今回はこういうお題でいきますが、「幽霊」について
歴史的にきちんと考察された本って、ほとんどないんですよね。
それだけ、いろんな概念を含んだ難しいテーマなんだと思います。
さて、何で7月26日が幽霊の日かというと、1825年(文政8年)
7月26日、江戸の中村座にて、四代目鶴屋南北作の『東海道四谷怪談』
が初演されたことを記念してのものです。これはもちろん旧暦の話です。
じゃあ、誰がこの日を幽霊の日と定めたのか?これがいくらネットを
調べても出てきません。歌舞伎関係者なんでしょうか?
ご存知の方がおられましたら、ご教示いただければ幸いです。
どこから書いていきましょうかねえ。まず「幽霊」という言葉ですが、
これはそんなに古いものではないと思います。「霊」という語は古くからあり、
平安時代の文献には「生霊」「死霊」「悪霊」などの言葉が出てきますが、
「幽霊」というのは見つけるのが難しいんです。
12世紀の公家の日記、『中右記』などには出てきますが、
一般的なものではなかったんでしょう。幽霊のかわりに、
よく物語などで使われるのが、「亡魂 ぼうこん」という言葉ですね。
文脈からは、ほとんど幽霊と同じ意味のようです。
いっぽう、江戸時代になると「幽霊」という言葉はひんぱんに見られます。
自分は、おそらくですが、「幽霊」という語が一般的になってきたのは、
室町後期の能楽が盛んになった時期じゃないかと考えてます。
このあたりで、「幽」という語が「霊」にくっついた。
あと中国だと、5世紀の『後漢書』に「幽霊」の語が出てきてたはずです。
それから、幽霊とは直接は関係ありませんが、
「心霊」という語は、明治時代に「psycho」 「spiritual」
などの外国語を翻訳して作り出された新しい言葉です。違うかな?
さて、時代を追って古代の霊から考えてみます。「御霊 ごりょう」という
概念がありますよね。これは菅原道真、早良皇太子、崇徳上皇などの
怨霊を指しています。で、御霊になる条件としては、
・貴人の霊であること ・強い恨みを抱えて死去したこと
・その多くが無実の罪を着せられたものであること などです。
また、御霊は個人に祟るというより、国家に対して祟るものです。
戦乱が起きたり、疫病が流行したりするのは御霊のせいと考えられました。
天皇が病気になるのも御霊のしわざとされましたが、このころの天皇は
国家そのものでした。そこで、当時の朝廷は、位を追贈して名誉を回復したり、
大々的な鎮魂の御霊会を開いたりしています。
では、古代には庶民の霊がなかったかというと、そうでもなく、
平安末期の『今昔物語』には、男に捨てられた妻が幽霊となって
男をとり殺すなどの話が出てきています。
ですから、個人に祟る霊というのもあったわけです。
次に、歌舞伎や戯作で幽霊がとり上げられることが多くなった
江戸時代を見てみましょう。江戸の幽霊の特徴は、
・名前があること ・恨みをのんで死んだものであること
・成仏していないこと などがあげられるでしょう。
名前がある、とはどういうことかというと、「四谷怪談」であればお岩、
「皿屋敷」ならお菊、「牡丹燈籠」だとお露という具合に、
幽霊になったのはどこの誰かということがはっきりしています。
また、幽霊となる理由も明確で、芝居を見た観客は、
「ああ、これなら成仏できずに化けて出るのは当然だ」と思うわけです。
つまり、江戸の幽霊は、ひどい仕打ちをされて、
無念のうちに亡くなった人物が、この世にとどまって祟りをなし、
自分を害した悪人が滅びることで成仏することができるという、
勧善懲悪的な因縁物語になっているんですね。
さて、最後に現代の幽霊ですが、もう何でもありの状況です。
例えば、「心霊スポットの廃墟に行ったら白い霧のような影が浮かんでいた」
「マンションの8階で窓の外を見たら生首が宙を飛んでいた」
「肝試しに行った帰り、車を見たら手形がついていた」
こういうもののすべてが「幽霊」ということにされてしまっています。
もちろん、その場所で実際に殺された女子高生の幽霊などといった、
名前や恨みがわかる場合もありますが、多くは「それ、ホントに幽霊なの?」
と言いたくなってしまうものなんですね。
まあ、これには仏教が形骸化し、成仏ということがあまり信じられなくなった、
妖怪や、狐狸が化かすということが信じられなくなったなど、
さまざまな原因が考えられますが、一番大きいのは、
実在の人物の名前を出すと不謹慎だからでしょうね。
例えば、「西城秀樹さんの幽霊がテレビ局の屋上でヤングマンを歌い踊っていた」
などと言えば、遺族の方からクレームがくることも考えられます。
さてさて、ということで、「幽霊」概念の変遷をざっとふり返ってみました。
ただ、これは自分には手にあまる大きなテーマです。京極夏彦氏とか、
荒俣宏氏あたりの、オカルトのスペシャリストが書いてくれないもんでしょうか。
では、今回はこのへんで。