意識を量子化学で説明しようとする試みとして有名なのは、
英・ケンブリッジ大学の理論物理学者ロジャー・ペンローズ氏と
米・アリゾナ大学の麻酔学者で心理学者のスチュワート・ハメロフ氏らによる
「量子脳理論」である。ペンローズ氏は1980年代から、

脳は量子コンピュータであると主張しており、近年では神経細胞の中にある
微小管(マイクロチューブル)が脳内の量子計算を行っているという
仮説を提示している。微小管はチューブリンというタンパク質が
円筒形に連なったもので、神経細胞に限らず様々な細胞内に存在しており、
その機能は細胞の構造の維持、細胞分裂、細胞内輸送など多岐にわたっている。

ペンローズ氏らは神経細胞内の微小管が伸びた状態と縮んだ状態の、
二種類の形を取ることができることに着目し、
微小管が伸びた形と縮んだ形の重ね合わせ状態で存在し、
量子的な物体として振る舞うのではないかと考えた。(tocana)




今回はこのお題でいきますが、あんまり実のあることは言えないと思います。
何から話しましょうか。みなさんは高校の物理の時間とかで、
原子核のまわりを電子が衛星のように回っているモデルを
ごらんになったことがあると思います。

あれは、便宜的に原子の構造を理解するには優れたものですが、
実際はちょっと違います。電子が原子核のまわりの
どこにいるかは観測するまでわかりません。
観測する前には、ここにいる確率が高い、ここにいる確率は低い、

という確率の波(雲)のような形でしか表せないのです。
そして、観測したとたんに電子の位置は一点に定まります。
これを「波の収縮」といいます。でも、これって、直感的にわかりにくい
ですよね。波の収縮のことは、コペンハーゲン解釈とも言います。

原子核と電子のモデル
名称未設定 1lloo

では、本当に波の収縮ってあるんでしょうか。これについて、数学者で、
初期のコンピュータ理論構築にも大きな役割を果たした
フォン・ノイマンは、シュレディンガー方程式を解析して、波の収縮は
数学的に不可能であるということを証明してしまったんです。じゃあ、
どう考えればいいんでしょうか。前にご紹介した多世界解釈が正しいのか・・・

ここでノイマンは、波の収縮が実際の物理現象として起こりえないのならば、
それを観測する「人間の意識の中で起こる」と考えたのです。
しかしこれもスゴイ話ですよねえ。やはり天才は発想からして違います。
でも、波の収縮が人間の意識の中で起こるって、どういうことでしょう?
これ、自分もいまいちよく理解できないんですが、

ノイマンの書いた本などを読んでみると、波の収縮は脳内で起きる
一種の錯覚というか幻みたいなものとしてとらえているようなんですね。
現在の物理学界では、このノイマンの考え方には否定的です。
波の収縮が脳内で起きているという証拠はどこにもないからです。

フォン・ノイマン


もし、波の収縮があるとするならば、脳内ではなく、
実際の物理現象として起きていると考える研究者がほとんどだと思います。
ただ、ノイマンの提唱したアイデアが、今回のお題である
量子脳理論の一つの出発点になっているのは確かでしょう。

さて、量子脳理論といっても、いろんな種類があるのですが、
最初にこれを唱えたロジャー・ペンローズもまた、多彩な分野で
活躍する天才です。幾何学パターンを用いたペンローズ・タイルというので
特許をとっていますし、ペンローズの階段という不可能図形も有名です。

ペンローズは、脳の中の微小管という部分に注目し、
そこで量子の重ね合わせと収縮が起き、それが人間の意識をつくり出してる、
と考えたわけですが、これにはたくさんの批判があります。
まず、量子的な重ね合わせ状態が起きるには、微小管という部分は
大きすぎるという批判。原子や電子などに比べると、

微小管の構造


「微小」という名前はついていますが、微小管ははるかに大きな

タンパク質構造なんです。確かに近年、かなりのマクロな物質でも、

超低温にすることにより、量子効果が働くことが知られてきていますが、
人間の脳内は、もちろん人間の体温36℃程度の温度でしかありません。

それと、もし神経細胞で量子の重ね合わせが起きているとしても、
その状態はごくごくわずかな時間で壊れてしまうはずです。
そして、量子脳理論が提唱されてからもう40年近くの年月がたつのに、
実際にそのようなことがあるとする具体的な証拠は、

一つとして発見されていないのです。ですから、もしこれを
ペンローズのような各方面から注目される天才が提唱したのでなければ、
たぶん、まともに取り上げてすらもらえることはなかっただろうと

思いますよ。この理論の提唱者の一人であるスチュワート・ハメロフは、
量子脳理論と臨死体験の関係について、

スチュワート・ハメロフ
キャプチャ

「脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、
重力・空間・時間にとらわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている」が、
「体験者の心臓が止まると、意識は脳から出て拡散する。
そこで体験者が蘇生した場合は意識は脳に戻り、
体験者が蘇生しなければ意識情報は宇宙に在り続ける」あるいは、
「別の生命体と結び付いて生まれ変わるのかもしれない。」と述べています。

しかしこれも、いっさい証拠のない眉唾話以外の何物でもありません。
ですから、ネットのスピリチュアルサイトなどで、
意識と量子力学を関係づけているような場合は注意が必要です。
現状では信じないほうが賢明であると思われます。

さてさて、とはいえ、やはり意識や心というものは不思議です。
これについて研究するには、もちろん量子力学だけではダメでしょう。
分子生物学やナノテクノロジー、脳医学などと連携しながら
アプローチしていかなくてはならないと思いますが、その全容が

解明されるのは、おそらく遠い遠い将来のことになるでしょうね。