大学2年のとき。親からの仕送りが事情により減ってしまったんで、
今後のことを考えてアパートを一段安いところに引っ越すことにした。
不動産屋を回って決めたのが今の部屋で、かなりのボロだし、
トイレは共同だがしかたがない。引っ越しも業者には頼まず、同じ学部の
友人らに手伝ってもらった。どうせ荷物はたいしてない。その友人の中に、
いわゆる霊感があるというやつが一人いた。名前は山田としておく。
その山田が、新しい部屋に入るなり犬のように鼻をクンクンいわせ始めた。
「どうした、何やってるんだ」と聞くと、「うーん」と唸って、
鼻をヒクつかせながら押入れを開け、下の段にもぐり込んだ。そして、何やら

ゴソゴソやっていたが、「ハッケーン」と言って紙のようなのを持って出てきて、
「ほら、こんなのあったぞ」と見せてよこした。古くなった神社の御札だった。


山田は「やっぱりな。引っ越しそうそうこんなこと言っちゃなんだが、

ここ出るぞ」と、すごく嬉しそうな顔で言った。「出るって、何が」

とさらに聞くと、「幽霊に決まってるだろ、すげえビンビン感じる。

だが心配するな俺が除霊してやる」それから3日後の土曜日、

昼過ぎに山田が一人で大きな荷物を持ってやってきた。
「お前、何か金縛りとかあわなかったか」と聞いてきたんで、
「いや、今のところ特にそんなことはないが、ジメジメして陰気な部屋だと

感じる」 「まだ今のところ霊も様子を見ている段階だろうな。
これからじわじわやるつもりなんだろう。くる途中一つ手前の通りのソバ屋に
入って聞いてきたが、この部屋自殺者が出てるらしいぞ」
「おいおい、おどかすなよ」 「まあ心配するな、除霊してやる。

 

準備してきたんだ」山田はバッグから小型の除湿機と、

煙の出る殺虫剤、広口のガラス瓶を取り出した。
それらを部屋の中央に置くと「さて支度するか」と言って、
俺を部屋の外に連れ出した。ポケットから神社の御札をごそっと取り出し、
ドアのすき間に、廊下側から目張りするように何枚も貼った。
それからアパートの外に出て裏に回り、部屋の窓の外側から、
さっきと同じように御札を貼りつけた。「御札代は実費でもらうからな」
また部屋に戻ったときに「どうして外から御札を貼ったんだよ、普通逆だろ」

と聞くと、「霊が苦しくなって外に逃げ出さないようにするためだ」と言う。
「霊が逃げ出してくれたらそれでいいじゃないか」
「バカだな。逃げ出してもまた戻ってくるだろ」

それから部屋の中央に除湿機を置いて電源を入れると、
やや離れたところに殺虫剤をセットし、煙の出るタブを引き抜いた。
「出るぞ」と山田が言い、急いで外に出てドアを閉めた。
中は除湿機が稼働した状態で殺虫剤が焚かれている。
それからゲーセンに行って2時間くらい時間をつぶし、また戻ってきた。
「ここからが、一番むずかしいんだ。俺が声をかけるまで外で待っててくれ」
そう言って山田は一人で部屋に入っていった。
待っていると、中でお経のようなものを唱えてる声がしばらく聞こえ、
「もういいぞ」という声がしたんで中に入った。
中は殺虫剤臭かったが、除湿機の近くで山田は得意そうに瓶をかかげていた。
瓶には御札がベタベタに貼られていた。「封印したぞ、見ろや」


瓶の中には黄ばんだ液体が半分ほど入っていたが、
山田が振り動かすたびに、液体がぞわっと黒い塊に変化した。
黒い塊は磁石にくっつけた砂鉄のように不定形で、かすかに動いていた。
しばらくそのままだったが、じょじょに濁った液体に戻っていった。
「俺が感じたところによれば、これはフィリピン人の女のようだ
日本人の男に恨みを持ってる」 「それどうするんだよ」と聞くと、
「じつはこういうの高く買ってくれるとこがあるんだよ。
だが・・・石崎に使おうと思う」唐突に出てきた石崎というのは、
学部の助教授で俺も山田も講座の単位を落とされて
当時頭にきていたやつだ。女の学生に手を出すってことで評判も悪かった。
「どうすんだよ」 「もうすぐ新入生歓迎会があるだろ。


そんときに石崎もくるだろうから酒に混ぜて飲ませてみる」
・・・新入生歓迎会のときに山田は言ったことを実行し、それから2ヶ月くらいして
石崎助教授は当時全盛期だったフィリピンパブの女に引っかかり、
共同研究費を使い込みして社会的に抹殺された。
俺はといえば、残りの大学生活をその部屋で何事もなく過ごした。
山田とは卒業以来会っていないが、
普通の就職はぜず、知る人ぞ知るという霊能者となり
国政選挙などの裏舞台で活躍しているという話だ。