自分(bigbossman)の知り合いに水沼さんという30代の男性が
いまして、この人はいわゆる鳥屋さんなんです。鳥屋といっても、
ペットショップ関係ではなく、本業はミニコミ誌の編集者です。
バードウオッチャーが自分たちのことを称して鳥屋と言ってるんですね。
水沼さんはほんとうに野鳥観察が大好きで、年に50日以上は
山に入ってるそうです。まあ編集者の場合、雑誌の校了の期間は
忙しいですが、ひと月のうちぽっかりと暇になる時期もあるので、
そういうことができるのかもしれません。自分が京都に遊びに行ったとき、
たまたまお会いして、嵐山にある甘味処でお話をうかがいました。

「どうもお久しぶりです。どうですか、最近も鳥を見に行ってますか」
「ええ、もちろん。つい3日ほど前も行きましたよ。ほら、僕ら編集者は、
校了期間は徹夜の連続になるし、精神的にもかなりキツイんです。
だから、それが終わると自然の中に逃げ込むんですよ。それとね、
ずっとマックとにらめっこでしょ。目が悪くなりそうなんで、
野山の緑を見るようにしてるんです」 「ははあ、ご存知だと思いますが、
自分は怖い話のブログをやってまして、バードウオッチングで
何か怖い目に遭ったことはありますか。あ、遭難とかじゃなく、
オカルト的なことで」 「うーん、そうですね。なくもないですよ。
僕らが行くのは、いわゆる里山なんです。どこにでもあるような低山。
登山が目的じゃないし、また標高が高くなるほど鳥の種類も少なくなる」

「ははあ」 「鳥に関しては怖い目に遭ったということはないです。
鳥が巣作りしてるのは落葉広葉樹帯です。杉や松林じゃなく、
雑木林なんですが、そうすると、ニホンザルの生息地と重なってる
場合が多いんです。でね、そのニホンザルに関してなら、
奇妙な話がいくつかあります」 「あ、ぜひお聞かせください」
「ニホンザルは日本のどこにでもいますけど、寒い地方と暖かいところでは、
毛の長さが違うんです。まるで別種に見えるくらい違う。それと、
やつらはオスのボス猿を中心に群れを作って生活してますよね」
「そうみたいですね」 「メス猿が産まれたばかりの子どもを抱いてる
とこなんか、まるで人間みたいです。けどね、やつら、得体のしれない
面があるんですよね」 「ははあ」 「あれは北関東に単独で出かけた
 
ときのことです。渓流をちょっと登った、標高は数百mのあたりです。
ねらってた鳥の写真は十分に撮れて、もう帰ろうかってころでした。
山の斜面に細い登山路があるんですが、そこをぞろぞろニホンザルが
降りてきたんです。驚きました。ふつう、やつらは樹上を跳び移って
移動するんですけど、そのときは地面を歩いてましたから。でね、
僕はやつらを驚かせたくなかったんで、木の陰に隠れて見てたんです。
けど、やっぱ臭いで気づかれたんでしょうね。先頭にいたオス猿が
キーッという声を出すと、みながバラバラに散って近くの木に
登ったんです」 「それで?」 「サルたちが樹上から自分の様子を
うかがってるのがわかったので、そろそろと山を下ろうとも
考えたんですが・・ でも、サルがそろって下りてきた山に

何があるのか気になるじゃないですか。それで、サルたちの気配が
消えたのを見はからって、細い登山路を登ってみました」
「そしたら?」 「高さにして300mくらい登って、何もないんで
戻ろうとしたとき、ふっと木の間に赤いものが目についたんです」
「何でした」 「人です。50代くらいの女性だと思います。
立ち膝の状態だったんですが、声はかけませんでした。
ひと目で生きてないってわかったので」 「遺体ってことですか」
「ええ。こっちを向いた顔には両目がありませんでした。黒い穴になってて、
腐って溶け落ちたんだと思います。あと、むき出しの腕はほとんど
骨になってました」 「でも、立ち膝って言いましたよね」
「ええ、気味悪かったですが、遺体を見つけたら通報するのが義務ですから。

近づいてみると、背中と服の間に細い木がはさまってて、
それで立ち膝に。無理やりそういう姿勢にさせられてるってことです」
「うーん、サルがやったんでしょうか?」 「おそらくそうだと思います。
その遺体の前には果物とか木の実が山と積み上げられてましたし」
「サルたちがお供えをした?」 「たぶん」 「で、どうしました」
「地元の警察に連絡しようとしたんですが、携帯は圏外でした。
で、通じるとこまで下りてったんですが、木の上にサルがいるんですよ。
で、僕のほうに尖った枝とかを投げつけてくる。ほら、ここ傷に
なってますが、そのときのものです」 「うーん、で?」
「怖くなって走って逃げました。すると樹上のサルたちが一斉に
キイキイキャアキャア叫びだして、一時はどうなることかと思いました。

でも、林を抜けるとそれ以上は追ってこなかったんで、
そこで警察に通報して、来るのを待ってたんです。2時間以上かかりました。
そのうちに日が暮れてきて、ああ、変な好奇心を出して見にいかなきゃ
よかったって後悔しましたよ」 「それで?」 「地元の署の警官が
2名来たので、事情を話し、遺体があるとこへ案内したんです」
「サルは?」 「そのときは妨害はありませんでした」
「で?」 「さっきの場所に行ってみたら、遺体はなくなってました。
場所を間違えたわけじゃありません。サルたちのお供えはそのまま
残ってましたからね」 「うーん、サルたちが移動させたんでしょうか」
「たぶん」 「何のために?」 「わからないですけど、あの遺体で、
サルは神様ごっこみたいなことをしてたんじゃないかと思うんです。

その山の麓には新興宗教の本部があって、観音像なんかがありましたから」
「サルがそれを目撃してマネをした?」 「そうじゃないかと思うんです」
「その後は?」 「警察は僕の言うことを信じてくれたみたいです。
僕が証言した、遺体が着てた服が、前年に山菜採りで行方不明になった
主婦のものと同じだったようで」 「うーん、じゃあその遺体はまだ、
サルたちの神様になってる?」 「いや、あれから2年たってるので、
さすがにもう骨だけになってボロボロだと思います」
「なるほどねえ、その亡くなった方にとっては、供養になってるのかも
しれませんね」 「あ、そう考えるとそうかもしれません」
「他にないですか」 「まだあります。あれは中部地方の山に行ったときで、
単独行じゃなく、ネットで知り合った地元のバードウオッチャ2人と

いっしょだったんです」 「で」 「そのときは、 サシバやノスリ
なんかをねらって、いい写真がたくさん撮れました。
やはり、地元の人は穴場をよく知ってるんです。で、その帰り、
もうすぐ森から出るってときに、頭上でサルたちが騒ぎはじめたんです。
最初はキイキイ言ってたのが、ウオーウオーってうなるような
声に変わりました。群れ全体でウオーって。あんなの聞いたことがないです」
「どうなりました?」 「それ聞いて、地元の2人の顔色が変わりまして。
登山路のわきで、それぞれ自宅に電話したんです。
一人はすぐに家の人が出ましたが、もう一人は家とは連絡が取れず、
急いで下山してると、連絡が取れなかった人に電話がかかってきたんです」
「なんと?」 「自宅が火事になってるって」 「う」

「これは後で聞いたことですが、火事の原因はいまだに不明のようです。
幸い、家族はそれぞれ出かけてて、自宅には人がいなかったんですが、
全焼だったそうです」 「これも不思議な話ですよねえ。サルが教えて
くれたってことですか」 「その人の家は山に近いとこにあったので、
もしかしたら上から火が見えたのかもしれませんが、さすがに、
サルがそれを教えるってことはないと思います。けど・・・」
「けど?」 「言われてみれば、あのときのサルの声、消防車のサイレンに
よく似てたんですよ」 「うーん、火が出てるのを見つけたサルが
伝言ゲームみたいにして山の中まで伝えたってことでしょうか。でも、
その人の家だってわかるとも思えないですよね」 「ええ」 「いや、

貴重なお話ありがとうございました。これ、ブログに書いてもいいですよね」