bigbossmanです。自分が書いているのは創作怪談なんですが、
すべてがそうだというわけではなく、中には体験者の方から
うかがったものもあります。で、その手の話って、わけがわからない
ものが多いんですよね。最後まで謎が残ってしまって解決しない。
まあこれは、一人の方の体験で一方向から見た内容なので
いたしかたがないんですが、どういうことか気になるけど、
わからずにもどかしい思いをすることがあります。
今回ご紹介するのはそういう話で、オチも何もありません。
それでよろしければ、どうぞお読みください。

不動産会社勤務 的場良明さんの話
あ、どうも今晩は。僕、的場ともうしまして、不動産会社に勤務して
おります。いや、小さい会社ですよ。商売してるのも〇〇県の
△△市の周辺だけです。そういう中小だから、新人は何年も
採用してなくて、僕がずっといちばん下っ端の雑用係だったんです。
それがね、去年、ひさびさに新採用がありまして、
自分の部下ってわけじゃないけど、僕より下の社員ができたんです。
いや、うれしかったですよ。上司から、お前が教育係だって言われて、
僕もこの業界まだ4年目なんですけど、知ってることは何でも
教えてました。その新人、名前は村上って言って、齢は26歳。
ええ、新卒じゃありません。この人手不足の時節に、うち程度の
会社じゃ新卒なんて来てくれないんです。

で、この村上なんですが、大学を卒業してから何してたかというと、
東南アジアからインド、ネパールにかけて放浪してたって言うんです。
バックパッカーってやつですね。だから、会社の上の人の中には
薬物関係にかかわってたんじゃないかって、採用を危ぶむ声もあった
らしいんです。けど、そういうバイタリティのある人材のほうが、
これからの業界にはふさわしいっていう、社長の鶴の一声で
入社が決まったんです。本人は明るくてハキハキしたやつでしたよ。
暗い感じは一切なし。それと、大学ではハンドボールをやってたって
ことで、先輩に対する口の聞き方もしっかりしてました。もちろんまだ

お客さんの応対とかはまかせられませんでしたけど。それでね、

まずは、うちで管理してる物件の定期の見回りをやらせたんです。

うちは、一軒家からマンション、アパートまで、管理してる物件は
けっこう多いんですが、中にはまだ入居者が決まってないものもあります。
そういうとこを見て回るんです。例えば、台風とかの後に、
破損箇所や雨漏りがないかとか。あと部屋って、定期的に風通しを
しなくちゃいけないんです。窓を開けて外の空気を入れる。
水回りや押入れにカビが発生してないかなどもチェックします。
それと、完全に閉め切った状態でもホコリは積もるし、クモの巣は張る。
その掃除ですね。1回目、2回目は僕といっしょに回って、
3回目にはカギ類をあずけて一人で行かせたんです。
それが、5~6時間で回れるはずなのに、夕方になっても戻って
こなかったんです。掃除に手間どってるのかとも考えましたが、

会社に連絡はありませんし、こっちからかけても携帯に出ないんです。
不在ってことです。村上の自室にもかけてみましたが、こちらも不在。
営業車で出てるんで、必ず会社に戻るはずなのに、とうとう7時頃に
なってしまって。それで僕が探しに出たんです。さっき言ったように、
カギ類は全部村上が持ってましたんで、けっこう大変でした。
で、僕が教えたとおりに回ってるんだろうと思って行った3ヶ所目の物件。
築5年目の新しいアパートです。せまい敷地に建てたので、
部屋は1階4つ、2階4つの8部屋で、下の階の右端が空き部屋。
でね、そこの駐車スペースに営業車があったんです。所有者から合鍵を
借りてたので、部屋に入ったら玄関に靴があったんです。
はい、村上のです。これは中で具合が悪くなって倒れてるとかか、

と思って、中戸を開けて入ってみました。部屋は一間にキッチン、
バス・トイレで、一目で中に人影はなし。トイレ、バスと
誰もいないのを確認して、押入れを開けてみました。そしたら・・・
上段に村上がいたんです。素っ裸で体育座りをし、片側の壁板に
もたれかかるようにして。着ていたスーツとかワイシャツは足の
前に積み上げられてました。肩にさわってみたらものすごく冷たい。
がっくり垂れた顔をのぞき込むと、両目は白目を剥き、
口の端から何かの布が出てました。はい、死んでると思いました。
いや、逃げ出したかったですけど、そうもいかないんで、
まず会社に連絡し、上司の指示で、警察、消防を呼んだんです。
もちろん僕は事情を聞かれましたが、あったことをそのまま言うだけで。

結局、その場だけの検視では済まず、遺体は解剖になって、
死因は自分の下着、パンツを喉に詰めての窒息死だったんです。
それであんな苦しんだ顔だったのかって思いました。捜査は長期間
かかり、他に体に傷などがないことから、自殺って結論になりました。
でもそれ、僕はには信じられませんでしたね。就職が決まって
張り切ってたし、悩んでる様子なんてなかった。僕は何度か警察に
呼び出されて事情を聞かれたんですが、そのときに、1個のブローチ、
ロケットって言ったほうがいいのかな、を見せられたんです。
ヒモの先に紡錘形の金属がついてて、開けると中に小さい絵が入ってる。
写真を入れる用なんだけど、そのかわりに女性の細密画になってて、
警察ではインド人と判断してました。額に点がついてたからだと思います。

ビンディって言って、第三の目なんだそうです。それが下着といっしょに
口の中に入ってた。それでね、うちの社員がそのアパートの部屋を事故物件に
しちゃったわけじゃないですか。所有者のとこへ社長といっしょに
謝りに行ったんです。大家さんはやはり怒ってて、賃貸料は下げないから、
あんたとこで責任持って次の入居者を見つけてくれ、って言われました。
無理ないですよね。平謝りするしかなかったです。そのときに、社長が
部屋の前の住人について聞きました。亡くなった人などはいないことは
確認してましたけど。そしたら、築4年のうち2年ずつ、どちらも同じデザインの
専門学校に通う若い女性が入ってたってことで。ええ、その連絡先も教えて
もらいました。会社に戻ってから、社長が僕に、その2人の女性について調べて
みろって指示を出したんです。社長もね、村上の死因に疑問を持ってたんですね。

ええ、難しいことじゃないのでやりましたよ。一人目の女性にはすぐ連絡が
ついて、電話で話を聞けたんです。2年前、つまり専門学校を卒業して
すぐ結婚してました。現在はデザインとは関係ないパートの仕事についてる。
部屋のことを聞くと、懐かしそうな感じで、初めての一人暮らしで楽しかった、
現在の夫と知り合ったのも学校の関係だし、嫌な思い出は一つもないって。
もちろん押入れのことも聞いたんですが、ただ布団や荷物を入れてただけで、
おかしなことはなかった。それとね、言い忘れてたんですが、押入れの下段に
半分くらいを占める空の茶箱があったんです。茶箱はよく収納に使いますよね。
だから警察でも怪しんでませんでしたが、それは自分のときはなかったって
ことでした。二人目の女性は、実家に連絡したら、現在どこにいるか
わからないって言われました。専門学校卒業後、海外に行くって言って

それっきりだって。なんか事情のある家庭みたいで、あんまり心配してる
様子がなかったんですよね。娘の連絡先はわからないし、電話や
メールも来ない。ただ、生きてるとは思うって。どうして生きてると
思うのか聞いたら、年に何度か絵葉書が来るそうで、その絵柄が
象に乗った神様だったってことで、これ、ピンと来ますよね。インドに
いるんじゃないでしょうか。インド関係の2つ目のことが出てきました。
それに、村上も放浪時代にインドにも行ったって話してたし。
まあ、素人の調査ですからね。ここでストップ、行き止まりです。
社長に報告すると、少し考えてましたが、「お前な、その押入れ、
1時間くらい入ってみないか。昼間でいいし、裸になんなくても
いいから」って言われたんです。そりゃ、ビビりましたよ。

けど、社長命令で断れなかったです。まあ、会社としても、もし
その押入れに変なことがあったら、次の入居者を募集できないですし・・・
佐渡谷さんっていう、先輩社員をつけてもらいました。僕が1時間
押入れに入ってる間、外で見張ってくれるんです。それなら、もし何か
あったら声を出せば戸を開けてくれます。平日の午後の明るいうちに
やってみました。押入れの上段に入って、発見されたときの村上と同じ
体育座りのポーズで側板にもたれかかる・・・気持ちのいいもんじゃなかった
ですよ。寝たりはしなかったですが、頭の中にいろんなことが浮かんで
きました。過去の村上との会話なんかも。でね、1時間はすぐにたって、
おかしなことは一つだけ・・・佐渡谷さんが「お前が入ってた間、
お香みたいな匂いがかすかにした」それだけで、僕には感じられなかったです。
で、その部屋、次の住人に貸しても大丈夫だろうってなったんですよ。