息子がまだ4歳だったときの話です。人見知りが激しく、
知らない人が近くにくると、すぐ私のスカートに隠れてしまうような
子だったんですが、この頃にはだいぶその癖もおさまってきていました。
その息子を連れて土曜日の午後にデパートに行ったんです。
今と同じく夏で、店内は肌寒さを感じるほどにエアコンが効いていました。
地下の食品売り場を出たところに休憩スペースがあったので、
息子と2人でジュースを飲み、さて帰ろうとしたら、
地下街の展示スペースに、新鋭画家作品展という看板が出ていました。
少し寄って見ていこうか、という気になりました。
じつは私は美術系の大学を出ているんです。息子の手を引いて、
ドアのないその一角に入っていくと、数は多くないものの、


様々な大きさの作品が展示されていて、デザインも多かったんです。
さすがにプロになった人の絵は違うとも、自分ももっと努力すれば
こんなふうに描けたかとも、さまざまな思いが頭に浮かんできました。
自分の大学時代は、それほど前のことではないのに、
ずっと昔のことのような気がしました。ふっと我に返ると、
いつのまにか息子とつないだ手が離れていました。あたりを見回すと、
息子は、隅の高いところにかけられた絵を見上げていたんです。
あまりに熱心に見つめていたので、近寄って「この絵気に入ったの?」
と声をかけました。それは半具象の作品で、皮膚のような表面を持った
球がいくつも立体的に組み合わされ、その真ん中に少女・・・
童女の顔が浮かび上がっていました。それで、作者のサインを見て


とても驚きました。私の大学の2年先輩の男性だったんです。
ああ、プロになったんだ、と感慨が深かったです。じつは、
その先輩とは、短期間ですがおつき合いしていたこともあったんです。
「ママ、この子知ってるよ」息子が言いました。
「まあ、そうなの。どこで?」
「うーんとね、暗いところ、暗いとこでボクのとなりにずーっといたんだよ。
なんにもお話しなかったけど、いつも泣いてた気がする」
「それ、保育園のこと?」
「・・・うーん、ボクが産まれる前、ママのお腹の中にいたときだと思うよ」
息子は、あやふやな記憶をさぐるように顔をしかめながら、そう答えたんです。

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