あ、こんばんは。山根ともうします。これから話すのは、
私がたしか小学3年生のときのことです。ですから、
もしかしたら記憶が違ってる部分もあるかもしれません。
それをまずお断りしておきます。それと、幽霊などが出てくる
話ではありません。私の家は当時、〇〇ケ台という、
丘を切り開いて造った、建売住宅が立ち並ぶ
団地の中にあったんです。うちの両親は健在で、今もそこに
住んでますけど。でね、こういう団地の家って、いっせいに
買うわけですから、住人の家族構成や年代なんかがよく
似てるんです。ほとんどがローンなんですけど、高い買い物
なので、公務員や銀行員なんかのお堅い職業の家庭ばかり。

だから治安はすごくよかったし、どこの家も町内会に
協力的でした。ただほら、みな似たような年収なので、
競争意識も激しかったと思います。でね、私らが通う小学校は、
団地の坂を降りたすぐにあって、そこいらは新しくできた
学校が固まってたんです。幼稚園、中学校もあったし、それと
団地ができて何年か後には、県立大学のキャンパスも移ってきて。
で、団地の家の数は600世帯くらいで、あちこちに
小公園や公民館のような公共スペースがありました。
小学校から家まではすぐで、10分くらい。けど、両親が
共稼ぎの家が多くて、私もいわゆる鍵っ子の一人だったので、
放課後、両親が帰ってくるまで、公民館で遊んでることが

多かったんです。公民館には児童向けの本や、積み木などの
おもちゃもありましたから。両親も公民館にいれば安心だと
言って、6時ころには迎えに来てくれました。あ、すみません、
話がなかなか進まないで。でね、さっき言ったように、
私が小3の春から、県立大学・・・教員養成大学なんですが、
そこの美術専攻の学生さんたちが、ボランティアで自分たちが
つくった紙芝居を見せにきてくれるようになったんです。
たしか毎週木曜日だったと思います。学生のメンバーは10人
くらいで、3、4人の組で一つの話をやってました。あと、
学生さんたちは、晴れてる日なんかはすぐ近くの公園の
遊具でいっしょに遊んでくれたりもしたんです。

紙芝居は、だいたい10分くらいのものが3つ。
対象は4年生までなんですが、高学年の女の子で見に来てる
人もいましたね。内容は女の子向け、男の子向け、それと
クイズが入ったもの。で、私はその男の子向けの話が大好き
だったんです。ほら、あの当時、アニメの銀河鉄道999や
映画のスター・ウォーズなんかが流行ってましたけど、
ああいう感じのSFもので、主人公のスペースレンジャーが
毎回いろんな星に着陸して冒険するって内容でした。
担当してるのは、Aさん、Bさんという男子学生、それと
Cちゃんと呼ばれてる女子学生。学校の先生よりもずっと
歳が近いので、話しやすかったのを覚えてます。

今思えば、Aさんは背が高くてかっこよく、Bさんは三枚目
タイプでした。Cちゃんは小柄でメガネをかけてました。
紙芝居のスペースレンジャーは全身が青と赤のタイツで、
銀色のゴーグルをつけてました。それと悪役がいました。    
ウルフマンという狼人間で、毎回ではないけど、レンジャーが
上陸した星にやってきて、活動をじゃまするんです。
光線銃を撃ち合ったりもしましたが、どっちも死んだりは
しないんです。ああ、それとね、これは当時の私には
まったくわかりませんでしたが、特に高学年の女子の間で、
AさんとCちゃんがカップルだって噂が広まってたんです。
その年頃の小学生女子って、そういうことにすごく興味を

持ちますでしょ。あと中学生も何人かいましたし。
手をつないでるとこを見たとか、陰でその手の話を
してたみたいです。で、4月から始まった紙芝居は7月で
いったん中断。これは、私たちも大学も夏休みに入るからです。
それでね、最後にやった話で、レンジャーが行った星は、
モグラのようなかわいい顔の地底生物が住んでて、
不思議な青い花を育てて食料にしてる。食料といっても、
サファイヤみたいな宝石なんです。その星に最初ウルフマンが
のりこんで、モグラ星人を奴隷にして働かせている。
後からやってきたレンジャーがそれを助けようとする・・・
そんな内容だったと覚えてます。

で、あと2回でその話が終わるというとき、やはり公民館に
来てる女子の間で、AさんとCちゃんのカップルが壊れそうだ
みたいな話になってたんですね。いつも仲よかった2人の
態度がよそよそしくなったとか、外の公園で言い合いを
してるのを見たとか。いやあ、前にも話したとおり、私には
関係のないことだったんですけど。その回は、ウルフマンが
たくさんのモグラ星人を人質にして柱に縛りつけ、「こいつらを
 死なせたくなかったら、お前が身代わりになれ」と言うんです。
でも、子どもながら、そんな残酷な場面は出てこないだろうと
思ってました。いつも危機一髪のところでレンジャーが
逆転するんです。レンジャーは身代わりで柱に縛られ、

ウルフマンが近づいてゴーグルをはがそうとする・・・
そこで回は終わったんです。で、1週間後です。
その日、Cちゃんは来てませんでした。そのかわり、
他のグループの女の子が入ってたと思います。ウルフマンは
じりじりレンジャーに近づいて、長い剣の先を顔のゴーグルにかけ・・・
でも、レンジャーはすでに後ろ手のロープを切ってましたので、
またウルフマンが負ける・・・そう思っていたとき、紙芝居が
めくられ、見てた子たちは息を飲み、悲鳴をあげた子もいたんです。
はい、次の絵は背景が真っ赤に塗られていて、レンジャーの
ゴーグルは外されて顔がむき出しになり、その胸にウルフマンの
剣が深々と刺さり、大量の血が流れて背景と溶け合っていたんです。

私らの反応を見て、Aさんは上から画面をのぞき込み、
あわてた様子でその絵を抜き取ろうとしましたが上手くいかず、
結局、前のほうから破くようにして取り出し、くしゃくしゃにして
後ろに放り投げたんです。その次には、いつものレンジャーが
逆転して、口元だけでニヤリと笑う絵が入ってました。
ですが、私たち以上にAさんたちは動揺してて、しどろもどろに
なりながら、どうにか話が終わったんです。はい、これが紙芝居
ボランテイアの最後でした。夏休みが終わっても再開されなかった
んです。なぜなくなってしまったのか、当時の私には
まったくわかりませんでした。誰も説明してくれませんでしたし、
両親に聞いても、あいまいな返事が返ってくるだけで。

事情がわかったのは小学校の高学年になってからです。
クラス替えがあって、新しく友だちになった子が教えて
くれたんですが、Aさんが大学をやめてたんです。
大学の図書館前の階段で、後ろからCちゃんに突きとばされて
頭を打ち、何年も長期入院することになったから。
Aさんが回復できたのかどうかはわかりません。もちろんCさんは
罪に問われ、裁判で有罪になったということでした。
あの紙芝居の赤い絵は、たぶんCちゃんが描いて、こっそり
中に入れてたんだろうと思います。だって、レンジャーの
素顔はAさんにそっくりだったように記憶してますから。
今でも、あのときのことはたまに思い出しますよ。

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