18世紀後半~119世紀前半にかけて活躍したロマン派の画家、
ヨハン・ハインリヒ・フュースリの代表作のひとつ「ナイトメア」(上図)は、
ぐっすり眠っている女性の胸に小さな悪魔が乗っている不気味でホラーな

絵画だ。昔から決して少なくない数の人々が「夜中に不意に目覚めると、


自分の胸の上に誰かが馬乗りなっていて凄まじい恐怖を感じた」
と訴える報告が残されており、そうしたホラーな「心霊現象」は、
この絵にちなみ「インキュバス(悪夢)現象」と呼ばれている。
このインキュバス現象について、最近になって科学的な調査が行なわれている。


オランダ・ライデン大学の研究チームは、過去の13の論文における

計1800人もの症例を分析し、このインキュバス現象が現代でもこれまで

考えられていた以上に広い地域でみられる現象であることを報告している。
そして、精神科医はインキュバス現象を訴える患者の話をより真剣に聞き、
治療に向けて取り組まなければならないとしている。

インキュバス現象に見舞われた患者は往々にして「襲われる」
という表現を使うのだが、これは多くの場合、睡眠麻痺(sleep paralysis)
を発症している間に起る現象だという。睡眠麻痺は、
睡眠フェイズの不調和に起因する症状で、入眠時と起床時に起きやすい。
(tocana)


今回は久々に科学ニュースからの話題です。どっから書いていきましょうか。
まず、インキュバスとは何か、ということですが、これは西洋の悪魔の一種です。
「淫魔」などとも言われますね。眠っている女性のもとにやってくるのが、
男性型のインキュバス、男性のもとにくるのが女性の姿のサッキュバスです。
どちらも、眠っている人から見て姿形の美しい、その人の理想どおりの異性であり、
誘惑を避けるのは極めて難しいと言われます。

これ、自分は、大もとはギリシア神話あたりから来てるんじゃないかと思います。
性におおらかだった古代ギリシアでは、神話の主神ゼウスは好色で、
白鳥とか金色の雨に化けて人間の女の寝室に忍び込み、
半神半人の子どもを産ませたりしていますよね。

それがキリスト教が支配する世の中になって、純潔や禁欲が美徳とされる

ようになり、性欲は悪魔がもたらすものだ、みたいな考え方が生まれてきました。
それで、インキュバスのようなものが創り出されたんじゃないかと思います。
ただ、自分は引用のようなことを「インキュバス現象」と呼ぶのは賛成しかねます。

 



以下、その理由を説明します。このような現象は、

引用にあるとおり「睡眠麻痺」状態のときに起きやすいのです。
睡眠麻痺が起きるのはレム睡眠状態にあるときと言われています。
レム睡眠(Rapid eye movement)は、簡単に言えば、


脳が起きていて体は眠っている状態です。
まぶたを閉じていても、その下で眼球が活発に動いているんですね。
この反対がノンレム睡眠(Non-rapid eye movement sleep)で、
脳は眠っていますが、筋肉の活動は休止していません。

レム睡眠時には呼吸が停止してしまうことがあり、強い息苦しさを感じたり、
胸部に圧迫感を覚えることがあります。そして、
そのような不条理な状態を説明するため、
脳が「自分を押さえつけている人」などの幻覚・夢を作り出すこともあり、
これは日本で俗に言う「金縛り」現象のことを指しています。

 


みなさんは金縛りになったことがありますでしょうか。
自分は何度か経験していますが、金縛りのときにエロいことを考えられますか?
これはさすがに無理なんじゃないかと思います。呼吸が止まって胸が苦しくなり、
死を意識したときに、まず最初にくるのは恐怖の感情ではないでしょうか。
そういう意味から、自分は「インキュバス現象」というのは、
この状態を言い表すのにはあまりふさわしくないんじゃないかと思うんです。

さて、恐怖の感情が起きた場合、人間は恐怖の対象となるものを自分の
潜在意識の中から引っ張り出してきますが、その恐怖の具体的な対象というのは、
世界のそれぞれの国の文化によって当然違ってきます。
これが日本の金縛りの場合は、鎧かぶと姿の落武者など、
幽霊として現れることが多いんですね。
日本では、幽霊はそれだけポピュラーな存在であるわけです。

それがアメリカだと、宇宙人という場合が多いんです。アメリカ人を対象にした
映画会社20世紀フォックス社のアンケートによれば、半数近いアメリカ人が、
異星人やそれに準ずる物の存在を信じており、そのうちのほとんどが、
「異星人は定期的に地球を監視するために訪れている」

ことも信じるとなっています。またさらに、そのうち20%の人々が、

「異星人が地球人を誘拐する」と考えています。

 



ここで出てくるのが「アブダクション(Abduction)」という概念です。
これは拉致、誘拐などと訳される言葉ですが、「眠っていたらいつの間にか
宇宙人の円盤の中に連れ込まれていた。不思議な機械で体を調べられ、
体内に何かを埋め込まれた。そして気がついたら、自分のベッドに戻ってた」


こういう体験談がたくさんあります。米大手シンクタンク、
ローパー世論調査センターの調べでは、30年間で約370万人もの

アメリカ人が、宇宙人による誘拐を経験しているのだそうです。

これ、すごい数ですよね。ところが日本ではこの手の話はあまり聞きません。
また、イスラム教圏のアラブ地域で睡眠麻痺が起きた場合は、
胸の上にのしかかってくるのは、「ジン(jinn)」
という精霊として知覚されているようです。
『アラビアンナイト』に出てくるランプの精というのもジンの一種ですよね。

 



中国では、睡眠麻痺は「鬼壓身」あるいは「鬼壓床」。
アイスランドでは、睡眠麻痺は通常「マラが来た」と呼ばれ、
マラは古いアイスランド語で雌馬のこと。


ニューギニアでは、この現象は「スク・ニンミヨ」として知られ、
これは神聖な樹木が、人間のエキスを吸い取ろうとしている状態。
メキシコでは、睡眠麻痺は「セ・メ・スビオ・エル・ムエルト」と呼ばれ、
これは「死人が乗り移った」ことを意味している・・・

とまあ、書いていけばキリがないんです。世界の各国で、自分たちの

文化の中で「怖いもの」が、睡眠麻痺状態の中で現れてくるんですね。
ですから、睡眠麻痺はその地域の「文化的な恐怖」を具現化させる
スクリーンのような役割を果たしていると言えるのではないかと考えます。
これは自分のようなオカルトを研究している者には、たいへん興味深いことです。

 



さてさて、睡眠麻痺は不安・恐怖による睡眠障害や、統合失調症に類似した
精神病である妄想障害につながる可能性があるという研究があります。
それだけでなく、健康な人が睡眠中に突然亡くなる、
突然死症候群にも関連があると言われたりもしています。

もしこれが事実だとしたら怖い話ですよねえ。
自分の意識の中から引っぱり出した、自分が最も怖ろしいと考えるものに
襲われた状態で亡くなってしまうわけですから。
睡眠麻痺は主に睡眠リズムの乱れによって起こり、睡眠時間の不足、
逆に睡眠時間のとり過ぎが、睡眠のリズムを狂わせる原因となるようです。
ということで、みなさんも十分にお気をつけください。

Alien abduction - Grey