中1のときの話だ。同じクラスに林田ってやつがいたんだ。
坊主刈りで、色が白くてひょろっとしたやつ。
こいつがホント空気みたいなやつなんだよ。誰ともしゃべらないんだ。
教師に何か言われた場合でも、ほんと必要最小限のことしかしゃべらない。
テストの答案とかチラ見した限りでは、成績はよかったと思う。
ただ授業で指名されても答えないんだ。国語の教科書を読むのさえしないで、
黙って立ってるだけ。場面緘黙というのかな。
だから教師のほうでもこいつを指名しなくなったけどな。
腫れものにさわるような扱いに変わっていった。
林田は部活にも入ってないし、友達もいない。
休み時間も一人で席に座ってて、本を読んでるんだ。


その本ものぞいたことがある。細かい漢字と奇妙な図がついてる縦長の本。
今にして思えば暦の本だったと思う。とにかく、一人でいることが

まったく苦にならないみたいなんだ。それからよく学校行事とかで班を

決めるときなんか、入るのを嫌がられるやつがいるだろ。
ところが林田の場合はそういう行事は必ず休むんだ。だから担任も、林田が

どこにも入る班がなければ、どうせ来ないんだから名前だけ入れといてやれよ、
みたいな感じでこっそりどこかの班に言うようになった。
クラスの他のやつらはそう思ってなかったかもしれないが、
俺は林田が気に入らなかった。一つはいろんな面で特別あつかいされてること。
こいつだけなぜか給食を食わないで弁当だったしな。
もう一つは、普通この手の波風立てないで学校生活をやり過ごそうってやつは、


おどおどした態度をとるのが多いだろ。
ところが林田はそうじゃなくて、どんなときでも平然としてるんだ。
卑屈でも傲慢な感じでもなくて、平然。それが気に食わなかったんだな。
当時の中学校は荒れててね、ケンカもイジメもそりゃあったよ。
暴走族が盛りの頃だから、先輩後輩のつながりも強くって、
3年生には族のやつらがバックにいるんだ。
んで、俺が一度「林田をシメてやろう」って話を1年の間で広めたときには、
話が聞こえていった先輩方に止められたんだ。「あいつには手を出すな」って。
理由は教えてもらえなかったけどな。
それでガマンしてたんだけども、夏休み前・・・1学期の終わり頃だったと思う。
学校の帰りに2人の仲間とつるんで歩いてたら、前に林田がいたんだよ。


下を向いてすたすた歩いてた。その姿を見たら急にムシャクシャしてきて、
足を速めて追い越しざまにドンとぶつかったんだ。
林田はトトッとつんのめるように前に泳いだが、転ばなかった。ゆっくり

振り向いてこっちを見たんで、俺は手に持ってたバックをわざと下に落とし、
「何たらたら歩いてんだ。お前のせいでバッグ落としたじゃねえか、拾えよ」
・・・チンピラみたいだって?まあチンピラでもこんなことはしねえから
マンガに出てくるチンピラだな。俺のバッグを拾ったら、
そのまま家まで持たせてやろうと思ったんだ。
ところが林田のやつ、バッグに視線も落とさず、
平然とそのまま前を見て歩き去ろうとする。カッと頭に血が上った。
駆け寄って殴ろうとした。肩に手をかけて振り向かせようとした途端、


額に何かが強くビチッと当たった。スゴイ勢いだったが、そんなに痛くはない。
続いて、右耳と右ほほに2発、ドロリとした感触があった。
後ろを向いてかがむと、ダチ2人がバッグを頭の上に掲げて、
降ってくるものを防ごうとしていた。夏制服の白ワイシャツに、
スライムみたいな黒っぽいものと鮮やかな赤い血が染みを点々とつくっていた。
何が降ってきてるのわからなかったが、
半そでの二の腕にビシッとまた当たり流れ落ちた。
それをよく見ると、ひれのついた尻尾と小さな手足があった。
オタマジャクシだと思った。それも、もうすぐカエルになる四本足の生えたやつ。
ビチッ、ビチッ・・・オタマジャクシの雨は降り注ぎ、
たまらず俺たちは店のアーケードの下に逃げ込んだ。


最後のオタマの一匹が俺の口のわきに当たり、唇にいやーな感触を感じた。
道路を見ると、俺らがいたところ以外にオタマは落ちておらず、
林田はもうだいぶ向こうまで歩き去っていた。
体はもうぐじゃぐじゃの赤黒いまだらになってて、
あちこちに嫌な臭いのするゼリーがこびりついてた。
これが全部つぶれたオタマだと思うと気が狂いそうになった。
3人ともワイシャツを脱ぎ、近くのドブ川に捨てた。
ズボンの股にもだいぶついてたが、
脱ぐわけにもいかず児童公園まで走って水道で頭もいっしょに洗った。
信じられない・・・空は曇りだったが風もなかったし、
オタマジャクシの季節は過ぎてる。暗澹とした気分になって、


ダチ2人とは少し言葉をかわしただけで別れ、家に帰った。
夏だったのが幸いで、水風呂に入って体全体を洗った。
ズボンはどうしようか迷ったが、ヒドイ臭いだったので捨てた。
そうしてるうちに、高校にはいかず土木作業をしてる兄が帰ってきたんで、
さっきあった出来事を話した。兄貴は、「・・・林田に何かしようと

したのか・・・バカが。これで済んでよかったほうだぞ」
こう言って、自分が中学校のときの話をしてくれた。
何でも林田の兄が、兄貴の一つ上の学年にいて、やはり弟と同じように

ものをしゃべらなかったが、からかおうとしたやつ2人が、突然に喉を

つまらせて倒れたんだそうだ。2人とも死ぬようなことにはならなかったが、
それぞれ喉の奥から、20cm近い生きたナマズが出てきたんだそうだ。


「あいつはほら、斎八橋をわたったところに、筵を入り口にかけた家があるだろ。
知らんか。拝み屋なんだが、そこがあの兄弟の家なんだよ。
失せもの探しとか、呪いみたいなこともやってるらしい・・・ヤバイんだよ」
まあこんな話。・・・その後林田兄弟はどうなったかって?
兄のほうは拝み屋の後を嗣いで、今は新興宗教の教祖様だ。
公民館みたいなでかい建物を造ってまだ町に住んでる。
弟のほうは中学校卒業したらどこかに行って消息がわからない。
噂だと大物政治家の秘書をやってるってのもあるな・・・