小学校の6年のときのことです。その日は台風が来るという予報のため、
全学年が給食を食べて放課になり、集団登校で帰ったんです。
曇り空で蒸し暑く、やや風が強まってきていました。自分ちの小路に
入るところで他の生徒とは別れ、僕と3年生の弟とで角を曲がりました。
そしたらちょうど母が家の門に入っていく後姿が見えたんです。
「ああ、買い物帰りか」くらいにしか思わなかったんですが、弟が僕の
シャツのすそを引っぱりながら「あれ、母ちゃんじゃない」って言ったんです。
変なこと言うなと思いながら「何でだよ?」と聞きましたが、
顔を真っ青にして「・・・なんとなく」と答えました。
そのときは「何言ってるんだろ、こいつ」くらいにしか思わなかったんです。
弟は家に入りたがりませんでしたが、無理に手を引っぱっていくと、


台所で母がスーパーの袋の中のものを冷蔵庫にしまってるところでした。
母はこちらを見て「ああ、あんたたち早かったねえ」と言いましたが、
普段と変わった様子はないと思いました。
ところが弟は、体をこわばらせてぶるぶる震えてたんです。
・・・それから数日して、金曜日になりました。その間、弟が沈んだ
様子でいるくらいで、特に変わったことがあったとは思いません。
父は当時単身赴任していて、土曜の午前中に帰ってくる予定でした。
その夜、11時過ぎころだったと思います。
僕と弟は同じ部屋の2段ベッドで寝ていたんですが、
「ぎゃははははははははは」という高笑いで目が覚めました。
僕は下の段だったので、豆電球の光で、


目の前に母の足から胴の部分が見えていました。いつもの見慣れた
服装でしたが、こんな笑い方を聞いたのははじめてでした。
母は「ぎゃはははは、もう飽きた。飽きたよ」と言うと、続けて、
「お前は気がついてるみたいだから、髪の毛を食わせてやったよ」と、
たぶん上段の弟に向かって呼びかけました。
そして荒々しくドアを閉めて出ていったんです。
何が起きたのかわからず、とりあえず起き上がって電気をつけました。
するとベッドの上段で、「うえっ、うええっ」と、
弟がえずいている声が聞こえました。登って見ると、
弟は壁のほうを向いて体を二つに折り曲げ、吐いていました。
「たいへんだ」と思い階下に降りましたが、誰もいなかったんです。


すべての電源が落ちて真っ暗でした。頭がパニックになってましたが、
父の携帯番号に電話をかけました。父はすぐ電話に出たんですが、
僕の説明を聞いてもわけがわからなかったらしく、
「母さんに代わってくれ」と何度も言いました。結局、父が隣家に

連絡をしてくれ、ややあって隣のおじさんが家にきて、弟を病院に連れて

いってくれました。・・・容体はたいしたことはなかったんですが、

弟の吐いたものには、細かく切った髪の毛が大量に入っており、

消化不良を起こしたのだろうということでした。朝方、父が病院にかけつけて

きましたが、やはり事情がのみこめていない様子でした。
家に戻っても母の姿はなく、警察に捜索願を出したんですが、
それ以来いまだに行方不明のままなんです。

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