じゃ話していくけど、くれぐれも秘密は守ってくれよな。
会社に知られちゃマズイんで。あのな、俺は輸入会社に勤めてるんだよ。
いや、商社って規模じゃないんだけどな。主にメキシコから中米、南米が
取引先なんだ。これって商売敵は少ないのよ。やっぱ地球の裏側で遠いだろ。
航空便を使って割に合うような貴重品の輸入もないし。
大型コンテナ船が中心なんだ。それじゃどうしたって時間がかかるから、
敬遠するとこが多くてな。熱帯魚とかはルートはあるけど。
でな、うちの会社の神戸の倉庫での話なんだよ。
ああ、前までは倉庫会社から借りてたんだが、商売が順調でね、
自前の倉庫を買ったんだよ。そんな大きなもんじゃないけど、
田舎の中学校の体育館くらいの広さがある。そこでの話なんだ。

日中はな、嘱託のじいさんが管理主任として常駐してるんだ。
けどよ、この人は二代目で、最初の管理人が失踪してるんだよ。
いや、倉庫の中でってことは誰も考えなかった。朝に勤務に出て、帰宅後に

行方不明になったってことだろうとみな思ってた。だって、

倉庫にはその日の勤務日誌が残ってて、すべて外鍵がかかってたからね。
まあね、そいつがどうなったかってのはこれからの話に出てくる。
あんたらが信じるかどうかはわからねえけどよ。でな、その倉庫は
夜間は警備保障に頼んであるんだ。もちろん常駐じゃねえ。
それは金がかかりすぎるし、赤外センサーを入り口、荷降ろし口付近に
組んでもらって、あとは月数回の巡回。で、もし巡回やセンサーで
異常の感知があった場合、管理部長のところへ連絡が行く。

だけどよ、これがすごく多かったんだ。それも赤外線センサーの誤感知。
月に5、6回くらいあっただろう。そのたびに警備怪会社が駆けつけるんだが、
表面的な異常はなし、鍵はかかってるし物が荒らされた様子もない。
初代管理人の幽霊? いや、違うけど、まったくの間違いでもない。
おそらくこういうことに詳しいあんたらにも想像はできんよ。でな、警備会社の
ほうから、誤作動はネズミとかの小動物のせいだろうって話があった。
向こうは侵入者もいないのに走らされるのはうんざりだったんだろうが、
そうは言わず、大切な商品に害があっては困るでしょうから、ときた。
まあそれでな、とにかく実体を確かめようってことになった。食品はほとんど
輸入してないんで、ネズミがいるとは考えにくかったし、それでも、
もしいることがわかった場合は駆除会社に連絡して対処することにした。

そうそう、俺が担当になってネズミ捕りを仕掛けたんだよ。
昔ながらの網カゴのやつ。ああいうの見るのって俺は初めてだった。年寄りの
上司たちは、昔使ってたのとほとんど変わってねえって懐かしがってたけど。
うん、それを出入口と、荷降ろし口の近くに設置したんだ。
俺が行ってやったんだよ。まあ、社外のやつが立ち寄るとこじゃないから、
見られて困るということはない。普段は管理主任しかいないしね。
で、夕方に設置して、翌朝に見にいく。それを1週間続けたわけ。最初の

4日は何もかかってなかったんだ。だから、やっぱいないもんだと思ってた。
誤作動の原因は別だろうって。ところが、5日目の朝に管理主任から
電話があって、変なものがかかってるって言うんだ。で、見に行った。
したらネズミ捕りのカゴが、ビニールのゴミ袋でくるまれててね。

管理のじいさんがやったんだよ。「何だこれ」って聞いたら、「こうしないと

逃げ出してしまう」って。「小さな生きもんか」ってさらに尋ねたら、
「寒天みたいなもんだ」って言いやがった。わけわかんねえだろ。んなわけ

ねえだろって、じいさんは止めたけどビニールを剥いでみたんだよ。したら、
半透明のビニールの内側が粘り気のある液体で濡れてて、俺の手にもついた。
嫌な臭いがしたね。あと温かみも感じた。液体はボタッ、ボタッと床に

垂れて・・・信じるか? それが自然に一つにまとまっていったんだ。
俺の手についた分も、ごろっと玉みたいになってこぼれて。床に固まったのは、
黄色みがかって中に小さな気泡がいっぱい入った、大きさもまさに寒天だったよ。
しかもそいつは自力でぷるぷる揺れてたんだが、突然、
物凄い速い動きをして、荷物の箱の下に入って見えなくなったんだ。

ネズミ捕りの中には、蛾とか小さい甲虫とか、からからに乾いた
虫の死骸がたくさん残ってた。自分で見たもんが信じられなくて、
背筋がぞくぞくってしたよ。で、見たままを上司に報告したら、
「まあ嘘とは思わん。面白そうだから、泊まりがけで見てこいよ」って
言われたんだ。「特別の手当をつけるから」ってね。断れねえんだよ。
実はな、最初はボカすつもりでいたんだが、俺らの会社ってのは、
完全なカタギのとこじゃないわけ。だから上の命令は絶対なんだよ。
で、その夜。俺とじいさんが管理室に寝袋持って泊まり込んだ。
荷のために空調が入ってるんで暑い寒いってことはねえ。
相手が夜行性かもしれねえからって、上の照明は全部消し、
管理室の明かりだけつけて。あとは一人ずつ大型懐中電灯を持ってな。

ネズミ捕りのカゴは使わなかった。朝の様子じゃ効果ないと思ったから、
捕虫網の網を外して、そこに丈夫なビニールをくっつけたのを
わざわざ作ったんだ。餌は、昆虫が好きそうだったんで、ペット屋で買ってきた
カブトのメスを数匹、手足をもいで床に置いた。で、11時過ぎだな。
管理室からの明かりでうっすら見えるそのカブトのほうに、なんか近寄ってきた。
1Lのペットボトルを半分に切ったくらいの大きさで、ゆっくりゆっくり・・・
朝見たのと同じ薄黄色の半透明のゼリーだった。それが先のほうが
ビョーと伸びるようにしてカブトに被さって。それと同時に本体のほうも
カブトの真上に移動してな、中に取り込まれちまった。俺は学はねえんだけどよ。
中学のときの理科の実験で見たアメーバってのを思い出した微生物ってのか?
顕微鏡で見てたら、他の小さいやつをにゅーっと体の中に入れて・・・

寒天ゼリーがカブトを取り込んだところで、俺が懐中電灯と捕虫網を持って

外に出た。そいつがいる床面を照らし出したとたん、そいつは素早く縦に伸び、
その伸びた方向に逃げ出した。人が走るより速いように思ったが、
そのあたりの潜り込めそうなコンテナ類は片付けてあった。
やつが壁にあたって垂直に曲がった。俺は斜めに走ってやつの進路めがけ、
捕虫網を振り下ろした。後ろのほうをかすっただけで入らなかった。
やつはコンテナの置いてあるほうへ逃げ、
「ああ、隙間にもぐりこまれてしまう」と思ったんだが、そうじゃなかった。
コンテナの陰に大きなものがいたんだ。2m四方の寒天ゼリーを
想像してくれ。立方体より縦長で、大型冷蔵庫のような感じの。
それに懐中電灯を向けて、俺はこの仕事を受けたのを後悔した。

ゼリーはプルプル震えて光を反射し、はっきりとは見えなかったが、
確かにその中に人がいた。青い作業着はそのままで、顔は干からびてミ
イラになっていたが、行方不明になってる前の管理主任だと思った。
もちろん管理主任がまだ生きててゼリーを動かしてるわけじゃない。
中に取り込まれて水分を吸われて死んだ体が残って、突っ立ってるんだと

思った。さっきの小さなゼリーが、滑るよう親玉ゼリーにあたり、
平べったくなって張りつき一体化した。ゼリーは震えながら、ぬるりと

形を崩した。俺のいるほうに傾いて歪んだんだよ。命の危険を感じた。
俺は後ろを向いて走りだし、管理室に逃げろと声をかけた。
2代目管理人が転げるように出てきて、俺たちは必死で入り口まで全力疾走し、
ドアの外に出て鍵をかけた。警備保障のロックをするヒマはなかったよ。

携帯で上司に連絡し、さいわいまだ起きてたんで顛末を話した。そしたら、
こんなことを言われたんだよ。「やっぱそうか。ん、知ってたっていうかなあ。
チリでそういう話は聞いたことがある。人喰いゼリーというか、人はめったに

食わん。向こうは生態系が豊富だから、食いもんには困らんだろうし、
わざわざ人を襲うことはない。ちょっと大きいワニが人食いワニって名づけられ、
評判になるようなもんだろ。よくあるホラ話かと思ってたが、ホントにいるのか。
世界は奥深く自然は神秘的だな。そいつ、捕獲できるんなら会社にとっても
何かの役に立つんじゃねえか。テレビなんかが大々的に取り上げてくれるだろうよ」
ということで、明日の夜だよ。会社をあげて捕獲作戦をすることになった。
害虫駆除の業者も呼んでな。もちろん俺も行く。嫌だが行くしかない。不安で
ならねえよ。あれは人の太刀打ちできるもんじゃねえ。だから話しにきたんだ。