あ、じゃあ話していきます。去年のお盆のことです。俺ね、都会のほうで
就職したんですが、そのとき盆休みで実家に帰ってたんです。
そしたら、夜に中学校のときの同級生から電話がかかってきて、
「駅でお前を見かけたってやつがいたから電話した。
他にも盆で帰省してるやつがいるから、そいつらと一緒に明日
飲みに行かないか」って。いやー、懐かしいと思ってすぐに承知しました。
そいつとはわりに家が近くて、小学生の頃は毎日のように遊んでたんです。
でも、中学校の後は別々の高校で、話をするのが10年ぶりくらいだったんです。
他のメンツを聞いたら、山崎と東根も来るって言ってました。
その2人とも、やはり中学以来接点がありませんでした。
でね、夕方の6時に駅前の居酒屋に集合ってなったんです。

その時間に行くと3人とももう来てて、店に入って飲み放題にしました。
やっぱりね、最初のうちは話しにくいとこもあったけど、
すぐに中学時分の気持ちに戻って、大騒ぎしました。
それから2次会、カラオケと行って、俺ら全員かなり酔っぱらってました。
飲みながら各自が近況をしゃべったんですが、俺はしがない組立工、
最初電話してきた村野ってやつは電気工事会社、
山崎は大学を出て大きな会社のリーマン、けども東根だけは、あんまり自分のこと
語りたがらなかったんですよ。まあこれは、今にして思えばってことですが、
服装とか髪型もなんかヤクザみたいで、ヤバイ仕事してて
言いにくかったんでしょう。で、4人とも実家は近くだったんで、
ぶらぶら歩きながら戻ってきました。時間は12時過ぎてたなあ。

そしたら山崎が、「ここ、○○さんの近くだろ、みなでお参りしていかねえか」
って言ったんです。〇〇さんってのは、地元の地域の氏神神社で、
大きくはないけど7月にはお祭りをやって夜店が出るんです。
中学で部活に入ってからはやらなくなったけど、そんときの4人は、
小学生のときはみんなお祭りのお神輿を担いでたんです。
「ああ? でも開いてるのか?」 「いや、建物は閉まってるだろうけど、
鳥居くぐって入ってはいけるだろ」 「んじゃ、酔い覚ましがてら行ってみっか」
こんな話になって、道を折れて神社のある通りに入ったんです。
そこは住宅街の一画なんだけど、小さな森があってね。
さすがにそんな時間だから、人も車も通りませんでした。
神社の前に来て「ん、中、けっこう明るいじゃね」と一人が言いました。

社殿の前に街灯があったんです。鳥居をくぐって中に入ると、
参道は短いんで、すぐ建物の前に出ました。右手のほうにお守りなんかを売ってる
とこがあるんですが、窓は真っ暗でしたね。神社のほうも表戸は閉まってて、
でも賽銭箱は出てたんです。東根が、「こらあ不用心じゃねえか」って言い、
村野が「ここらじゃ賽銭どろぼうなんていねえし、そもそも賽銭なんて
ほとんど入ってねえだる」って返しました。
でね、夜中だからやめればよかったんですが、酔ってたんで、
みなで鈴を鳴らしたんです。ジャラジャラやって、最後東根が引っ張ったとき、
ヒモが切れたんですよ。ガシャーンってすごい音がして、
東根の足元に鈴が落ちてきました。それ見て俺らは、「あーあ、何やってんだよお前」
ってはやしたてました。東根は嫌な顔をしましたが、

鈴を拾い上げて段の上に起き、「すぐに切れたんだよ。
ヒモが腐ってたんじゃねえか」そう言ってから思いっきり蹴り飛ばしたんですよ。
「バカ、やめろ、罰あたりなことすんな」 「神様なんかいねえよ」
「神主もいないしどうしようもないな。東根、お前が壊したんだから賽銭を
多く入れとけよ」俺がそう言って、最初に財布から100円玉を出して
賽銭箱に投げ入れました。他の2人もそうして、最後に東根がばつの悪そうな顔で、
「わかったよ」と、財布から万札を出したんです。お、豪勢だなと思いましたが、
それをくしゃっと丸め、東根が賽銭箱に向けて放ると、
お札は賽銭箱の手前の空中で停まったんですよ。「え?」
俺だけじゃなくみなが見ました。だから嘘じゃないですよ。うーん、空中に
目に見えないクモの巣みたいなのがあって、それに張りついたって感じ。

「何だよこれ」東根が不思議そうな声を出し、手を伸ばしたら、
ピッピッって丸めたお札がもとに戻って、それからふわっと飛んで、
東根の額にあたりました。そんなに強くあたったとは見えなかったし、
お札ですからねえ、それなのに東根のやつ、見事に後ろにひっくり返っちゃったんです。
ゴーンと音がするくらい頭をぶつけましたが、幸いなことに下は石じゃなく土の部分で。
いや、何が起きたかそんときはよくわからなかったんですが、
みなで東根を助け起こしました。気絶とかはしてなくて、頭を振りながら起き上がり、
「なんだよなあ」って情けない声を出したんです。お札は下に落ちてて、
それ見て東根は「いらねえわ」って言いながら足でぐりぐり踏んづけて。
ああ、もったいねえって思いました。でね、わけわからないながらも、
神社を出てそれぞれ実家に戻ることにしたんです。

でね、また歩いてたら、道の3mほど先にほっと火が出たんです。やっぱり空中に。
そうですね、ロウソクの火より少し大きいくらいかなあ。
うーん、人魂とはそのときは思わなかったです。「なんだ?」俺がそう言うと、
東根が、「わかりました、ついていきます」って火に向かって返事してね。
そしたら、火は滑るようにすーっと前方に動き出し、東根がそれを追いかけて
いきました。「おい待てよ」火のスピードはどんどん速くなって東根は走り出し、
俺らも追ってくしかなかったです。「待て、どこ行くんだよ!」けど、
東根は全力疾走になり、酔ってた俺らは遅れてって。
でね、どんくらい走ったのかなあ。10分以上はあったと思います。
橋の上までくると東根は土手のほうへ曲がって、
そっからススキが繁り放題の河原に駆け下りてったんですよ。

俺らがやっと橋の上に来たときには、東根の姿は草の中で見えなかったので、
上から「おーい、戻ってこい」って叫びかけたんです。
そしたらバシャッと水音がして、東根は川の中に立ってたんです。
まあ、そこの川はもともと深くないし、夏場で水涸れしてたんですが、
それでも胸くらいまで水に浸かってました。
それと、東根が追いかけてった火ですけど、流されそうになってる
東根の顔のまわりを、蛾みたいにくるくる回ってたんですが、
急にぱっと消えたんです。ややあって東根があたりを見回し、
俺らのいる橋の上に向かって「おおい、助けてくれよう」って叫んだんです。
そっからはたいへんでしたが、なんとかみなで東根を土手の上まであげたんです。
東根だけでなく俺らもびしょぬれで、夏だからそれはいいんですが、

草で切ってあちこち傷だらけ、ヤブ蚊にも刺されたしさんざんでした。
あと、東根は川の中のガラスを刺したのか、足にもキズがありました。
とりあえずコンビニに行って消毒薬と絆創膏を買い、東根の手当をしたんです。
ひどいようなら病院に連れてくつもりでした。
そのときに東根に話を聞いたら、「いや、神社から出て道の途中で、
子どもがいただろ」 「え、いねえよ、変な火みたいなのは出たが」
「いや、その子どもが俺についてこいって言ったんで、走ってついてった」
「どんな子どもだった?」 「顔ははっきりしねえけど、白い昔の着物着てたな」
「それで?」 「その子どもは橋の上でとまってて、俺に川に入れって言ったんだよ。
だからそうしなくちゃいけないと思って、土手から川に入った」
「うーん、どういうことだろうな、神社に行ったことと関係あるんか」

「あ、そう言えば今 通ってきた道って、俺らがガキの頃にお神輿を担いだ
ところだよな」 「川に入れって言われたのは、頭冷やせって意味かもしれん。
東根、お前さっき言わなかったが、仕事何やってんだよ」
山崎がそう聞いたら、東根は困った顔をしましたが、「いやあ、じつはなあ、
借金の取り立てやってんだ。俺は組にはまだ入ってないけど、
その関連の会社で」って、そう答えたんです。それで俺らは納得がいったっていうか、
神社で東根の賽銭が戻ってきたのも、汚れた金だからだろうと思ったんです。
「ああ、罰があたったんだな」俺がそう言いました。
まあ、こんなことがあって、東根にはその仕事をやめるようみなで説得しました。
でね、今年の正月に、またそのときのメンバーで集まって神社にお参りに行き、
そんときは東根の投げた賽銭も戻ってはこなかったんですよ。