大学のときのことだけど、奇妙で落ちも何もない話があるんでここに書いてみる。
俺は関東の大学で考古学を専攻していて、3年生の夏休みのこと。
ふだんはパチンコ屋の開店荒らしのようなことをしていて学校に来ない、
あまり評判のよくない部関係の先輩からバイトの話を持ちかけられた。
それは一泊二日で10万という法外な報酬で、
俺の専門に関係ある内容だと説明された。
「盗掘とかそんなのはトンデモないスからね」と俺が言うと、先輩は、
「非合法な部分はないわけじゃないが、遺跡の破壊とか文化財を売りさばくとか

じゃない。知り合いでお前しかいないんだ、なんとかひきうけてくれよ」と、
かなり必死に頼んでくる。俺もその時期、

金が必要な事情があったんで、二つ返事で引き受けることにした。

 

朝、指定された駐車場に行くと、すでにパネルバンが待ってて3列目に乗せられ
車内の黒いカーテンが引かれて外の様子が見えなくなった。
おいおいアクション映画かよ、と思ったけど黙って乗っていると、
途中から道が上りになり、さらに砂利道になった感じがする。
3時間くらいで車が止まり、「ついたで」と短髪の若い運転手が言うんで、
降りてみるとやはり山中に入ってる。山の中腹の木を伐って、
あらっぽく整地したようなところで、プレハブの小屋がいくつかある。
どう見ても何かの遺跡とは思えない、自然の山だし工事している様子もない。
すぐにスーツ姿の30代くらいの男が近づいてきて、
「やあどうも、よろしくお願いしますよ」と薄ら笑いしながら言う。
俺が「仕事は土器を見て、だいたいの年代を言えばいいんですよね」と確認すると、


「そうです、そうです。あなたは優秀だと聞いていますし、簡単なことでしょう」
小さいプレハブ棟に案内されて、入ってみると一階は事務所のようになってた。
入るとぞくっとした。業務用の巨大なエアコンが動いていて、
室温は20度以下かもしれない。新聞紙を敷いた机の前に座って、
ちょっとビビリながら男に、「・・・盗掘とかじゃないですよね?」と聞くと、
「いや、いや、年代の確認です。学術的なことですし土器はすぐに
埋め戻しますから。遺跡を傷つけるようなこともしませんし、
あなたの将来にかかわることは何もありません」そう言って男は出て行った。
小一時間ばかり、持ってきた土器編年の本を見ていると、男が携帯で
しゃべりながら入ってきて「もうすぐ第一弾が来ます、これをつけてください」
と言って耳栓を渡してよこしたので、俺は?ながらもそれをつけ、


男も携帯をしまうと耳栓をつけた。外に出ていると、
俺が乗ってきたパネルバンとよく似た車が入ってきて、
中から作業服を着た男が3人出てきて後ろのハッチを開けた。
2人がけっこう大きい麻袋を出して、大きなプレハブ棟のほうに向かったが、
前後を持たれている麻袋がぐにょんと動いた。中に何か動物でも入っているのか、
足を突っ張るように袋のあちこちが出っ張るのが見えた。
悲鳴も上げているのかもしれないが、それは耳栓でよくわからない。
作業員の一人が木箱に入った完品の土器を持ってきたので、
3人で事務所に入った。土器の編年は、例えば弥生時代の近畿なら
特徴によって大きく5つに分けられる。地域によっては複雑だが、
このあたりのことを詳しく書いてもしょうがないな。耳栓を外し、本を


参照しながら見せられた土器のだいたいの年代の推定を述べると、
男はメモを取った。「これと一緒に運ばれてきたのはなんかの・・・生き物?」
と聞くと、男は俺の顔をまじまじと見て、
「おやあ、あれが動いてたように見えましたか、あの袋が?」
続けて「いや、あなたには力があるんですね。あれが見えると・・・おやおや」
と訳のわからないことを言い、結局何なのかは教えてもらえなかった。
その日の夕方までに車が三台到着し、そのたびに土器を見せられた。
一回は数個の破片だったので、これはよくわからないと言うと
男は不満そうだった。5時過ぎに最後の一台が来て、
同じような手順で袋が運び出される。中で待っていてもよかったんだが、
手持ちぶさたなので耳栓をつけて見ていると、


袋の中のものがひどく暴れて、ドンと足を伸ばしたときに丈夫な袋が破れた。
夏なのでその時間でもまだ明るかったが、破れ目から出てきたのは、
短い黒い毛並みの動物の足だ。ただ俺の見間違いでなければ、
足の先は土まみれの赤っぽい蟹のようなハサミになっていた。
急激に獣臭いにおいが漂ってきた。男が何かを叫んだ様子で、
大きなプレハブから作業員がばらばらと出てきて、
7~8人で袋をつかんで運んでいこうとしたが、
そのとき耳栓ごしに弓の弦をはじくような低い音が聞こえ、
ものすごい頭痛で俺はうずくまった。
男が脇を抱えてくれたので何とか立ち上がって事務所に戻ったが、
音のしたほうをちらっと見ると袋はすでに運び去られ、


作業員が3人俺と同じようにうずくまっていた。
事務所で座っていると頭痛が治まってきた。男は俺の側にいて、
「だいぶよくなってきた顔色ですね。・・・疑問がたくさんあるでしょう」
そう言うと一息吸ってから「だが、答えられません」とニヤッと笑った。
男は何でもないらしい。夜になって昼と同じく弁当をもらい、
事務所の二階に案内された。せまい鉄階段を上ると、
鉄扉があり中に入るとただベッドがあるだけの部屋だった。
「トイレはそこを開ければあります。風呂はないですが我慢してください。
それから夜の間はこの部屋から出ないでください
・・・申し訳ありませんが鍵をかけさせてもらいます。
明日の朝食を持ってくるときに開けますから」


男はこれまでにないきつい口調でそう言って出て行った。
その後、中からドアノブを回してみるとやはり鍵がかかっている。
部屋の中を調べたが見事に何もない。トイレもおまるに近いような
簡易トイレ。プレハブなのに窓が一ヶ所しかなくカーテンを開けると、
山の斜面側を向いていて藪が見えるばかり。
俺はベッドに寝転がって今日一日のことを考えたが何もわからない。
あの足はいったい・・・それが土器と何の関係があるのか??。
もう頭痛はなかったが、仕事と言えるほどのことは何もしていないのに、
ひどく疲れている。まだ9時過ぎだが、明日の夜にはこれは終わって
10万円。それだけ考えて電気を消して寝ることにした。
ドーンとものすごい音がして飛び起きた、小屋も揺れたんだと思う。


電気をつけて窓に駆け寄って開けると外は騒然としていた。
大きなプレハブ小屋のほうでたくさんの人が怒鳴り合っているようだが、
もちろん見えない。しゃべっているのは中国語だと思ったが、
早口だし遠いしわからない。窓の外の空気が獣臭い・・・夕方と同じ臭いだが、
それがだんだん焦げ臭いものに変わってきた。火事なのか?!
ヤバイ出られないぞ、とあせっていたらドアが開いて男が入ってきた。
「バイトは終わりです。ここを出ます、ついてきてください」
と言って俺の手を引っぱる。下に降りると黒いベンツがある。
大きなプレハブ棟の前には20人ほど人が出ていて数人が地面に倒れている。
ライトの光で煙と、何か黒いものが人の間を走り回っているのが見え・・・
また一人倒れた。俺はベンツに押し込まれ、男がハンドルをとった。


振り向いてみると、プレハブ棟の下から火が出ている。
内部が燃えているようだった。男は車を急発進させ砂利道の下りをとばした。
現場から200mほど離れたところでさっき以上の爆発音がした。
フルスモークのベンツだったが道々外は見えたんで、どこに連れて

こられていたかだいたいわかったけど、ここには書かないことにする。
夜だったせいもあって、3時間で来た道がだいぶ早く俺の住んでいる市まで
着いたが、その間、男は一言も口をきかず硬い表情をしていた。
最後に車を降りるときダッシュボードから厚い紙袋を出し、「20万あります」

そう言ってやっと笑った。「何だったか知りたいでしょう・・・でも答えられ

ませんから」 話はこれで終わり。予想したよりだいぶ長くなった。
後日談はあるけど、これも長くなるんで機会があればまた書いてみるよ。

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