こんばんは、山根と申します。よろしくお願いします。
私は、名前は出せませんけど、ある製薬会社の本社に勤めています。
今日は、そこで同僚だったA子の話をしたいと思います。
はい、過去形で言ったのは、A子は2年前に亡くなってるからなんです。
それについても、最後のほうでふれるつもりでいます。
ええと、まずA子のひととなりですが、背が高くて痩せていました。
整った顔立ちでしたが、眼をひく美人というほどでもありません。
色が抜けるように白かったですね。それと、立ち居振る舞いが
典型的なお嬢さんで、ただ会社でコピーをとるだけでも、
すごい動きが優雅で、言葉遣いもていねいでした。
ぞんざいな話し方をするのは聞いたことがありまん。

それで、A子は帰国子女だったんです。中学を卒業してから両親と
アメリカに渡り、向こうの大学を卒業して日本に帰国した。
大学名を教えてもらったんですが、私は聞いたことがありませんでした。
でも、ネットで調べてみると、アメリカではかなり難易度の高い、
優秀な大学みたいでした。A子は日本で採用され、
英語はペラペラでしたので、最初は秘書課になったんです。
ですが、そこが合わなかったのか、事情はよくわかりませんけど、
私のいる庶務課に移動してきたんです。
そこでは主に、英文を翻訳したり、逆に日本語を英訳したりする
仕事をしていました。移動したはじめのころは、ぽつんと一人で
いることが多かったので、私のほうから昼休みの昼食にさそったんです。

そのときは他の同僚もいっしょでした。みんなでパスタを食べながら、
A子にあれこれ質問したら、A子は言葉少なに、独身で自宅から会社に
通ってるって話しました。それから、アメリカの大学を出てるなんてすごいね、
何を専攻してたのって聞いたら、「アフリカの呪術です」って。
これにはみなびっくりして、「え~アメリカでアフリカの研究、しかも呪術?」
こんな反応になったんです。そしたら、A子は急に熱く語りはじめて、
「アメリカって黒人が多いでしょう。多くはアフリカから連れてこられた
奴隷の子孫です。その人たちがもともとアフリカでやっていた宗教、
まあオマジナイに近いものなんだけど、それがヴードゥー教と名前を変えて、
アメリカの南部のほうに残ってるんです。私はまずそれに興味をひかれ、
その後だんだんに本場のアフリカ呪術にはまってしまって」

そういう内容のことを言ったと思います。私が、
「あなた、アフリカに行ったことがあるの?」そう聞いたら、A子は下を向き、
少し悔しそうな顔をして、「エジプトには行ったことがありますけど、
あそこはイスラム教圏で、ほんとうのアフリカじゃないんです。
できれば赤道直下の国に行ってみたいけど、私、アフリカに拒否されてる
みたいなんです」 「え、拒否ってどういうこと?」
「占いで、私がアフリカに行くとすごく悪いことが起きるって出てるんです」
こういう話でした。でも、そんなこと信じられないですよね。
同僚の一人が、「呪術の研究って言ったけど、何かできるの?」
そう聞いたら、A子は「簡単なものならできます」って答えました。
それでみんなで、何か係長にイタズラできないかって聞いたんです。

はい、その係長は40歳代後半で、もう出世はあきらめて、
会社でこっそり競馬雑誌を読んだり、午後になると居眠りとかもしてました。
自分より下の立場のものにはネチネチとした嫌味な口の聞き方で、
女子社員みんなに嫌われてたんです。そしたらA子は、
少し考えて「やってみます」って言ったんです。会社に戻って午後の
仕事が始まり、2時過ぎになると係長はいつものように
自分のデスクでうとうとし始めました。それを見て、やや離れたところにいる
A子の様子をうかがうと、パソコンを横にどけて、トントンと、
左右の人差し指で机をたたきだしたんです。音のしないように、
ゆっくりと、ごく弱くです。トントン、トトントン、トントト。
そしたら、居眠りしていた係長が突然立ち上がりました。

係長は「うわお~」と叫び声を上げると、上着を脱ぎ、ネクタイをむしり取り、
自分のデスクの上に跳び上がりました。それから、足を交互に高くあげて
踏み鳴らし、パソコンや書類を蹴散らし「んがんだだだ、んだがだだや~~」
こんな声を出して踊りだしたんです。みなあっけにとられてましたが、
男子社員が大勢で係長を取り押さえ、デスクから下ろして医務室に
連れていったんです。その後病院に行ったんだと思いますが、
1日休んで出社してきたときには普通に戻ってました。
でも、それから態度はすごく小さくなったんです。あとでA子に、
「あれ、あなたがやったの? すごいね」って言ったら、ただ笑ってるだけでした。
あと、こんなこともありました。やはり昼休みです。外に出て、
みなで食後のコーヒーを飲んでるときに、同僚の一人が、

「明日、歯医者で奥歯を抜くことになってるのよね。憂鬱だなあ」
って言ったんです。「麻酔の注射も嫌だし、抜くとしばらく血が出てるでしょう」
そしたらA子が、「歯ですか。痛みなし、血も出ないで抜けますよ」
「え~、そんなの無理だよ」 A子は、もごもごと口の中で何か呪文のようなものを
唱えると、歯医者が嫌だと言ってた子のほっぺを手のひらでなで、
それから軽くこぶしを握って、「ほら」とみんなの前で開いてみせたんです。
そこには虫歯で上のほうが黒くなった奥歯があったんです。
「あ、え~、歯がなくなってる!?」舌でさわってみたのか、
その子が頓狂な声を上げ、A子は笑いながら「はい」と、
抜けた歯を手渡したんです。こんなことがあって、みんな、
A子のアフリカの呪術を信じるようになっていったんですよ。

それから半年くらい後です。A子が他の課のB男とつき合い始めたって
噂が広がりました。ええ、女子社員はそういうことにすごく敏感なんです。
でも、B男は誰にでも手を出して平気で二股もかけるって、
評判が悪かったんです。そのことをA子に言おうかどうしようか
迷ったんですが、よけいなおせっかいと思ってやめといたんです。
案の定、2ヶ月もしないうちにA子との関係は壊れ、
B男はまた別の女子社員に手を出してるみたいでした。
社員食堂でいっしょになったとき、A子が沈んだ様子だったので、
思わず、「あんな男、振っちゃって正解だよ」って言っちゃったんです。
そしたらA子は、「B男さんにはお別れにお面を贈りました」こんなことを
言いました。「え? お面」 「アフリカから取りよせたお面です」って。

それから2日後、課で仕事をしてると、廊下で大きな音が聞こえてきて、
「うお、うおおおああああ」叫び声と、ドガンと何かが倒れる音がしました。
何事かと思ってみなが廊下に出てみると、不気味なお面をかぶった
スーツ姿の人が暴れてたんです。まわりで何人もが止めようとしてたんですが、
すごい力でそれをふり切り、お面をつけたまま非常階段を走り下りて
行ったんですよ。それ、B男だったんです。ここからは聞いた話ですけど、
B男はその姿のまま社外に出て、全力疾走で歩道橋に駆け上がり、
そっから道路に飛び降りたんだそうです。何台もの車に跳ね飛ばされて
体はズタズタ。それはひどい様子だったそうです。なんでも、
社内プレゼンの途中で、わけのわからない異国の言葉のようなものを
しゃべりはじめたかと思うと、バッグからお面を取り出してかぶり、

会議室を走り出ていったということだったんです。あのお面、A子が贈った

と言ってたものなんだろうか?そう考えるとA子のことが怖くなって、それからは、

さりげなく距離をおくようにしてたんです。それで、2年前の暮れですね。

もうすぐ仕事納めというとき、みなでお正月をどう過ごすか話してました。

そしたら、A子が「アフリカに行きます」って言ったので、
「え、あなた、アフリカに行くと悪いことが起きるんじゃなかったの?」
「そうなんですけど、もしかしたら何も起きないかもしれないし、
いつかは行かなくちゃないけないんですから、飛行機の予約をしました」
こう答えたんです。それが、私たちがA子と会った最後でした。
聞いたところでは、A子はコンゴ共和国というところに行き、写真を撮ってるときに、

突然公園の池から出てきた巨大なワニに食べられちゃったんだそうです。