昭和52年 村田樹彦さん
ああ、「山の事務所」の話だろ。1度だけ行ったことがある。
俺の実家は〇〇市で、あそこからチャリで15分くらいのとこだったんだ。
当時はもちろん、今みたいに有名になってたわけじゃない。
俺はそのとき 高1でな。ちょっと気持ちがすさんでたんだ。
受験に失敗して第一志望の学校に入れなくて、滑り止めに受けた私立に
行ってたんだよ。何もやる気が起きなくて、中学のときにやってた
バスケ部にも入らなかった。その学校のバスケ部は弱かったし。
でな、最初はそこの学校のやつらが話ししてるのを聞いたんだよ。
〇〇山の登り口に人の住んでない建物があって、簡単に入れる。
けども、あそこ気味悪いって。そいつら、自由にタバコ吸ったりする
場所を探してたみたいなんだな。で、あれを見つけたんだが、

何かあったらしくて、その後行ってないってことだった。それ聞いて、
あ、俺んちの近くじゃんって、見に行ってみようと思ったわけ。
たしか土曜日の夕方だった。でな、俺には3つ下の弟がいて、
当時は中1か。そいつ連れてったんだよ。いや別に、一人で行くのが
怖かったってわけじゃないが、ヒマそうにしてたから。
場所はすぐわかった。山をちょっと登ったとこにあって、
他に家とかはないから。ああ、たしかに事務所みたいな建物なんだが、
あんなとこに事務所建てても役に立たないって気がする。
時期は11月で、まわりの木が枯れて落葉で埋もれるようになってた。
まだ明るかったから、懐中電灯とか持ってってないよ。
で、そこな、5分くらいだけど山を登らないと前に行き着けないんだ。

それも変だろ。下にチャリを置いて、弟と登ってったんだよ。
建物はまだ新しかった。2階建てで、1階と2階の間にでかい横看板が
ついてたが、それには何も字は書いてねえんだ。サッシ戸の入り口は
開いてて、入るのはわけなかった。間取りは覚えてるよ。
1階は2部屋と給湯室、あとトイレ。部屋は2つともそこそこ広くて、
事務机やイス、コピー機なんかもあった。だから事務所って言われてるんだろ。
すでにホコリまみれだったけど、あの当時は落書きとかはなかった。
で、階段を登ろうとしたときに、後ろをついてきた弟が、
「兄ちゃん、ここヤバいんじゃないか、戻ろうぜ」って言ったんで、
「怖いんならお前だけ戻れ」そう言って上にあがった・・・
でな、このとき、弟はついてきたとばっかり思ってたんだが・・・

2階は1部屋で、畳が敷いてあって布団が積まれてた。たぶん事務所のやつが
寝泊まりする部屋。それと、1階の屋根がベランダみたく張り出して、
ドアがあって、そこに出られるんだよ。ドアは閉まってたが、ノブを引くと
開いた。ベランダに出ようとしたとき、また弟が「兄ちゃん戻ろう」って
言った。それ無視してベランダに出た。下はコンクリで幅が2mくらい。
低い手すりがついてたんで、そこまで行って下を見たわけ。そしたら、弟がいて
俺を指さして叫んでた。「え?」。弟は俺の後ろについて来てると
ばっか思ってたから。それで振り向くと、真っ黒い影みたいなやつがいたんだよ。
思わず飛び離れた。そいつが「兄ちゃん」って言ったとき、もう一目散に逃げたよ。
入り口を走り出て弟と山を降り、チャリを全力でこいで家まで戻った。
後で聞いたら、弟は階段のとこで、上には行かずに外に出たって言うんだよな。

昭和62年 村上修司さん
ああ、「山の事務所」だろ。俺が高校の頃はすでに心霊スポットとして
地元では有名だった。さんざん人が行って荒らしてて、スプレーの落書きだらけ
だったし、1階は机とかがひっくり返ってた。それで、俺が高3のときだな。
夜に仲間4人とバイクで肝試しに行ったんだよ。みなそれぞれ、
家から懐中電灯を持ってきてた。4人とも男で、全員日中に来たことが
あったから、だいたいの間取りはわかってたんだ。
でな、じゃんけんで順番を決めて、一人ずつ中に入って2階のベランダに出て
懐中電灯を振ろうってことになった。まあな、今から考えればバカ臭いし、
何考えてたんだろうって思うけどな。たしか俺は2番めだったはず。
いや、怖いってことはなかったよ。幽霊なんていないと思ってたから。
ただ、中は危なかった。スチール棚とかがひっくり返って、

ガラスが散乱してたから。それ知ってたんで、みなバイク用のブーツ履いて
きてた。つながってる2つの部屋を抜けて、トイレ前の階段を上がって
2階に出た。2階は宿泊室っていうのかな、畳敷きの部屋なんだよ。
布団が投げ出されてて転びそうだったが、そこ抜けて、
ドアを開けてベランダに出た。手すりまで行って下を見たら、
懐中電灯の光が3つ見えたから、俺もひとしきり自分のを振って戻ってきた。
次が3人めで、そこまでは特におかしなことはなかったんだ。
で、4人め、西村ってやつだったが、そいつけっこうなビビリで、
かなり怖がってるのが様子でわかった。けども一人で入ってって、
少ししてベランダに出てきて懐中電灯を振ったんで、こっちも下から
照らして振った・・・んだが、西村の横に黒い影がいたんだよ。

小さい、子どもみたいなやつだった。「あれ、何かいねえか」
「西村の隣に何かいる」 「ヤベくねえか」 「おい、逃げろ」
「逃げろ~」全員で下から叫んだ。そんとき西村が「わあっ!!」と
大声を出したのがこっちまで聞こえてきて、懐中電灯の光が引っ込んだ。
そんとき、照らしてたのに黒い影もふっと見えなくなったんだよ。
すぐに西村が入り口から走り出てきて、それ見て俺らもわれ先に逃げたんだよ。
バイクに乗って街のほうに戻った。車通りが多い道に出てほっとしたよ。
西村もちゃんと来てた。でな、西村に、「ベランダで横に何かいただろ」
って聞いたら、「お前らが叫んでるんで横見たら、黒いやつがいた。
それで泡食って逃げてきたんだが、顔とかは全然わからなかった」って
言ってたな。いや、その後 西村は板金塗装工場に就職して元気にしてる。

平成7年 三浦光輝さん
あ、どうも、三浦って言います。俺の会社、ふだんはアダルトビデオやって
るんだけど、夏になると心霊DVDつくってんですよ。コンビニで売るやつ。
これがけっこう小遣い稼ぎになるんですよ。でね、その年は、
◯県の〇〇市にある、通称「山の事務所」ってことにロケに行くことになって。
そこね、聞いたことあるかもしれないけど、名のしれた心霊スポット
なんです。関東じゃ最恐って言う人もいます。あそこに行くと必ず
何か起こるって。いやもちろん、幽霊なんていないと思ってましたよ。
実際、俺、それまで6年間心霊スポットの映像撮ってるけど、
何かが起きたなんてことはないし。起きてくれたほうが楽なんですけどね。
こっちでフェイク入れなくて済むから。ま、最初はそんなふうに
考えてたんですよ。それがねえ、あんなことになるとは・・・

ロケ隊は俺がディレクターで、あとカメラと音声、照明。
出演者は女の子2人と、いつもお願いしてる霊能者の村岡さん。
あ、女の子はAV関係じゃないですよ。ちゃんと事務所を通じて依頼した
タレントの若い子。あと、村岡さんは霊能者ってことになってるけど、
霊能なんてないと思ってました。本業は銀のアクセサリーとか
作ってる人なんです。立派なヒゲ生やしてるから霊能者役を
やってもらってるんだけど、レンタルの着物着せれば貫禄があって、
いい絵になるんです。もちろん、セリフとかはあらかじめこっちで
考えて伝えてあります。でね、そんときに行った「山の事務所」って、
事前の許可が取れなかったんです。調べても所有者がわからなくて。
まあでも、一晩ロケする程度なら大丈夫だって思いました。

場所とかはボカしますから。で、あそこロケ車をつけられないんで
電源が大変だったけど、照明の調子が悪くなったり、女の子の一人が
しゃがみ込んで泣き出したりと、シナリオどおりに順調に撮影は進んで
たんです。それで、一通り撮り終わって戻ろうとしたとき、
カメラのやつが変な声を上げたんです。「どした?」って聞いたら、
「村岡さんの後ろに黒い子どもがついて歩いてる」って言い出して。
村岡さんが笑って、「んなバカな」って後ろ見たら、いたんですよ。
ホントに黒い小さいやつが。いや、顔はおろか服もわかんなかったけど、
たしかに。「ギャ~~」ってまず女の子2人が逃げ出して、
俺らも後を追ったんっです。俺らも後に続きました。
照明のやつなんか重い機材をその場におっぽり出してね。

みなで山の下に停めてたロケ車に乗って、早々にその場を離れたんです。
でね、まず女の子たちを帰して、それから事務所に戻り、
撮った映像を最初から全部見たんです。そしたら、2階から下りてくる
村岡さんの後ろに、たしかに黒い影みたいなのがついてきてる。
その時点ではカメラも気づかなかったんでしょうね。
逃げ出したシーンも撮ってましたが、ガチですからね。すごい迫真に
迫ってました。でねえ、この映像、使おうかどうしようか迷ったんです。
いつもは霊のCGとか入れてるんだけど、これはモノホンですからね。
まさかとは思うけど、買ったお客さんに何かあったりしてとか考えて。
でもね、結局その映像出なかったんです、上からダメ出しになって。ある筋から
クレームが入ったみたいです。しかたなく別のとこで撮り直しましたよ。