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今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですね。
さて、どっから書いていきましょうか。密教が日本に伝わったのは、
第18次遣唐使から戻った伝教大師最澄と弘法大師空海に
よります。最澄は天台宗、空海は真言宗を開きました。

ここで注意しなくてはならないのは、空海が真言密教を中心に
修めたのに対し、最澄が学んだのは天台教学で、そのかたわらに
密教も学んできたという程度で、本格的なものではないことです。
ですから、日本への密教のきちんとした伝来は、唐における密教の
拠点であった青龍寺において修学した空海が、

不死をめざしてミイラとなったチベット仏教僧
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806年に帰国してからとされます。さて、空海らの密教の
特徴は大きく2つ。一つは、内容が中期密教であること。
もう一つは、直接インドからではなく、唐(中国)を通じたワンクッション
置いてのものであったことです。中期密教では、大日如来という
中心仏が説法する形で経典が整えられていき、

その過程で曼荼羅ができます。生きた身のままで仏となる
即身成仏が目的とされ、現世利益が説かれました。このため、
密教にはこの世界を変える力があると考えられ、加持祈祷による
大願成就、怨敵調伏、あるいは雨乞いなどが行われたわけですね。

インドのヒンドゥー教の性愛寺院
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さて、インドの伝統宗教であるバラモン教を受け継いだ
ヒンドゥー教では、歴史的に性愛を悪とみなしてはいません。
『カーマ・スートラ』 はご存知と思いますが、インドで4~5世紀に
成立した性愛書です。バラモン教では、人生の3大目的として
ダルマ(聖法)、アルタ(実利)、カーマ(性愛)を説きます。

本題ではないので、簡単にふれるだけに留めておきますが、
ダルマはカーストの本分を守って宗教的な務めを果たすこと。
アルタは政治的・社会的な利潤の追求で、カーマは主に結婚して
からですが、性愛の技術を追求し、快楽を求めて芸術にまで
昇華させるというものです。

歓喜仏
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これに対し、仏教ではお釈迦様の修行に習い、禁欲が求められ
ますよね。日本でも中国でも、僧侶は妻帯を禁じられ、自己研鑽と
民衆教化がその本分でした。ところが、後期密教では、
ヒンドゥー教との競合から、性愛をよしとする考えが取り入れ
られたんです。具体的には、性行為を通じて解脱をめざす。

で、空海の頃にはすでに後期密教は生まれていたんですが、
さすがにこれは、中国でも日本でも受け入れられませんでした。
まあそうですよね、それまでの教えとあまりにも違います。
後期密教では、大日如来に代わり、東方妙喜世界にいます
「阿閦(あしゅく)如来」が本尊仏とされました。

女性的な阿閦如来
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さて、インドでは後期密教は結局、ヒンドゥー教に押されて
立ち消えてしまいましたが、これが伝わったのがチベットです。
チベット密教と言いますよね。男性原理(精神・理性・方便)と
女性原理(肉体・感情・般若)との合一をめざし、
「性的ヨーガ」を実行します。

これはもちろん、男女がそろっていないとできません。
チベットは9世紀ころに政治的混乱があり、王国が解体して
しまいます。その後、さまざまな派閥ができましたが、
大きく4つに分かれ、その中のサキャ派の中心人物となったのが、
ドルジェタクという人物です。

ドルジェタク
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ここからはとても仏教とは思えない内容になっていきます。
ドルジェタクは父によって11歳で結婚させられ、性的ヨーガの
実行を命じられましたが、この内容は、性交はしても射精は固く
禁じられるというたいへん過酷なもので、これによって
ドルジェタクの精神が狂っていったという話もあります。

その後、ドルジェタクはバローという師について、ヴァーラーヒー
という女神を信仰するようになります。ヴァーラーヒーは
豚女などとも訳され、性的ヨーガの中心仏として、怪しい性的秘技の
集会が行われました。また、ヴァジュラヴァーラーという男神の
秘法も伝授されます。これは簡単に言えば殺人です。

ツオンカバ
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敵を殺すことは「度脱 ドル」と言い、たんなる殺人ではなく、  
相手を即座に浄土に送り届ける慈悲の実践と考えられました。
ドルジェタクは生涯で13の度脱を行ったとされます。ここで
思い出されるのが、オウム真理教におけるポアの概念ですが、
これから来ているものと考えられます。

ただ、本来の度脱は自分の霊力を用いて行い、オウム真理教の
ように暴力やサリンなどの毒物を使用するものではありません。
それと、この後期密教は日本にも伝わり、それを取り入れたのが
真言立川流とされますが、立川流は弾圧され、資料をすべて失って
しまっているので、真実の姿はよくわからないんです。

ダライ・ラマ14世
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さてさて、13世紀になり、チベットはモンゴル軍の侵攻により
危機を迎えましたが、性的ヨーガを伝授することによりモンゴル王室と
友好な関係を築いたとされます。また、モンゴル王室は性的ヨーガに
溺れて莫大な財産を浪費し、崩壊を早める原因となったとも
言われますが、このあたり、どこまで本当かはわかりません。

現在のチベット密教は、性的ヨーガと呪殺を封印しています。
この契機となったのが、ゲルク派の指導者ツオンカバが現れてからで、
ツオンカバはひじょうに厳密で禁欲的な戒律を敷き、
現在でも僧侶の肉食・妻帯は禁じられています。そして、ゲルク派の
最高指導者がダライ・ラマなんですね。では、今回はこのへんで。

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