えーわたしが子どもの頃の話ですから、もう何十年も前のことですよ。
昭和の40年代ですな。当時は田舎に住んでおりまして、

どれほどのところかと言いますと、町の真ん中に一本国道が通っておりまして、
信号機というのはそこに何カ所かしかなかったんです。
鉄道の駅はありませんでしたので、
町の中心がどこかというのもわからないような有り様で。
あえて言えば、役場のあったあたりなんでしょうなあ。
・・・いや、すみません。昔話はこのくらいにします。
で、小学生当時、学校の行き帰りにその国道を通るのが楽しかったんです。
ガソリンスタンドやドライブインもありましたし、
町の中では唯一のハイカラな場所というかね。


いや、田んぼ中の農道を通っても学校へ行くことはできたんですが、
あえて、遠回りしていたんですよ。
その国道で、交通事故がありました。わたしが小学校4年のときです。
これも町では珍しい話で、夜半に軽自動車がひとりでひっくり返って、
用水路に転落したということでした。いわゆる自損事故ですね。
運転していたのは農協職員の青年で、即死だったいうことです。
その話を朝に聞いて、ワクワクしながら国道を通ったんですよ。
でも、残念ながらというか、事故車両は片づけられていたんです。

それでも現場はすぐにわかりました。道路脇のガードレールが

折れ曲がったところに、真新しい花束が供えられてあったんです。

それを見たときには、ああここで亡くなった人がいたんだなと思って、


心臓がドキドキしました。怖いというわけじゃなかったですが。
そのガードレールから、車が落ちたあたりの水路をのぞき込んでみました。
泥が草の上に飛び散って乾いていましたし、
プラスチックの破片のようなのがたくさん落ちていたんです。
ますます心臓がドキドキして・・・
そのとき、少し離れた田んぼの畦の上に変なものを見つけたんです。
高さ30cmほどの石積みでした。
線路にあるような角のある石を積み上げて小山にしてあり、
てっぺんに小さな旗のようなのが突き立っていたんです。
ちょうど、お子様ランチの旗のような感じでした。
おかしなものがあるなあ、と思って畦に下りてみたんです。

 

何か意味があるものなのだろうと思って、崩さないように顔を

近づけてみましたら、黒い旗に、白い点がいくつも打ってあったんです。

当時は何だかわかりませんでしたが、その形は記憶に残っています。
北斗七星ですね。あの形に点を打って直線で結んだものだったと思います。

登校の途中でしたので、そのときはそれ以上見ているわけには

いきませんでした。それで、帰りがけにもう一度そこを通ったら、

花束などはそのままでしたけれど、朝に見た石積みはなくなっていたんですよ。
まあ、そのときはそれほど気にかけたわけでもありません。
事故と関係があるかもわからなかったし。で、それから2年後です。

その国道でまた事故があったんです。このときも自損の死亡事故で、
近所の農家の爺さんが軽トラで電柱に突っ込んだんです。
 

その人はうちの家族もよく知っていましたので、父親が葬式に

行ったはずです。いや、2年前のとは場所は違っていました。

でもね、6年生になっていたわたしが現場を通ったときに、
前のとまったく同じ形をした石積みを見つけたんですよ。

やはり現場下の田んぼの畦の上でした。三角山に石が積まれていて、

黒い旗に北斗七星が描かれたものが立っていました。もしこれが

現在だったらねえ、携帯で写真などを撮ることができたんでしょうが、

当時ではどうすることもできませんでしたからねえ。

ただ、その石積みと事故が何かの関係があるんじゃないか、ということは

想像できたんです。その石は、やはり次に見たときはなくなってました。

また2年たってですね。わたしは中2になっていました。


中学校は小学校の裏山の小高いところにあって、同じ道を通ってたんです。
夏休みに入る直前の時期でしたね。
わたしは剣道部に入ってて毎日帰りが遅かったんですが、
その日は顧問の先生が出張で、部活がなかったんです。

だから4時過ぎくらいにぶらぶら国道を歩いてたんですよ。その時間帯は、

通る車もほとんどなくて一面の田んぼにも人の姿は見えませんでした。

短い橋を渡ったときに、下を流れる用水の土手に人の姿が見えたんです。

婆さんでした。・・・その頃の年寄り、特に婆さんはほとんど

着物を着ていまして、煮染めような色の地味な着物です。

そういうのを着た婆さんが4人、土手の上に立ったりしゃがんだり

していたんです。何をしているんだろうと思って見下ろすと、

 

一人の婆さんが前掛けから石を一個出して土手に置きました。
土手には前に見たあの石積みが半分ほどできあがっていたんです。
石を置いた婆さんは、おかしな形に手を組み合わせて、
歯のない口でナムナムと何かを唱えたようでした。
そしてまた、次の婆さんが石を置いて・・・
いや、一度も見たことのない婆さんたちでしたね。
どの人も真っ白な頭をひっつめ髪にして、よく似ていました。
石積みはだんだんできてきて、最後に一人の婆さんがあの黒い旗を上に立てて、
4人がお遊戯でもするみたいに手をつないで、石積みの周りを回ったんです。
石積みの上に黒いかげろうのようなものができて、ゆらめき始めました。
それを見た途端、ズーンという感じで胃が重くなったんです。


何か、見てはけないものを見てしまったという感じがしました。
それで、そろそろと後じさりして帰ろうとしたんです。
そしたら婆さんの一人が顔を上げ、わたしと目があったんです。
婆さんは「おや、お前は下郷の○○の家のわらしだな」と言いました。

もう一人の婆さんが、「見たなら見たでよい。お前の親父は

 分不相応に車を買ったそうじゃないか」こう続け、

また別の婆さんが「今晩は外に出すな、外に出すと知らんぞ」と、
奇妙な節をつけて言ったんです。
何のことかわかりませんでしたが、私は「はい」と答えて、
そのまま後ろを向いて走り出したんです。
背後で婆さんたちが笑い合う声が聞こえてました。


その晩です。会社から帰ってきてた父親が、「碁を打ちにいってくる」

と出かけようとしたんです。父親は酒を飲まないので、

車で出かけようとしました。もしかしたら知り合いに買ったばかりの新車を、

見せびらかしに行こうとしてたのかもしれません。わたしは、さきほど

婆さんの一人が「今晩は外に出すな」と言ってたことを思い出し、

父親を止めたんです。婆さんたちのことは話しませんでした。
ただ「嫌なことが起こりそうな気がするから、出ないでくれ」って、それだけ。
父親は奇妙な顔をしていましたが、必死に頼み込むと、
「お前がそうまで言うんなら、今晩はやめとく」こう答えて、
寝転がってテレビを見始めました。・・・もう。おわかりだと思います。

その夜にまた国道で事故があったんです。これもやはり自損事故で、

 

亡くなったのは当時では珍しい女性のドライバーでした。
隣の市で看護師をしている人が、橋の欄干を倒して車ごと下に落ちたんです。
ええ、わたしが婆さんたちが石積みをしているのを見かけたあの短い橋です。

見晴らしのいいところだし、いくら夜でも運転を誤るような

とこじゃないんですよ・・・これで終わります。


『太一信仰』  七人ミサキは北斗七星信仰と関係があります
太一2