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今回はこういうお題でいきます。みなさん、浦島太郎はご存知でしょう。
「昔々、浦島は、たすけた亀に連れられて~」の童謡も聞かれたことがあると
思います。ただ、現在知られている浦島太郎の物語は中世にできたもので、
最初の頃の話とは、かなり形が変わっているんです。

書物として残っているものでは、8世紀に成立した『丹後国風土記』、
『日本書紀』 『万葉集』などに登場しますが、
ここでは太郎ではなく、「浦島子 うらのしまこ」という名前になっています。
また、亀に連れられて行く場所も、竜宮城ではなく「蓬山(蓬莱山)」です。

横山大観『蓬莱山』
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また、民話としての構成要素も違っています。まずは『丹後国風土記』の
話を見てみましょう。容姿端麗で評判の若者、浦島子は小舟に乗り釣りに

出ましたが、三日三晩まったく魚が釣れず、五色の亀だけが手に入りました。
そのうち、亀はたとえようもなく美しい女性の姿に変わります。

女は、自分は「天上の仙人の家のものです」と名乗り、浦島子に眠るように

言います。島子が目覚めると、大きな島(蓬莱山)に行き着いていました。
そこには壮麗な宮殿があり、女の両親や兄弟も出てきて島子を歓待します。
島子は女と夫婦になり、3年の月日がたちますが、島子はだんだんに、
郷里に残してきた父母のことが心配になり始めました。

浦島伝説の残る京丹後市の嶋児神社
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そこで、いったん故郷へ帰りたいと申し出ると、女は別れを悲しみながらも、
玉匣(たまくしげ)を渡し、「ここに戻ってくる気なら、これを開けては

なりません」と言います。故郷に帰り着いた島子ですが、父母の家はなく、
あたりの様子が変わっていたので、郷の者に聞くと、浦島子は数百年の

昔に海に出たまま帰らなかった、ということになっていました。

悲しみのあまり島子が玉匣を開くと、何か美しい姿が雲をともない
天上に飛び去っていきました。そこで島子は女性と再会できなくなったことを
悟ったのでした・・・・ざっと、こういう内容なんですね。
話の骨格がずいぶん異なっていることがわかります。

まず、最も大きな違いは、「動物報恩譚」ではないということです。
動物報恩譚というのは、「鶴の恩返し」などに見られるように、
主人公によって助けられた動物が、何かの恩返しをするものですが、
その要素がすっぱり抜けています。

動物報恩譚「白鶴」
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ここでは、女性は、美しい若者である島子の評判を聞いて、自分から亀に

姿を変え、島子に会いに来たんですね。男女の恋の物語だったわけです。
それから、2つめの大きな違いは、島子が行った先が、
海の中にある竜宮城ではなく、天にそびえ立つ蓬莱山だったこと。

つまりこれ、中国的な神仙譚なんです。仙界は人間界に比べて時間の流れが遅く、
1年が100年にあたるとされます。ただし、浦島太郎の物語では、
玉手箱を開けた太郎はおじいさんになってしまいますが、
ここでは、そうは描かれていません。「見るなのタブー」を破った島子は、
二度と仙界に戻れず、女性に会えなくなって終わるんですね。

さて、ここで古代の丹後国について考えてみましょう。
丹後地方(現在の京都府京丹後市辺り)には、大きな墳丘墓がいくつもあり、
鉄の出土量がたいへんに多いんです。また、ガラス製品の生産が盛んで、
全国の弥生時代のガラス製玉のほぼ10分の1が丹後から出土しています。

 



このことから、弥生時代から古墳時代前期のこの地には、
ヤマト王権や吉備国などと並ぶ「丹後王朝」があったとする説があります。
これはまず間違いないと思われ、研究者によっては、
邪馬台国の女王卑弥呼は、丹後国から擁立されたという説も出されているんです。

そのことはいずれ書きたいと思っていますが、古代の丹後国は、
独自に大陸との交易ルートを持っていたのは確実です。
丹後国からは、ガラス製の腕輪「釧 くしろ」(下図)が出土していますが、
これは中国製のカリ(珪酸塩)ガラスと見られます。つまり、丹後国は、
古い時代から中国の神仙思想を受け入れる下地があったんですね。

京都府与謝野町 大風呂1号墓出土「ガラス釧」 2世紀後半か?
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それがどうして、蓬莱山から竜宮城に変わってしまったのか。
竜宮城で思い出されるのは、日本神話の「海幸彦・山幸彦」の話です。
兄の海幸彦にイジワルをされ、失くした釣針を探しに海にもぐった山幸彦は、
海神の娘、豊玉姫と結婚し、竜宮城で3年を過ごします。
ちなみに、この豊玉姫は神武天皇の祖母にあたります。

その後、山幸彦は地上へ帰らねばならず、姫から霊力のある玉をもらって、
その力で兄の海幸彦をこらしめることになります。
この話は日向神話とも呼ばれ、現在の宮崎県で、南方と交易していた
隼人族の間で伝わっていたものと考えられています。

さてさて、ということで、丹後国に伝わった中国北方系の神仙思想と、
日向国に伝わった南方系の竜神神話が中世までに合体したものが、
現在知られている浦島太郎の物語なんですね。
では、今回はこのへんで。

青木繁『わたつみのいろこの宮』部分 竜宮に降り立つ山幸彦
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