じゃ話していきますけど、これ、オチも何にもないんですよ。
あんまり怖くもないかもしれないので、そこんとこよろしくです。
ある大学の生物学部に所属しています。今4年生なんで卒論書いてるんです。
いやいやいや、俺はバイオテクノロジーってやつが性に合わなくて。
白衣着て一日中試験管を振ってるなんてまっぴらですよ。それでね、
動物行動学ってのを選択したんです。ほら、よくあるじゃないですか。
例えば猿の群れに密着して観察したりする研究。
でもね、大学生だし、俺一人で研究するわけだから、
野生動物を相手にするのは無理です。
それで、ノラ猫の1日の行動パターンを探るってことにしました。
いやまさか、ノラ猫の後をついて歩くわけじゃないです。

さすがにそれほど暇じゃないんで、小型のGPS発信機を買ったんです。
これって今、かなり売れてるんですよ。ええ、例えば浮気調査とか。
ほらもし旦那さんの行動が怪しいと思ったら、
GPS発信機をふだん使ってるカバンにしのばせておくんです。
そうすれば旦那さんの行動の跡が手にとるようにわかりますよね。
会社帰りにホテル街に寄ったとかも。
あ、すみません。話が脇道にそれてしまいました。
そのGPS発信機をノラ猫をつかまえてくっつけるわけです。
そしてパソコンと連動させて行動追跡をする。
そうすればその猫が街のどこで何時間を過ごしたとか全部わかるんです。
ね、これなら手間もそんなにかからないし、難しいこともない。

でね、アパートの裏手に捕獲器を設置して猫を一匹つかまえました。
目立つので最初からねらってた白猫がいたんですが、
うまい具合にそいつがかかりまして。ちょっと気の毒でしたけど、
その部分だけ毛をそって右後ろ足のつけ根に、
テープでGPS発信機をくっつけたんです。最初のうちは猫も気にして噛んだり
してましたけど、どうしてもとれないことがわかってあきらめたみたいです。

で、つかまえた場所に放してやりました。あとはパソコンにとり込んだ

街の地図に、そいつの行動の軌跡がばっちり残るってわけで。

でね、わかったこととしては、猫ってかなり睡眠時間が長いんです。
一日のうち、少なくて14時間、多ければ18時間は眠ってます。
ただしずっと寝てるんじゃなく、1回の睡眠は2~3時間くらいです。

2時間ほど寝て起きては、自分の縄張り、テリトリーを見回りに出かける。
まあ1日の行動はそのくり返しでしたね。ただ・・・
一つだけ妙なことがあったんですよ。夜中の12時から2時まで、
自分のテリトリーから離れた場所に遠征するんです。ええ、それもほぼ毎日。

でね、その場所というのが、街の運動公園の近くにある、

さびれた神社だったんです。これ、何のためにそこに行くのか疑問でした。

神社の境内に入ってからはほとんど動いてる様子はない。かといってわざわざ、
そんな場所に寝に行くってのも考えにくいですよね。
だから、これは猫の集会があるんじゃないかって思ったんです。
ほら、町内の猫が夜によく一ヶ所に集まってることがあるんじゃないですか。
ああいうのを毎晩やってるのかもしれないって。

でね、猫の集会だったら、それはそれでいい研究になるでしょ。,だから、

その時間帯に神社に行って、何をやってるか確かめてみることにしました。
その晩、黒っぽい服装をして11時半過ぎに神社に行ってみたんです。
いや、怖いなんてぜんぜん思いませんでした。
幽霊なんているわけないと思ってましたから。それよりもむしろ、
不審者に間違えられるのが嫌でしたね。ですからちゃんと大学の学生証と、

書きかけの論文も持っていったんです。もし警察に不審尋問されたら

見せられるように。ええ、神社の付近は真っ暗で人っ子一人いませんでした。

もともと住宅地じゃないし、夜中に人が通るような場所じゃないんです。
自転車は参道の脇において、そっと神社の鳥居をくぐりました。
懐中電灯は持ってったけど使わなかったんです。

はい、大鳥居には防犯用のスポットライトがついてて、
その周辺だけは明るかったんです。境内に入って様子をさぐりましたが、
シーンと静まり返って、猫が集会をしている様子はありませんでした。
でもね、GPSは白猫がその神社の近辺にいるってことを指し示してるし。
で、あちこちあたりを見回したときに、
白猫が拝殿の賽銭箱の陰からひょこっと顔を出したんです。「あ、いたいた」
と思いましたけど、何をやってるのかはわかりませんでした。
だってそのあたりには猫のエサになるものなんてないんですよ。

まさかロウソクを齧ってるわけじゃないだろうし・・・そんなことを

考えてたら、車の音がして、神社の駐車場に停まったみたいでした。

それでね、べつに俺は悪いことをしてるわけじゃないけど、

茂みの後ろにかくれちゃったんです。それから数分して、
鳥居をくぐって人が境内に入ってきました。さっきの車に乗ってきた人です。
そんな時間にお参りするってのも変ですよね。
まさか丑の刻参り、なんて考えちゃったけど、着ているものは白装束じゃなく、
むしろ黒っぽい洋服の女の人でした。うーん、暗くてよくわからなかったけど、
齢は若いように見えましたよ。でね、その女の人が拝殿の前に来て、
手を合わせて拝み始めたんです。これ変でしょ。
だって夜だから拝殿の戸は閉まってるんです。それに鈴も鳴らしませんでした。
手を叩くこともしないで、ただひたすら拝んでいる。
それが10分ほども続いたんです。で、怖いなと思ったのはその後です。
女の人はバッグから何かを取り出して、自分の頭に手をやりました。

かすかにですけど、ジャキッ、ジャキッという音が聞こえてきたんで、
「ああ、髪を切ってるんだ」ってわかりました。それでね、
突っ立ったまま髪を切っては、その髪を神社の賽銭箱に投げ込み続けたんです。
意味不明でしょ。そんときさすがに怖くなってきまして。
俺がいるのに気づかれないように、身を縮こませてたんです。でね、
ひとしきり髪を切ると、女の人は男みたいな髪型になって神社を出てったんです。
車が走り去る音がしました。・・・今のは何だったんだろう。
なんか呪いみたいなものなんだろうか?考えてもわからないですよね。
そしたら闇の中にひょっと白い影が出てきました。ええ、俺が研究対象に

している白猫です。拝殿の横のほうに隠れてたみたいでした。
白猫はさっき女の人が髪の毛を投げ込んだ賽銭箱に近づいていって・・・

後ろ足で立ち上がり、賽銭箱の上におおいかぶさるようにして、奇妙な、
踊りを踊るような格好を始めたんですよ。白猫が手を振り回す下に、

何か黒いものがうごめいているように見えました。でね、もう猫に

逃げられてもいいつもりで、懐中電灯をつけて賽銭箱を照らしてみたんです。

そしたら・・・賽銭箱の中から黒いものが何本も立ち上がって、
うねうねと動いてたんです。髪の毛・・・なのかもしれませんが、

俺には黒い蛇のように見えましたね。で、白猫はそのうちの一本をガッと口に

咥えると、ずるっと引きずり出して、また拝殿の横手に逃げてっちゃったんです。

他の黒い蛇は賽銭箱の中に戻ったみたいでした。
いやいや、近づいて確かめる勇気はなかったです。
でね、もう戻ろうと思ったところに、また車の音が聞こえてきて・・・

結局、その晩は3人の女の人が12時から2時までの間に神社にやってきたんです。
行動はみな同じでした。手も叩かず、鈴も鳴らさないで長い間お祈りした後、
自分で自分の髪をジョギジョギ切って賽銭箱に投げ込むんです。
で、その後に賽銭箱から出てきた黒い蛇に、白猫が近づいてきて

咥えこんで逃げる。これってどういうことなんでしょう。あの神社は、
ひそかに呪いの神社として全国的に有名とかなんでしょうか。
例えば、男に裏切られた人がやってきて自分の髪を切って呪詛をするとか・・・
はい、神社に直接行ったのはその晩だけなんで、
毎日そんなことが行われてるのかはわかんないです。けど、前に話したように、
GPSでは白猫は毎晩その神社に出かけてるんで・・・でね、困ったのは卒論ですよ。

この白猫の行動を、いったいどんなふうに書けばいいんでしょうか?