じゃあ、話をさせてもらうけど、録音とかしちゃいない
だろうな。それはマズいんだよ、いろいろ差しさわりがある。
あと、俺は高校も出てないし、あんまり話が上手くないから、
意味がわからねえとこがあったら、途中途中で口をはさんでも
かまわねえよ。・・・どっから話を始めたらいいかな。
たぶんツマラねえだろうと思うが、まずは俺の生い立ちからか。
物心ついたときには、田舎の祖母(ばあ)さんに育てられてたんだ。
俺が3歳くらいのときに母親が男をつくって出てったんだ。
それからほどなくして、親父はケンカに巻き込まれて死んだ。
よくは知らないが、腹を刺されたらしい。うーん、そうだな、
両親の記憶は少しだけあるが、優しくされたって気はしない。

後で祖母さんに聞いたんだが、両親が結婚したのは
2人とも18歳のときらしい。そらあ無理だよなあ。親父は
仕事にもついてなかったみたいだし。でな、俺は何も
わからないまま、父親の実家、その祖母さんの田舎で
育てられることになったわけ。俺には兄弟はいなかったし、
祖父は少し前に亡くなってた。毎朝、祖母さんが仏壇の
祖父と親父の子どもの頃の写真に線香と水をあげてたよ。
祖母さんはまだ若かった。50歳を過ぎたばかりくらいだったろ。
ほら、前に話したように、親父は若くして結婚したからな。
あと、当時、祖母さんは働いてて、町の施設の清掃みたいな
ことをやってた。祖母さんは優しかったけど、

だから俺は一人遊びすることが多かった。裏山がいい遊び場
だったんだ。100mもないくらいの高さだったんだろうが、
子どもの俺には広かった。虫を捕ったり、竹で弓矢をこさえて、
たまさか姿を見せる鹿をねらったりした。当たったことは
一度もなかったが。あとそうだな、俺は学校の勉強は
からっきしできなかった。けど、いじめられたりすることも
なかった。体が大きかったし、力も強かったんだ。で、
中学校に入って柔道部に入った。べつに興味があったわけじゃ
なかったが、当時の学校は必ず何かの部に所属しなくちゃ
ならない決まりで、柔道はほら、道着一枚あればできるだろ。
金がかからないと思ったんだよ。

でな、小学校のときには、祖母さんは土日とかに俺をよく
山に連れてってくれた。裏山よりももっと深いところだが、
軽トラに乗っていくんだ。で、県道に路駐して山に入っていく。
山菜採りとキノコ採りだ。祖母さんはどっちもよく知ってて、
俺に毒キノコも含めていろいろ教えてくれた。
思えば、あの頃が一番幸せだったな。中学校に入って、
土日にも練習があり、そういうことはなくなった。
で、俺が中2のときだよ。秋のある日、学校から戻ったら
祖母さんがいない。時間は7時過ぎだった。いつもなら
祖母さんが夕食をつくって待っててくれるんだよ。しかたなく
待っていたが、10時を過ぎても祖母さんは戻らず、

心配で隣の家に知らせに行ったんだよ。で、そこの家で
警察に連絡してくれ、警官が家にきた。軽トラがなくなってて、
祖母さんの山菜採りの道具もない。これは遭難かもしれないって
なったが、もう零時を過ぎてて、捜索は明朝からってことになった。
でな、夜のうちに祖母さんの軽トラが道路脇に駐車してるのが
見つかり、やはり山菜採りで迷ったんだろうってことになった。
祖母さんのことは新聞にも出たし、大人数で捜索したけど、
2週間しても見つからなかったんだよ。その間、俺の飯とかは
親戚の人がきて用意してくれてたが、迷惑そうだったな。
1ヶ月くらいして祖母さんは見つからないまま捜索が終了し、
俺は土日に一人で山に入って祖母さんを探した。

で、見つけたんだよ。そんな深いとこじゃない。裏山から谷に
出たあたりの藪の斜面の落葉の中に、人の足が出てるのが見えた。
いや、まず最初に虫を見つけたんだ。たくさんアブやハエが
その上を飛んでたから。捜索のやつらは、あまり近くて
かえって見逃したんだろう。俺が駆け下りて祖母さんの足首を
引っぱったら、ずるりと皮がむけた。その場に尻もちをついたが、
今度は長靴をつかんで引くと、小柄な祖母さんの体が出てきて、
体中、顔にも虫がたかってたんだ。いや、もう寒くなってたから
ウジじゃなく、小さな昆虫だよ。シデムシっていうやつ、
漢字で死出虫って書くらしい。祖母さんが死んでることはすぐに
わかったが、俺はその虫たちを祖母さんの体からはがして

一つずつ足でつぶしたんだよ。それから家に戻り、警察に電話した。
その後、俺は施設に入れられることになった。仏教系の孤児施設だ。
まあなあ、あんまりいいとこじゃなかったが、親戚の世話になるよりは
マシだったかもしれない。そこの施設で公立高校に入ったものの、
ケンカして相手にケガさせて退学。もういい歳だったから、
そのまま施設からバックレて東京に出た。それからはいろんな
ことをやったが、住み込みのパチンコ屋の店員に落ち着いた。
でな、シフトの入ってない日に、格闘技のジムに通ったんだ。ほら、
中学校で柔道をやったって言ったろ。地区で優勝したりしてたんだよ。
そこのジムでおだてられ、プロの総合格闘技の試合に出た。
3戦して3勝。もしかしたら俺、才能あるかもって思った。

パチンコ屋の店員やってたって、たかが知れてるだろ。けどよ、俺の
いいことは長く続かねえ。バブルが弾け、スポンサーがつかなくなり、
黒い交友とかでテレビも見放し、格闘技ブームはあっという間に
しぼんじまった。でな、パチンコ屋はやめてて、試合を見にきてた
筋者のつてをたどって、闇金の取り立て屋になったんだよ。
俺はその頃には180cmを大きく越えてたし、素人の腕を折る
くらいは簡単だった。で、あるとき、俺と仲間で一人拉致ったんだよ。
若いやつで、テレホンクラブのオーナーだったが、経営に行き詰まって
闇金に手を出し、返せなかったんだ。いやいや、拉致ったっても
殺すわけじゃねえ。山の中に連れてって少しだけ痛めつけ、
性根をすえて返させようって思ったわけ。バンの後ろに腕を縛り、
さるぐつわをかませて転がしてた。足を縛らなかったのが失敗だった。

バンの後ろを開けて立たせた途端、そいつは仲間に体当たりを食らわせ、
全速で逃げ出したんだ。まあ、殺されると思ったんだろうな。
そんなふうに脅してたし。で、林の中を俺が後を追いかけ、
もう少しでつかまえるってときに、足を踏み外しちまった。そんときも
秋で、落葉で足元がようわからなかったんだ。かなりの長さを
転げ落ちて途中で引っかかったが、脇腹と足が痛くて立てない。
足は両方とも骨折してたんだ。誰かさがしにきてくれると思ったが、
いつまでたっても誰もこない。そのうちに夜になり、寒さで体が
ふるえたが、いつの間にか眠ってしまった。で、目が覚めたら
空が白く明るくなってて、体の痛みはいくらかマシになってたが、
やはり立てなかった。そんときに祖母さんのことを思い出したんだ。

ああ、祖母さんもこうやって死んでったんだなって。しばらくして、
顔とか手とか、体の出てる部分がチクチクする。手を顔の上に
かざしてみたら、シデムシなんだよ。シデムシってのは総称で、いろんな
種類のがいる。そんときのはフナムシみたいな形で、思わずふり払った。
生きながらこいつらに食われるのか・・・何もかも馬鹿らしくなって、
いいよ、俺を食え、食えって。・・・ここからは幻覚かもしれないんだが、
太陽が昇ると同時に、バッとたくさんの虫が俺のまわりから飛びたった。
シデムシや蛾、アブやハエ、それらが一つに集まって黒い渦巻になり、
やがて人の形になった。いや、祖母さんだったかどうかはわからない。
もしかしたら死神だったかもしれない。俺はそこで気を失い、次に
目覚めたら大声で名前を呼ばれてた。いや、仲間じゃなく、警察だったよ。