僕、木村といいまして、I Tプログラム制作会社の社員です。毎日毎日
コンピュータの打ち込みが何時間も続く、まさにI T奴隷という
言葉がぴったりの仕事なんです。そんな僕でも、いくらか昇給が
ありまして、これを機会に少しは職場に近いとこに部屋を移りたいって
考えたんですよ。朝、1分でも多く寝ていたいと思って。でも、
職場に近いってことは、それだけ都心に出てくるわけだし、その分
家賃が高くなって無理じゃないかとも思ってたんです。それでも、
ダメ元で不動産屋に出かけてみました。そしたら、物件のどれもが、
1kの部屋でも6万以上だったんです。こりゃダメだ。とても手が出せない
と思ったんですが、いちおう「これ、もっと安いところはないですか?」
って聞いてみたんです。「安いって、どれくらい?」 「できれば5万

くらいで・・・」不動産屋の担当者は下を向いてしばらく考えていましたが、
「まあ、ないこともないんですが・・・」と言い、「お客様が気になさらない
んだったら」とつけ加えた。僕は、ははあと思い、「それ、もしかして
事故物件、曰くつき物件ってやつですか? 告知義務のある」 「まあ、
そうなんです。そういうことをご存知なら話が早い」 「いや、僕は
ぜんぜん気にしませんよ。この世に幽霊がいるなんて思ってませんし、
少しでも家賃が安くなってくれるならありがたいですよ」 「ああ、
そう言ってくださるとありがたいです。じつは、なかなかこの物件、
借り手がつかなくて困ってたんです。大家の人にもせかされてるし」
「で、どんなことがあったんです。自殺ですか? それとも孤独死?」
そう聞くと不動産屋は「察しが早いですね。自殺です。それも

その部屋の中で首をくくったんです。ほら、ロフトがあったでしょう。
あそこにロープをかけて」まあ、そのくらいでは驚きませんでした。
「で、それはどんな人だったんですか?」 「えー4年前の話で
そのとき私は担当じゃなかったんですが・・・ああ、備考欄に書いて
あります。藤川京子さん、女子大の4年生。どうやらホストクラブに
通ってたみたいで、そこのホストに入れあげたもののお金が続かなく
なってということみたいです」 「はあ、そうですか」その名前に
聞き覚えはありませんでした。それで、契約することに決めたんです。
家賃は5万円、僕が入居してる間は値上げはなし、敷金・礼金なし
って条件でした。まあ、そこらの相場よりは1万5千は安いです。
で、さっそく引っ越しをしました。部屋は築11年でまだまだ新しく、

エアコンと固定電話、ネット回線がついてたんです。今までスマホで
用を済ませてたので、固定電話を持つのは始めてでした。でね、引っ越して
から1ヶ月が過ぎたんですが、おかしなことはまったくなかったんです。
僕がいない間に物が動いたとか、視界の端に黒い影が見えるとか、
悪夢を見るとか、気力や食欲が出ないといった事故物件あるあるは、いっさい
ありませんでした。まあ幽霊なんて信じてなかったので、それが当然だと
思ってましたし、もうけたなと考えていたんです・・・で、それがあったのは
引っ越してから2ヶ月目に入って、部屋にもすっかり慣れた頃だったんです。
その日、僕は夜遅く10時過ぎに退社し、まずは風呂に入って、
その後に缶ビールを飲みながらネットを見ていたんです。そしたら、
急に固定電話が鳴りました。突然のことで驚きました。会社には新しい

電話番号は申し出てましたが、もう誰もいないはず。会社以外で固定電話に
かかってきたのは始めてでした。時刻は12時近かったので、何かのセールスでも
ないだろうし、出てみると暗い感じの男の声で、「・・・藤川さん、いますか?]
という」ものだったんです。すぐにこれは間違いだと思ったんで、
「いや、違います。木村といいます」と答えました。すると相手は少し黙って
から「そちらの番号、○○○○じゃないんですか?」と聞いてきたので、
「番号は合ってますが、前の住人じゃないですかね。僕、2ヶ月前にこの部屋に
引っ越してきたばかりで」そう言うと押し黙って、そのまま電話は切れたんです。
でね、受話器を置いたとき、なんでもない会話だったのに、すごく嫌な気分に
なったんですよ。どうしてなのか、そのときにはわかりませんでした。
で、1時を過ぎたんで、明日も仕事なので寝ることにしたんです。

そして夢を見たんですよ。夢の中で僕は子どもだったと思いました。大人より
少し背が小さかったから、小学校高学年か、中学校の頃。で、何をしてたかと
いうとお神輿を担いでたんです。僕の実家は茨城県の田舎なんですが、
そのときのお祭りの夢だと思いました。僕は高校卒業までそっちにいて、
中2のときまでお祭りでお神輿を担いでたんです。その場面がそのまま
夢に出てきた・・・でも、なんでそんな昔のことを夢に見たのかはわかりません
でした。ただ、目が覚めたときには汗びっしょりで、すごく怖かったんです。
まったく怖いシーンはなかったのに。飛び起きてシャワーを浴び、それから
出勤したんです。どうしてそんな夢を見たのかはわかりませんでした。
郷里の実家を離れてから、もう10年はたってるんです。で、またしばらく
何も起きない日々が続きました。その夢も見ることはなかったんです。

ただ・・・心の底になんとなく引っかかるものはありましたけど。
でね、もう秋も深くなった夜です。その日は早く帰ってきたんですが、
たまってた仕事をやってたんです。えんえんと続くコンピュータの打ち込み。
夜中の12時を過ぎたので、もう止めようと思っていたとき、また固定電話が
鳴ったんですよ。出てみると男の声、名前は名乗りませんでした。暗い声で、

「俺だよ。黒崎だ。京子はその部屋にいるんだろう。今日が命日だからな。

あんた悪いが京子に伝えてくれ、悪かったって」それだけ言って電話は切れた

んです。これ、意味がわからないですよね。京子なんて知り合いはいないし、

ましてこの部屋にいるはずはない・・ただ、あの声には聞き覚えがある。

前にもかかってきたんじゃないか・・それでふっと後ろを向いたとき、見ちゃっ

たんです。誰もいないはずの部屋のロフトの梁に人がぶら下がっているのを。

黄色のパジャマ姿の若い女性でした。顔は赤黒く、口の端から血とよだれが
こぼれてました。「うわわわっ!」僕はイスからずり落ち、その場にへたり
混んでしまいました。女性の体は誰かが揺らしたわけでもないのに左右に
ブラブラ揺れ、首を吊ったばかりだったのかもしれません。なんとか立って
逃げ出そうとしたとき、さらに驚くべきことが起こったんです。白目を剥いて
いた女の顔が、急に女の子の顔に変わり、身長も縮んだんです。女の子は鉢巻を

していました。ええ、首を吊った状態はそのままで、子どもから女に変わり、

また子どもになって、そして消えたんです。もう心臓が爆発しそうでした。その

夜は部屋にいられず、24時間営業のファミレスで時間をつぶしたんです。翌朝

部屋に戻ったときもおっかなびっくりでしたが、部屋の中には何もなく、朝の光が

差し込んでいるだけでした。あれは何だったんだろう・・・手がかりはありました。

まずは首吊り、この部屋では前の住人が自殺しているはずだ。たしか藤川
とか言ってたような。不動産屋に電話して確かめたらやっぱりそうでした。
それと、女の顔と交互に現れた女の子の顔、見覚えがあったんです。それに
豊作祈願と書かれた鉢巻も。そう、郷里の神社のお祭のときに配られたもので、
僕も巻いたことがあります。でね、実家の母に電話したら、そのお祭りに僕と
同時期に参加してた女の子がいたんです。近所に住む子でしたが、小学校の学年で
2つ下、名前も藤川京子で、もう亡くなったと聞いてると母は言ってました。
両親はとうに引っ越されてるそうでした・・・あとは黒崎です。つてを頼って
調べたらどうやらホストクラブに勤めてたみたいで、藤川京子が入れあげた
ホストがそいつだったのかもしれません。でね、黒崎はいまだ行方不明
なんです。2年前、藤川京子の自殺から2年後に突如行方知れずになった・・・

当時の仲間は、ヤバい金に手を出して、もうすでに消されてるんじゃないかって
言ってましたね。もしそうだとすれば、あの電話は死者からかかってきたもの
なんだろうか。たしかに、後で調べたときには着信履歴はなかった・・・
これ、どう思います? 死者から電話がかかってきて、それに反応してもう一人

の死者が現れた。しかもその人は、子どもの頃に俺と同時期にお祭りに参加して

お神輿を担いでいた・・・そうとしか考えられないですよね。これ、幽霊はいる

ってことなんでしょうか。黒崎はろくなやつじゃなかったようだから、地獄からでも

電話をかけてきたのか・・・ここまでわかった以上、もうその部屋にはいられません

よね。それで、金銭面では好条件だったんですが、また引っ越しをせざるを

えなかったんです。それにしても、幽霊はいるんですね。今まで見たことが

なかったのは、自分とかかわりが薄かっただけなのかもしれません。