俺の伯父さんだが、けっこう長く入院してたんだ。
病気は末期の肺がんで、1度は手術したものの完治はぜず、
2度めの手術を勧められたが断ったらしい。もう覚悟を決めたんで、
苦しい思いはできるだけしたくないってことだったみたいだ。
俺の母親の兄だけど10以上歳が離れていて、たしか66歳だったはず。
元実業家で、飲食店やビルの経営をして、バブル期にはかなり儲けてたらしい。
母親は、若い頃は相当荒っぽいことをして元手を稼いだとも言ってた。
それが60過ぎてすべて売り払って、これから好きなことをするぞ
ってときに病気になったからさぞやがっくりときてたと思うんだ。
でも気丈というか、負けず嫌いな人だったから、
何度か見舞いに行ったときも、酸素の管を離せないのに
ふざけた冗談ばかり言って、看護師たちの手を焼かせたりもしてたらしい。
弱気なところは人前ではいっさい見せなかったな。
最後に病院に行ったときに俺にこんなこと言ったんだ。「お前、
オカルト好きだったよな。よし、俺が死んでもし死後の世界が
あるんだったら、見てきて必ず幽霊になってどんな様子か知らせてやる」
俺が「嫌だなあ、まだまだ先のことでしょ。それより早く元気になって、
またタイのバーにでも連れてってくださいよ」と返すと、ニヤーッと笑った。
で、その伯父さんが昨日亡くなったんだよ。
突然のことで末期には立ち会えなかったけど、今日火葬をするんだ。
俺らの地域は火葬が先で、葬式は遺骨になった後からって
ことになってるんだ。それで俺も母親とともに火葬に立ち会うことになった。
喪服に着替えようと、物置みたいにしてある2階の和室に取りにいったんだ。
普段あまり着ない服や季節外れのは、そこのクローゼットに掛けてるんだが、
そのとき母親に、箪笥にしまってある着物の喪服をついでに
とってきてくれって頼まれた。和服は帯とか紐とかごちゃごちゃ
いろいろあるんで、まず先にそっちを出してしまおうと箪笥の引き出しを開けた。
中に伯父さんがいた。その箪笥の引き出しは高さ15cmくらいのものなんだが、
そこに薄く、平べったくなって伯父さんが入ってた。伯父さんの顔は、
普段の陽気さはかけらもなくゆがんでて、瀬戸物をこすり合わせるような声で、
「来るな、・・・する前にぜったいこっち来るな」と言った。
俺はびっくりして後ろに尻もちをついてしまったが、怪談話にあるように
気絶したりはしなかったな。立ち上がったときに引き出しの中が見えたけど、
そこには母親の喪服が薄紙に包まれてあるだけだった。
ああ死後の世界を見てきて知らせるって言ってたな、と思い出した。
約束を守ってくれたんだ。しかし、来るなって言われても
無理だよなあ。「・・・する前」って何だろ、聞きのがしちまった。