えーと10年ばかり前のことです。当時、わが家は、
親父が水商売系の仕事をしてまして。ああ、店長とかじゃなく経営ですね。
店をいくつか持ってたんです。あることがあって、今は全部やめちゃいましたけど。
で、東洋人の風水師みたいな人とつき合ってたんです。
華僑なのかなあ、そのあたりはよくわかりませんけど、たぶん中国系。
60年配の小柄な男性でしたよ。いつもチャイナ帽っていうんですか、
変な帽子をかぶってまして。あーほら、キン肉マンって知ってますか?
あれでラーメンマンがかぶってるやつ。辮髪ではなかったと思いますけど。
日本語はぺラペラでした。
春のことですね。親父が夕食後家族を集めまして、
いきなり「俺はある人間から呪いを受けている」って言い出したんです。

「逆恨みに近いものだが、相手がこっちに対して霊的な攻撃をしかけて
きているから、ヤンさんにいろいろお教えをいただいた。
相手の攻撃は半年くらい続くだろうが、こっちは専主防御する」
こんな話でした。わけがわかりませんよね。
要するに、いろいろ普段とは違った変わったこと家の中でするから、
黙って従えってことだったんです。うーん、自分はその頃高校生で、
サッカーをやってまして家のことにはほとんど感心なし。
中学生だった妹もそうだと思いますよ。
親父がまた変なことを始めたが、勝手にやってこっちに迷惑をかけないでくれ。
まあそんな感じでした。あと家の家族は、母親と、当時まだ健在だった
ばあちゃんとです。これから話をするのは、そんときにあったことなんです。

水槽
防御の一つめは、けっこう大きな水槽、だいたい60cm立方くらいのやつ、
これを玄関に置いたことです。うちの玄関は広くて、
大型の靴棚があったんですが、その上に。
そのおかげで、靴棚の戸の開け閉めがしにくくなりました。
水槽って重いんです。60cm立方で200kgにもなるんです。
水槽の中には赤い大きめの金魚が6匹入ってました。
始めから大きく育ったのを買ってきたんですね。これはほら、よく聞くでしょ。
玄関には水気のあるもの、赤いものを置くのがいいってこと。
俺ですか? いや、はっきり言ってそういうのまったく信じてなかったんです。
呪いを受けてる、って聞いて「嫌だな」と思いましたが、かといって、
「霊的な防御」なんてねえ。ところがです、しばらくして変なことがあったんですよ。

日曜日の夕方でした。そんときは、家に俺とばあちゃんしか
いなかったんです。俺も祖母ちゃんもれぞれ自分の部屋にいました。
そしたら玄関のほうで声が聞こえたんです。「入れて下さい、開けて下さい」
って。それが変な声で、洞窟の中で叫んでるようにくぐもってたんです。
「おかしいな」と思いました。うちはインターホンがついてて、
来客はそれを通して話すのが普通でしたから。
大きな声で、部屋まで聞こえたんで下りてみました。そしたら玄関の
磨りガラスを通して、異様に頭の大きな人の影が見えたんです。
頭は碁石形って言えばいいでしょうか、横長で普通の人の何倍もあったと
思います。まあでも、そんときは「光のあたり具合でそう見えるのかな」
くらいにしか思わなかったですが。

「あ、今開けます」そう言って玄関を開けたら、誰もいなかったんです。
「あれー、変だな」少し外に出てあたりを見渡したけど人の姿はどこにもなし。
気のせいってのもありえないと思ったけど、1回ドアを閉めました。
で、中に入ってみたら、やっぱり磨りガラスに扁平な頭の人影が映ってる。
「そこに水槽があるだろ、そのせいで中に入れない。せっかく戸を開けて
もらったのに」また、妙に反響する声が響いて、人影がふっと消えたんです。
出てみてもやはり人の姿はなし。うちは通りに面してるんで、
走ったとしても、そんなに早く姿を隠すのは不可能だと思いましたよ。
で、親父が帰ってきてからその話をしました。すると親父は、
「それは相手の使い魔みたいなものだろ。そういうのは実体がないから、
人の家には、家人にドアを開けて招かれなければ入れない。

だから危ないとこだったんだが、水槽があるおかげで何もできなかったんだな。
ヤンさんの言ったとおりだよ」でね、その後すぐに
水槽の水替えをしました。それ、俺の担当の仕事になってたんです。
いや、生き物はあんまり好きじゃないんだけど、親父から小遣いをもらえたから。
そしたら、中はいつもきれいにしてるはずなのに、水槽の水をホースで
バケツに水を入れると、髪の毛みたいなのがたくさん混じってたんです。
正確には髪の毛じゃなく、海藻のモズクをまっすぐに伸ばした感じのやつ。
ああ味悪いなと思って、水は全部外の側溝に捨てました。
あとね、水槽の隅で大型の金魚が一匹死んでました。普通は死ぬと
浮き上がってくるんですが、そうじゃなく手で握り潰されたようになって。
金魚は親父が翌日新しいのを買ってきて足しました。

炭俵
防御の2つ目は、家の敷地の四隅に炭俵を埋めたことです。
家の敷地は広くて高い塀を巡らしてましたが、その四隅ってことです。
正確に東西南北の方角とは合ってなかったはずですよ。
ほら、炭には浄化作用があるって言いますでしょう。それと、
古代の神社跡なんかを発掘すれば、水晶や炭が出てくるって聞きました。
霊的な守りってのは、ずっと昔から日本でもあったってことなんでしょうね。
で、その炭を埋めるときには、ヤンさんが来て一家で立ちあったんです。
俺もシャベルで穴を掘るのを手伝いました。
ヤンさんが何やら呪文を唱えてから、中国風の護符を貼った炭俵を、
1mくらいの深さに埋めて土をかけ、その上に常緑樹の苗を植えたんです。
榊ともまた違った植物だと思いましたよ。

でね、1ヶ月おきに掘り出して新しく埋め直すんです。
いや、全部じゃなくて、苗木が上手く育たないところだけ。
一種のセンサーの役目を果たしているんだと思いましたね。たまーに
様子を見て歩いてましたが、裏の向かって右側の隅に植えたやつだけ、
ひねこびたような形になって葉が黄色く、今にも枯れそうな様子になってました。
1ヶ月後にヤンさんが来て、そのときは俺と親父とヤンさん、
男だけで掘り返したんです。何か嫌なもんが出てくるって予想が
あったみたいでしたよ。だから母親や妹には見せないように。
ほとんど伸びてない苗木を抜いて、シャベルを入れたとたん、
スゴイ嫌な臭いがしたんですよ。生ゴミの腐った感じでしたが。
それだけじゃなく薬品臭のようなのもありました。

炭俵の周りは、青と灰色の粘り気のある液体が溜まってて、
そん中に白い小さいものがいくつか見えました。カエルくらいのもんですね。
ヤンさんが、カナバサミを使ってそれらをつまみ出したんですが、
きれいな骨格標本みたいにななってました。どうやら歯で
炭俵に食いついてたみたいで、引っぱると頭がもげたんです。
黒い紙の上に、ヤンさんが拾い上げたのを並べると、骨格は
さまざまな種類がありましたが、どれもこの世の生き物とは違ってました。
肢が8本あったり、小さな頭蓋骨にトゲがたくさん出てたりね。
全部で15匹くらいあったはずです。いや、気持ち悪かったですよ。
鈎をかけて俵を引っぱり上げ、新しいのを入れ、
また念入りに呪文を唱えたんです。

その後に植えた苗木は順調に育ちましたが、今度は別の場所のやつが・・・
こういう具合にして、しばらくあちこちの炭俵をとっかえひっかえしてたんです。
面倒でしたが、あの変な骨を見ちゃうと信じざるをえませんでした。
骨も炭俵も、ヤンさんが持っていきましたよ。ええ、親父の言ってたとおり、
半年くらいこういうことが続きました。もちろん今は治まってて、
家の四隅には、あまり他では見ない常緑樹が大きく育ってます。
呪いを仕掛けた相手ですか?うーんそれは、どうなったかはわかりませんね。
親父もヤンさんも詳しいことは言いませんでしたから。
でも普通、呪い返しを食った場合は・・・ この後ね、たいへんなことがあって、
親父はヤンさんとの付き合いを断ち、水商売の経営もやめてしまったんですが、
そんときの話は、また機会があれば改めて。