今、中3です。受験勉強真っ最中なんで、
こんなとこにきちゃいけないのかもしれませんが、
あんまり奇妙なことがあったんで、ぜひ聞いてもらいたくて
やってきました。姉の話です・・・齢は2つ違ってて高2なんですが、
私より顔も性格もずっと派手めなんです。この間、勉強の息抜きに
CDを聞こうと思ったら、姉に貸していたのに気づいて、
姉の部屋に行ったんです。ノックをしても返事がなかったんですが、
帰ってることはわかってたのでそのままドアを開けたんです。姉は机に
横向きに座って髪をとかしてました。胸よりずっと長く伸ばしてるんです。
その後姿が、いかにも機嫌が悪そうに見えました。
「ああ、マズイとこにきちゃったかな」と思いましたが、案の定、
「なに勝手に入ってきてるのよ」


こちらをふり向くと同時に怒鳴り声が飛んできました。
「えーでも、ノックしたよ」姉は髪にブラシをかける手をとめず、
「なに?なんの用よ」と、かなりいらついた声でした。
ああこれは、高校で何かあったんだなと思いました。
姉はまったく勉強しなくてもいい学校に行ってるので、何かあったといえば
男関係です。「こないだCD返してもらおうと思って」
「音楽聞くヒマがあったら勉強してりゃいいだろ」
・・・あー、これはダメだと思いました。こういう状態のときは
何を言ってもムダなので、あきらめて戻ろうとしました。
そのときです。姉が髪をとかしているブラシの先から、
大きな白いものがボロッと床に落ちました。


何だろうと思いましたが、床の上でゴニョゴニヨと動いています。
白い、半透明の・・・使ってない消しゴムくらいもある大きな虫でした。
背中を下にして床に落ちた虫の腹には、エビのような形に足がたくさん
ついてました。それを見て思わず「キャー」と叫んでしまいました。
「デカイ声出すなよ、クソガキ」 「でもお姉ちゃん虫が・・」虫と聞いて、
姉もさすがに手をとめ、私が指さしてる床を見ましたが、「虫なんて
どこにいるんだ?お前勉強のしすぎでイカれてきてるんじゃないか」
虫はもがきながら起き上がり、そのまま考えられないような速さで
姉の足を駆け上がり、髪の中に入ってしまったんです。
「虫なんてどこにいるんだよ?」
「今・・・お姉ちゃんの髪の中に戻った」


姉は机の上の鏡を見ながらあちこち頭をさわってましたが、
「虫なんていないよ。帰ってからずっとブラッシングしてたんだし。
嘘つくならもっとマシな嘘つけよな」これはダメだと思ったので、
「・・・ああ、ごめんなさい。見間違いだと思う」
こう言って部屋のドアまで後じさりして閉めました。
「たくもう、妹は嘘つきだし、カレシには浮気されるし・・・」
こんな声がドア越しに聞こえました。
部屋に戻って勉強を再開することにしましたが、
なんだか自分でも自信がなくなってきました。
さっき見たのはあまりに変な虫だったからです。
かなり大きい・・・カブト虫くらいはあったと思います。それに半透明の


ジェルの固まりみたいな体だったし、足もたくさんすぎました。今まで
一度も見たことがない虫で、動きも虫というよりハ虫類とかみたいでしたし。
疲れがたまってるのかもしれないと思い、その日は早く寝ることにしたんです。
2時ころでした。大きな声が聞こえて目を覚ましました。
「チクショー、アノヤロー」姉の声でした。いくら姉でも、夜中のこんな時間に
そんな声を出したことはなかったので、寝言じゃないかと思いました。
声はそれだけでおさまったので、私もすぐまた寝ました。
翌朝、朝ごはんを食べているとグシャグシャの髪で姉が起きてきましたが、
不機嫌な顔で頭が痛いと言いました。母が「休めば」と
言いましたが、「そんなわけにいかない、おとしまえをつけてやるんだ」
と言って朝シャンに行きました。いつも朝食は食べないんです。父は


単身赴任中で姉には怖いものがない状態なので、母もため息をついただけでした。
髪を濡らして戻ってきた姉の目がなんだかいつもより吊り上がっているように
見えました。きっとカレシか、浮気したという女の人をこらしめに
学校にいくんだろう怖いなと思いました。・・・その日姉はかなり遅く帰り、
夕飯はいらないと言って部屋に閉じこもってしまいました。
それから物音一つ聞こえてきません。
「ああ寝たのかも」と思ってその夜は勉強がはかどりました。
その夜中、また姉の大声が聞こえてきました。
「クソー、バカヤロー、ユルセネー」大声というか絶叫です。
昨夜のようにすぐおさまるかと思ったら、延々と続いたんです。
これは・・・怒られるのを覚悟で起こしにいこうと思いました。


姉の部屋はすぐ隣で、ドアには鍵はかかってないのでそっと開けてみました。
暗くて様子がわからないのでドアの近くの電気のスイッチをつけると、
ベッドが見え、姉の体がそこから半分ほど浮き上がっていました。
長い髪の毛が枝分かれして上に伸びてたんです。そのため上半身が

引っぱられてるように見えました。髪の束の一つ一つの先に

前に見たあの虫がいて、羽もないのに宙に浮いて姉を引き上げてるんです。
「ギャー」それに気づいて絶叫しました。姉は目をつむったままで、
頭の皮膚が伸びて顔全体が上に寄ってました。
そんな姿で「コノヤロー」と叫んでるんです。
階段を上ってくる音がしました。そのとき虫の姿がいっせいに消え、

姉はベッドの木の部分にゴンと頭をぶつけてうつ伏せに倒れました。


「ちょっとあんたまでどうしたのよ?」とあきれたように上がってきた
母が言いました。姉は頭を押さえたままゴロゴロ転がっているし、
私は「虫、虫」と言いながら宙を指さして泣いていたからです。
・・・姉の頭はコブができたくらいでたいしたことはありませんでした。
その後は夜になっても何もなく、1週間くらいで姉はカレシと
仲直りした・・・というか、「土下座したから許してやった」と言ってました。
後になって考えてみたんですが、私が見たのは・・・もしかしたら「嫉妬の虫」

というものかもしれません。だとしたら姉が自分で作り出したものなのでしょう。
姉が怖い・・・というより、人間ってそういうものを作ってしまうほど
感情が高ぶるんだってことが怖いな、と思いました。前に読んだことのある、
ギリシア神話の髪の毛がヘビになってる怪物みたいだったんですよ。

* 「かるかや」というのは「苅萱道心」を主人公にした仏教説話で、
加藤という侍の家には妻と妾が同居してたんですが、
表面上は仲睦まじく見えたのに、夜になると2人の髪が蛇になって
からみ合い争ってるのに気づいてしまった。それで世の無常を感じ、
「苅萱」と名を変え出家したというようなお話です。

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