こないだ成人式のあった日のことっス。いや、成人の日は月曜だったっしょ。
俺らのところでは、前日の日曜に式をやったんス。帰るのに都合がいいからっしょ。
その夜っスね。高校の同期のやつ2人と居酒屋で飲んでたんスよ。
ね、馬鹿な話だと思うっしょ。夕方から中学の同窓会もあったのに、
最後、男ばっかになるんスから。俺ともう一人のやつは大阪の
仕事から帰省してきてて、あと一人は地元で就職してるやつっス。
でね、高校当時の思い出話になって、あの頃よく心霊スポットとか行ったなーって。
俺ら運動部じゃなかったし、そういうオカルトみたいなのが好きで気が

合ったんスね。つるんで心霊スポット、廃墟とかトンネルとかによく出かけたんス。
誰も勉強とかしてなかったし。いや、ほとんどのところは何もなかったっスよ。
夜だとおどろおどろしい雰囲気はあるっスけど、まあそんだけ・・・

ただね、1ヶ所だけ、どうにも腑に落ちない体験をしたんス。
居酒屋でもその話になって。場所は市内の外れにある農家っス。
もともとは郡部だったとこだけど、町村合併で市に編入された地域で、
典型的な田舎の農家。日本間がいくつも並んでる、だだっ広い平屋なんスよ。
その一ヶ所だけ、奇妙な体験をしたんスね。居酒屋に集まった3人と、
もう一人小林ってやつとで高3の夏休みに行ったんスが、
たくさん並んだ和室の最奥の間に入ろうとしたところで、
何か変なことがあってみな一斉に逃げ出したんス。ところがね、
何で逃げ出したのか誰も覚えてなかったんスよ。まあね、
心霊スポットに夜に行けば、ちょっとしたことで逃げたりはするっス。
誰かがふざけて大声上げただけでビビって逃げ出すってよくあるっしょ。

でも、そういうわけでもなかったんス。俺らあちこち行って、かなり

慣れてたっスから。「そういえば不思議だよな、何であんとき逃げ出したんだっけ」
「ああ、そうだよな。あんなパニクったのはあそこだけだったよな」
「アレだろ、奥の部屋のフスマを開けたとたん、ネコが飛び出して
きたんじゃなかったか」 「ネコ-?、違うだろ、ネコとか見た覚えはねえ」
「小林じゃねえか。あいつが何かに驚いて後ろ向いて走り出したから、
俺らもつられて」 「いや、やっぱ奥の部屋で何か見た気がするんだけどな」
「そういえば小林のやつどうしてるんだ。今日の式で顔見なかったが」
「うーん俺はずっと地元にいるけど、ほとんど噂きかないな。
家の仕事手伝ってるんじゃないか」  「たしか和紙づくりの工場だったな」
「あいつ、あの農家に行った後から何となく俺らを避けるような感じだったよな」

「どうだ、これから行って確かめてみないか。お前ら明日も休みだろ」
「えー遠いし、外は寒いぜ」 「俺、酒飲めないから飲んでないし、
そこの駐車場に車あるから行くんなら15分くらいだ」 「まだあの家あるんか?」
「たしかあるはずだ」  「本気かよ。準備も何もないぜ」
「あの頃だってべつに木刀とか持ってったわけじゃねえだろ。写真は携帯で
撮ればいいし、懐中電灯はコンビニで500円も出せば買える」
「いや、でもなあ」 「怖いのかよ。俺はさっきからの話で、
あの奥の部屋、もう一回見たくなってきた」こんな具合で、その農家に
再訪することになっちゃったんス。時間は11時過ぎたあたり。でもねえ、
変だと思うっスよね。いくら酒飲んでても、あぶれて男だけになったとしても、
こんな話になるなんて。もうすでに何かに操られてたんかもしれないっス。

コンビニで安い懐中電灯を買って、石橋ってやつの車で本当に
農家まで行ったんス。街はね、成人式の余韻で賑わってて、パトカーも
あちこち出てたっスけど、旧市街から外れると通る車もほとんどなかったっス。
「なあ、奥の間を見たらすぐに戻ろうぜ」
「ああ、そうしようぜ。庭先に車つけれるから、5分で戻ってこれるだろ」
でね、その農家は外灯もまばらな道の先の山の陰に黒々とあったんス。
「前と変わんないな」  「そりゃそうだろ」
「でもよ、こういう家ってガラスは割られても、あんまラクガキとかしないよな。
トンネルとかコンクリの建物はすぐラクガキだらけになんのに」
「そりゃやっぱ、生活感が残ってるからじゃないか」こんな会話をしながら、
前と同じように、外れた表戸をずらして中に入ったんス。

戸のすぐは土間になってる、昔風っていうか本格的な農家で、
藁とか薪が積まれてあるんで、住む人がいなくなったのはかなり前だと思うっス。
で、畳の座敷に土足で上がって、最初の部屋が囲炉裏の切られた居間。
その後に3部屋あって、突きあたりが奥の間なんス。で、部屋の全部の外側に
長い廊下が通ってるんス。シーンとして何の音もしなかったっス。
「おい、変だと思わねえか」  「何が?」 「ここ、前に俺らが来たし、
それ以外にも心霊スポットってことで見に来てるやつがいるだろ」 「そっか、
じゃあ何でフスマ閉まってるんだ?」  「定期的に持ち主が管理しにきてるとか」
「こんなボロ屋をか?これだと解体して土地売るしかできねえだろ」
「でもよう、こういう古民家って最近人気あるんじゃなかったか」
「昔来たときより怖くねえな」  「そりゃ、もう高校生じゃねえから」
前よりホコリは積もってたけど、目に見えて痛んでるってほどでもなかったっス。

次々フスマを開けて奥の部屋の前まで行ったんス。やっぱフスマは
閉まってたっス。「ここで俺ら、叫びながら逃げ出したんだよな」
「お前正面にいて、懐中電灯、両手に2つ持って中を照らせ。
俺ら両側からいっせいのでフスマ開けるから」  「いっせいの」
懐中電灯の光が差し込んで、畳から宙に浮いた人の足が照らし出されたんス。
「うわー」 「ああああ」叫びはしたものの、一瞬体が固まって動かなかったっス。
足はくるりと一回転し、どさっと下に落ちてきたんス。その顔がちょうどこっちを
向いて、白目をむいてましたが、小林の顔だと思ったっス。「わー」全員が
わめきながら走りだし、車に戻ってさらに逃げたんスよ、とにかく明るいほうに。
その足で派出所に駆け込んで、いた年配の警官に事情を話したっス。
でね、自殺かもしれないって、パトカーに先導されて農家に戻ることになったっス。

・・・結果から言うと、奥の間には何もなかったんス。
畳一面にホコリが溜まってて、しばらく誰も足を踏み入れた形跡はなし。
ね、変な話っしょ。俺ら全員が同じものを確かに見てるのにねえ。
派出所に戻ってこってり油を絞られたっス、不法侵入にあたるってね。
でもまあ、成人式の後だって言ったら、実家に電話されるだけで
勘弁してもらえたっス。仕事のほうに連絡が行ったらヤバかったっしょうね。
いや、もうこりごりっス。二度とあんなまねをするつもりは・・・
ま、これで話は終わりなんスが、やっぱ腑に落ちないっしょ。
それは俺らも同んなじっス。でね、この2日後、小林に会いに行ったんスよ。
いやいや、ちゃんと生きてました。けっこう元気そうで、職人ぽくなってたっス。

あの農家にもう一度行ったことを話すと、小林は嫌な顔をして、
「ああ、あそこか。俺を誘わないでくれてよかったよ。
「あそこに足を踏み入れると、俺死ぬから」って。 「どうして?」
「どうしてもだよ。わかるんだ。だからあの後、あんまりお前らと
話しなくなったろ」これだけ言い残して、さっさと工場に戻ってちゃったんス。
え、最初のときに奥の部屋で何を見たのか思い出したかって?
・・・思い出したっス。今回といっしょっスね。フスマを開けたとたんに
見えたのは、上からぶら下がった人の足だったんス。
体は落ちてこなかったし、顔も見えなかったけど。不思議っスよねえ、
見たこともそうだけど、どうして全員が見たもんを忘れちゃったのか・・・
小林もあれを見て、しかも俺らと違っても覚えてたんだとしたら、
行きたくないって言うのはわかるっスよ。