肉を買う
1ヶ月ばかり前ですね。自分は安アパートに住んでる大学生ですが、
隣に美術の専門学校生が住んでたんです。
小柄で暗いやつで、ほとんどつきあいはありませんでした。
ケンカしてたわけではないです。自分はバイトもあって部屋にあんまりいないし、
そいつは学校にもほとんど行ってないみたいで引きこもり気味でしたけどね。
でも、夜とかもすごく静かで音を立てないんで文句はありませんでした。
ある日の夕方、大学から帰ってきたときにアパートの階段でそいつと会いました。
買い物に行ってたみたいで、両手にスーパーの袋を提げてたんですが、

それがどっちの袋もぱんぱんにでかいんです。買いだめしてるのかと

思いましたが、すけて見えるのは全部肉のパックだったんです。階段を

のぼるのが大変そうだったんで、「一つ持とうか?」って言ったら断られました。


それからですね、もう一回同じようなことがあったんですが、
そのときもやっぱり肉を抱えきれないほど買い込んでたんですよ。

友だちがたずねてくるなんてこともないし、変だとは思いましたが、

ま、人のことだし。そしたら次の日曜です。朝早くから外がうるさかったんです。

窓開けて裏の路地を見たら運送屋の小型トラックが来てて、
何かでかい荷物を積んでたました。どうやらそれが

玄関から入らないので、窓を外して吊りさげていれるみたいでした。

隣のやつが窓から顔を出したんで、「でかいもん買ったな。なんだ、あれ?」

と聞いたら、「業務用冷蔵庫です」って答えました。

「何に使うんだよ、そんなの」 「・・・卒業制作に必要な材料を入れるんです」
こんなやりとりをし、かなりの手間をかけて冷蔵庫はやつの部屋に収まったんです。

「ああ、大変だな。金かかるだろうに」そのときはそう思ったくらいで、
買い込溜めている肉には考えがおよびませんでした。
さらに2週間ほどして、隣のドアの前を通るときに、

腐ったような臭いを感じるようになりました。このときも、

「何だろ、カメとか飼ってんのか?」とか、くだらないことを考えました。

で、その3日後の夜、隣のほうの壁から大声が聞こえてきました。
このアパートは学生中心で、大家さんが配慮して壁はそこそこ厚いんです。

くぐもっていてよく聞き取れませんでしたが、「ちがう」みたいなことを

連呼してました。さらにドーンと何か思い物を投げつける音、

これはこっち側の壁にあたったみたいで振動つきでした。そして絶叫。
ちょっとヤバイんじゃないかと思って廊下に出てみました。

隣のドアをノックしようとしたとき、いきなり開いてやつが出てきて、

眼鏡がずり落ちよだれを流してました。「あわわわ」とマンガみたいなことを

言いながら、コンクリの通路にへたり込んだんです。

ドアの隙間から腐臭が流れ出していました。中をのぞき込むと、
「肉人」が立ってたんです。首のない人間型で、体には生肉がはりつけられ、
それが腐って臭いを出してたんです。「!」
壁際にはデッサン用の石膏の頭が転がってました。
「生肉を使ってオブジェ造ってたんか?こいつ絶対おかしい」そう思ったとき、

肉人についている短い左右の腕が持ち上がり、頭があるはずのあたりを

抱えるような動きをしました。それから全体がバラバラに崩れだし、

床に切れ切れの肉片が山になりました。後には肉人の芯が残って、

それは細い白い骨と針金で人の形をつくったものだったんですよ。


下顎

自転車で国道を走ってました。これは通勤用じゃなく、体力作りのための

ロードバイクです。2時間かけて隣の市まで行き、戻る途中でした。

前方に救急車、パトカーとかかなりの台数のパトランプが見えました。。
事故があったんだろうと思いましたが、近づくと、
ダンプに小型のミニバンが追突して派手につぶれていました。

警官が出てその車線は通行止めになってたんで、しかたなく

道路を横断し、反対側の歩道に入りました。自転車を押して通るとき、

ミニバンのフロントガラスから人が飛び出してるのが見えました。

「ああ、これは生きてないだろう」そう思って通り過ぎたとき、
トラックの後輪の下に奇妙な形の物が落ちてて、何だろうと思ってよく見たら
人のあご、下顎だとわかりました。骨についた歯がね、

白く上を向いて並んでまだらに血に染まって。いや、ぞっと背筋が寒くなりました。
でね、部屋に帰ってシャワーを浴びたんですが、何か体が重く感じました。
いつもは自転車で走った後は爽快感があるんですが・・・で、さっきの

事故がネットに出てないか調べたんですが、まだ載ってませんでした。
そのときね、すごーく嫌な気配を感じたんです。うまく言葉で

表現できませんが、自分のすぐ近くに地獄がある、そんな感じです。

その気配は、作業用の机から漂っていました。ホント部屋を飛び出して

しまいたいくらいでしたが、大人ですからそうもできないし、机に近づいて

いきました。上面は製図をするので物は整理して置いてましたが、異常はなし。

嫌な感じは中にあるような気がしました。思い切って一番上の引き出しを

開けました。そしたらそこに、さっき見た下顎があったんです。

やはり血まみれの歯が上向きの状態で。

「あー」と叫びながら飛び退きました。下顎はカタカタと音を立て、
上に少し飛び上がってひっくり返ったように見えました。
で、一瞬後、もう一度見るとなくなっていたんですよ。
まあね、幻覚だと思われるでしょうね。前に目撃した事故の光景が頭に残ってて、
あるはずのないものが見えたんだろうって。

いや、自分でもそう思いたいですよ。でもね、自分は引き出しの下に

コピー用紙を敷いてるんですが、そこにぽつんぽつんと、血と思えるシミが

残ってたんです。歯の跡じゃないかな。もちろん紙は捨てましたよ。

部屋のゴミじゃなく遠くのコンビニまで持って行って。それにしても

不思議ですよね。幽霊だとして、どうして体の一部分だけ出てきたのか。消えたり

出たりする力があるんなら、生前の姿で現れたっていいじゃないかと思うんですが。


擦り傷
前の人と少し似たところがある話なんですが、もっとわけがわからないんです。
3ヶ月前、職場のレクでソフトボールをやったんです。
それで、2塁から長打でホームインするときに恰好をつけて滑り込んだんですよ。
そんときはいてたのはジャージの下で、思いっきり擦り傷ができたんです。

医務室で手当をしてもらいましたが、消毒をするとしみるし格好悪いったら

なかったです。軟膏を塗ってガーゼと油紙をあて、包帯を巻いてもらいました。

場所は右の尻から太ももにかけての広範囲です。
保健師さんから病院に行くように勧められましたが、考えてやめにしました。
切り傷と違って縫ったりするわけじゃないし、
治療はここでやったのと大差ないはずです。
カサブタになって剥がれるまで時間をかけるしかないと思いましたから。
 

でね、ガーゼとかは部屋で自分で取り替えてました。擦り傷って

大変だということがよくわかりましたよ。まずしみて痛くて風呂に入れない。

ずっとシャワーだけでした。それと、ガーゼを剥がすとき、これが地獄なんです。
せっかくカサブタになりかけのが、ガーゼにひっついてきて、

叫びたくなるほど痛いし、血は出るし、黄色い汁は出るしで・・・考えた末に、

会社に行くときはズボンに染みちゃマズイからガーゼと包帯を軽く巻いて、

部屋に戻ってきたら消毒して、そのまま患部をむき出しにしてました。
夏場でしたからそれもできたんですけどね。
そのほうが治りが早いかもって思ったんです。
1週間くらいした週末、部屋に彼女が来たんです。
その頃にはだいぶ治ってて、Hもできましたよ。

Hの最中はそこにさわると痛いんガーゼをあてて医療用テープで

止めてたんですが、終わって彼女がはがしてくれたんです。
そのとき、自分がやったんじゃないせいか強く痛みまして、
「ごめん、ごめん」と謝りながら彼女がガーゼを見て、
「あっ、人の顔に見える」って言ったんです。自分も見ると確かに、傷から出

赤黄色い汁が、2つの目と口、それから鼻の頭がある顔になってたんです。

「これ記念にとっておいたら」 「なにバカなことを」そう言って丸めて

捨てようとしたとき、ふわっと、ガーゼから顔が浮き上がりました。

皮膚一枚の薄っぺらい顔、それがひらひらと宙を舞って部屋を横切り、
少し開けていた部屋の窓から出て、夜の街に消えていったんです。
いやホントの話ですから、彼女も証人になってくれます。

『レディーガガの肉服』