので敷布団に変えて寝ましたが、
部屋のカーテンの下の部分がオレンジ色に汚れているのに気がつきました。
なぜか窓の鍵が開いていて、サッシのへりとトタン屋根にも点々と
染みがついていました。何かが鍵を開け、そこから出て行ったようでした。
私は翌日から学校に出ました。大事をとって部活は休みましたが、
その夜遅く、恐ろしい知らせを友だちからメールで受けました。
詳しい事情はわからないが、私とトラブルになっていた3年生の先輩が
何者かに殺されたようだという内容でした。次の日学校にいくと、


たいへんな騒ぎになっていました。先輩は部活の帰りに、
私と同じようにビルの隙間に引っ張り込まれ、首を絞められたのだそうです。
全校集会があり、学校の前の道路は報道陣でごったがえし、
心が休まらない日が続きました。事件があった学校の陸上部ということで、
嫌な注目のされかたをして、大会が近づいても練習に身が入らず、
リレーと個人の短距離に出場しましたが、
自己ベストには遠く及ばない結果でした。・・・これで話を終わります。

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